軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百二話 空気を読め

ここは道場だ。模擬戦だってできる場所。なら、普通に試せば良い。

とはいえ、俺の発言で明らかにこの道場内がザワツキ出した。

「おいおい、あいつ……い、いきなり何を言ってんだ?」

「マチョウさん相手に……す、スパーだと?」

「ば、ばかか? 壊されるぞ?」

「はははは、冗談で言ってんだろ? ナマイキなガキだぜ」

色々とこの国に来てカルチャーショックは受けたが、こういう反応は万国共通なんだと思い知らされる。

別に「殺し合い」をしようってわけじゃねーのに、随分と大げさなものだぜ。

「自分とスパーを?」

「ああ……」

そして、張本人のマチョウさんってのは、これまで強すぎてこういう誘いもなかったんだろうな。

そういや、さっき誰かが「スパーの相手もいない」と言っていた。

だから、戸惑っている様子。

そして、同時に誘われはしたものの、本当にやっていいものなのかという様子も感じる。

「スパーか……ふむ……」

それは、俺に対する「気遣い」だろうな。

スパートはいえ、俺に怪我でもさせてしまったらどうしようとか思ってんだろうな……優しそうなこのオッサンなら考えられる……俺の力もよく分かってねーのに……

「なあ、マチョウさん。俺より一回りもデカくて歳だってずっと上のあんたにはナマイキに聞こえるかもしれねーが……別にいいんだぜ? 気を遣わなくても」

「なに?」

「この世には、怪我を気遣われるよりも、弱いことを気遣われるほうがよっぽど傷つく男も居るんだからよ」

弱いことで気遣われる。

俺はあの傷を忘れない。

なあ? アカさん。

俺が弱すぎたために、俺に気を遣い、俺のために俺から離れていった親友。

あれほど、自分の心が傷ついたことは無かった。

だから……

「サンドバッグだっけ? この砂袋。まあ、相手が居ないときやフォームを確認するなら、これを殴ってるだけでも十分効果的なんだろうが……せっかく、ツエーっていう男が居るんなら……」

俺はすぐ傍にあった吊るされているサンドバックの前で構えた。一回も殴ったことないし、見るからに硬そうで中身もパンパンだ。

「大魔コークスクリューブローッ!!」

それを……

「胸を貸してほしいじゃないすか」

捻りこむように拳を打ちつけ、サンドバッグを俺の拳が貫通して中身が激しく吹き飛んだ。

「なっ!? ちょ、え、ええ!?」

「ば、はあ? さ、サンドバッグが……貫かれた!?」

「あんなの、マチョウさん以外で初めて見たぞ!?」

むっ……やっぱ、これぐらいはマチョウさんもできるってワケか。

とはいえ、同じことができるのなら、そしてそれがこの道場でマチョウさんと俺以外はできないことなのだとしたら……

「そうか……お前は……国の……いや、島の外からの客人か」

「ぬっ……」

「この島国が世界の全てである自分とは違い……目指しているもの……見てきたものが根本的に違う……だから、この国の若者たちとは違う空気を感じる」

そうか……基本的に鎖国しているこの国では、外の世界と交流がないから、外の世界の奴と関わることはないんだ。

だから、実際は人間じゃないヤミディレも、大神官なんてもんで誤魔化せているんだろうけど……

「そんな男との手合わせは大変貴重な経験だ。喜んで、相手をさせてもらおう」

「へ、そうかい。んじゃ、遠慮なく……」

マチョウさんはそう言って了承してくれた。その決定に、周囲は未だにざわついている。

「師範、よろしいですね?」

「ああ。好きにするがいい」

ヤミディレだけは俺たちのやり取りに口出さず、むしろ興味深そうに観察しているだけだった。

「三階に行こう。そこに、『リング』がある」

「リング?」

だから、スパーそのものを止められることなく、俺たちはスパーを行うために三階へ移動する。

「お、おいおい、ほんとにする気か?」

「マジかよ……っ、俺、見てくる!」

「私も!」

「ああ、すげー気になる!」

「なあ、街の奴らも呼ばねえか!」

「あのマチョウさんが、スパーとはいえ、久々にリングに上がるんだ!」

「く~、たまんねえ! また、あのマチョウさんのショーが見られるんだ!」

すると、それまでトレーニングをしていた連中も全員が中断して俺たちを追いかけて三階へと集り出した。

ショー? 何言ってんだ? スパーだって。模擬戦だって。

そう心の中で疑問に思いながら、三階に上がって俺の目に入ったのは、部屋の中央に設置された、四方の柱にロープを巻き付けて囲まれた、一定の広さを持った四角い空間だった。

「な、なんだこれ?」

「これがリングというものだ。この上で、この限られた空間の中でスパーをする」

なかなか珍しいものを見せられて、同時に俺は「狭い」と感じた。

これまでアカデミーでも御前試合でも実戦でも、かなり広い場所で戦っていた。

俺自身は拳を使う接近戦のスタイルだが、足を使って相手をかく乱したりするのに、その環境を広く存分に使っていた。

だから、こういった限られた空間……まるで鉄檻や籠みたいなのは初めてだった。

『リングか……ここでは、戦い方がそれなりに変わるし、逃げ場も無いので途中で隠れることもできん……足を常に動かさねば捕まってすぐにやられるぞ?』

「だな……まっ、色々試してみるさ」

早速、リングとやらに上がってみる。足と床の感触と、広さを確認。

この限られた空間の中で、足を使って相手を翻弄する……結構難しそうだな……グースステップとかじゃなく、細かい足の動きが求められる。

「では、やろうか?」

そして、マチョウさんも上がってくる。上着だけ脱いで上半身裸になる。

思わず仰け反りそうになる巨漢と、目を奪われるほど肥大化して鍛え抜かれた筋肉だ。

この狭い場所でこの人と戦う……とはいえ……身長だけなら、アカさんやトウロウの方がデカイ。ビビることはねえ。

「ああ」

だから、俺も存分に堪能することにした。

「よいか、二人とも。ゴングを鳴らす……では、始め!」

そして、次の瞬間、ヤミディレが鐘を鳴らした。スパーの合図だろう。

俺は鐘が鳴った瞬間、まずはこの空間でどれだけ俺の足が通用するか、早速リング周りを走ろうとした……が……

「……さあ……来い」

「ぬっ……」

開始と同時に、マチョウさんは両手で俺を掴もうとするような手の形で、リング中央で腰を低くして俺を正面にして構えた。

『ほぅ……『手四つ』か……』

リングの角で見物しているトレイナの口から聞こえてきた言葉。手四つ? どういう意味だ?

いや、そんなことよりも……

「どうした……?」

中央で構えたまま一歩も動かないマチョウさん。

それなのに、何だかジリジリと迫られるような圧力を感じる。

そして、問題なのはあの両手。

なんだろう……異常なまで俺の本能があの両手は「ヤバイ」と告げている。捕まったらダメだと。

「ふぅ……」

「ん?」

まだ何もしてないのに飲まれそうになった。

だから俺は、まずは自分を落ち着けることから始めた。

普通、戦いの最中にこんなことやるのは無防備だが、マチョウさんは自分から動く様子も無いので、問題なくやることができた。

「……息吹きか……」

リング下のヤミディレが興味深そうに俺を見ながらそう呟いた。

どうやら、あいつはこの効果を知っている様子。

だが、とにかく少しは落ち着いた……さあ……

「ふ~……ああ、やるぜ!」

「………来い」

まずは、リング中央の相手を囲むように周囲を高速で駆けて、俺を捉えられなくする。

スピードで翻弄だ。

「うおっ、おお! あのガキ……」

「速いッ!」

「あいつ、あの歳でパワーだけじゃなく、スピードまで!」

高速スピードで周囲を駆け、そしてここから、左の連打を繰り出す。

「……ほう」

「まずは、一発!」

マチョウさんは避けれねえ。俺の左がマチョウさんの肩口にヒットする……がっ……

「いっ……か、かたっ!?」

マチョウさんは俺の左の一発など特に意に介した様子もなく、それどころか殴った俺の手の方が痛かった。

本当に人間の筋肉かと疑いたくなるほど、鋼のような感触だった。

「ちっ……だが……」

思わず舌打ちするが、そこまで動揺することじゃねえ。

むしろ、俺の左がいきなりヒットしたことが重要。

何となく分かっちゃいたが、あれだけ重い筋肉の鎧を纏ってるんだ。俺のスピードにはマチョウさんはついて来れねえ。

「大魔フリッカー!」

「むっ……」

なら、左の連打で鞭のようにジワジワしばいていく。

足も止めず、前後左右から休む間もなくマチョウさんを叩いていった。

「ほう……動きのキレが……私が見た御前試合よりも上がっている……僅か数日で、更に強くなったようだな……ますます……楽しみだな」

ヤミディレが何かを言っていたが、俺の拳がマチョウさんの肌を鞭のように叩いて響く乾いた音にかき消される。

「おらあああ! 俺の手は止めないぜ!」

「……ふむ……」

乾いた音が響き続ける。俺の攻撃は全弾、マチョウさんにヒットしている。

避けるどころか、防御もできていない? なんか、反応が鈍すぎやしないか?

とはいえ……

「あいつ、生意気なだけじゃねえ」

「ああ、パンチが全然見えないぜ!」

「けど……あんなんじゃ……」

俺の拳はヒットしてるが、まるでマチョウさんの芯を響かせてねえ。

これじゃ避けるどころか、防御するのも面倒で、あえて食らってるように感じる。

そう、まるでダメージが無い。何発当てても、まったく意味がないんじゃないかと思わされるような感触だ。

なら……ちょっと危険だけど……飛び込む!

「入った!」

懐に飛び込む。ここから空いている顎目掛けて強く握り込んだ拳を叩き込む。

「大魔スマッシュ!!」

相手の首から上を強烈に跳ね上げる一撃が鈍く響いて……いや……

「……な……に?」

マチョウさんの顎を捉えた俺のスマッシュ。だが、マチョウさんの首は跳ね上がらず、俺も拳を振りぬけなかった。

そう、マチョウさんは首の力だけで俺のスマッシュを耐えたんだ。

「見事な一撃だ……」

「ッ!?」

「自分の体をここまで力強く殴れば、並みの男なら拳の骨がへし折れる……無事なのは、濃密に鍛えられている証拠」

まるで何事も無かったかのように俺のスマッシュを顎に受けながら賞賛してくるマチョウさん。

いやいやいやいや、打たれ強いだろうとは思っていたけど……これは……

「では、自分も行くぞ? お前なら耐えられるだろう。魔極真――――」

「まずっ!?」

「ラリアット!」

次の瞬間、懐に居た俺目掛けて、マチョウさんが腕に巨大な力コブを作ってそれを何の小細工もなしに振り回して俺を攻撃しようとした。

だが、あまりにも大振りな攻撃だから、俺は咄嗟に身を屈めて回避できた……が、頭上をその攻撃が通り過ぎた瞬間、思わず背筋が凍りついた。

もし、今のを顔面にくらっていたら?

そして……

「あっ……」

三階の窓のガラスが割れ、壁にも巨大な亀裂が走った。

「んな……な……にい?」

「ふう……しまった……久々ゆえにそこまで考慮できなかった……やはり、自分もまだまだ未熟。己の力もコントロールできんとは……」

腕を力強く振り回したその風圧だけで壁を破壊した。

もはや、それだけで魔法並みの危険度だった。

流石にそれは俺も唖然としちまった……スパーの最中だってのに……

『馬鹿者! ボーっとするな!』

「え? あっ……」

「さて、捕まえたぞ」

気づいたときにはもう遅かった。

俺がポカンとしていた隙に、マチョウさんが両手で俺の胴体に両手を回してガッチリホールド。

「しまっ、ぐ、ぬお、なっ、つう!」

身を捩って逃げようとしても、ビクともしねえ。引き剥がせねえ!

「……背中から落とす。手は抜くが、受身を取るんだ」

「ッ!?」

次の瞬間、俺の両足がリングから浮いた。

逆さになった風景。マチョウさんが背中を大きく反らせて俺を頭上まで持ち上げて……ちょ、な、何を!?

『童! な、こ、これは……先ほどのラリアットといい……ッ、こやつ! ヤミディレめ、まさかこやつに教えたのは……!?』

あのトレイナがやけに動揺している。何だ? こっから何を……って、一つしか思い浮かばねえ。

勢いよく頭上まで俺をもちあげたのなら、そこから先は勢いよく叩きつける……

「魔極真パワーボムッ!」

「ぶぼほおおっ!!??」

「「「「「きたーーー! ま、マチョウさん必殺のパワーボム!」」」」」

『パワーボム!? こ、これはたまらぬ! 童、立て! 立つのだ、童!』

背中から叩きつけられ、息が……や、やべえ、なんだこれ? 今まで何度も殴られたり蹴られたり斬られたり魔法をぶつけられたりはあったが、背中を強打したことなんて初めてで……体が痺れて……なんつー、パワー任せな技だ!

つか、なんかトレイナ……心配というより……興奮してね?

「さて……せっかくだ、若者よ。もう一つ味わってみるか?」

「ぐ、が、な、にを?」

俺を見下ろすマチョウさんは、俺に背を向けてリングの隅へ。

そのままリングの外に出るのかと思ったが、そうじゃない。

「「「「きたーー! マチョウさんの必殺フルコース!!」」」」

なんと、コーナーに立っている柱の上に登った。

「ッ!?」

『ぬおお、これはまさしく!? まずい、童! 立て! 立つんだ、童! 元気だ! 元気を出せ、童! 元気があれば何事も成せる! 燃える闘魂を見せろ!』

柱に登ったマチョウさんは高い位置から倒れている俺を見下ろす。なんだ? いや、まさか? えっ、そこからまさか……?

つか、トレイナ! あんた、どうした? いやいや、そんなことよりも、マチョウさんだ!

「では、行こう」

まさか、そこから……嘘だろ?

『マチョウがコーナーに登った! そこで何をする? シンプルにドロップキックか!? ダイビングエルボーか!? まさか、フライングボディアタックか!? いずれにせよ、童ピンチ! ここから先は、マチョウの時間か!? これは避けられぬぞ!?』

「「「「いけー、マチョウさん!」」」」

「オジサン、ガンバ!」

ちょ、何でトレイナ……そんな嬉しそうなの? なぜ、そこまで興奮する!

「神は……戦争で傷つき暗い暗雲漂う魔界の民たちを明るくするため、『戦う』ではなく『人々に見せて盛り上げる』興行を生み出した……これは技であり、神の愛した文化でもある。ゆえに、最も素質と体格のあったマチョウに、それを伝授した……」

ほくそ笑んでいるヤミディレ……

「人間が神の技と文化を継承する……この新たなる歴史に、神も神界でさぞお喜びになられるだろう」

『マチョウが背を向けた!? そうか、わかったぞ! あれは、月面宙返りだ!』

いや、その神は神界どころか、リングのコーナーで既に喜んでるんだけど!

つか、トレイナ、俺じゃなくてマチョウさんを応援してね?

いや、そうじゃなくて、こっちだ。

「魔極真ムーンサルト!」

ヤバイ。マチョウさんが空中で一回転しながら、体ごと真上から俺に向かってダイブ……動け……動け!

でも……なんか、結構時間があって、俺も少し痺れも収まったから……

「ぬおおおおおおおおおおおおっ!! てりゃ!」

「むっ!」

痺れた体を無理やり動かし、何とかリング上を俺は転がって、マチョウさんのダイブを避けた。

「ぷはーっ……あっぶね……ごほっ、げほっ……」

そのままリングに激突したマチョウさん。

その威力は、道場全体を揺らし、あやうく地面が突き抜けるかと思えるほどの衝撃だった。

いや、本気でやったら多分、今の技も……もっと……

「ふぃ~、ビックリした……息が止まったぜ……っ、まだ背中いてぇ……」

「とはいえ、もう動けるか。回復力も素晴らしいな」

「ああ。もう二度と捕まらねーよ。って、さっきの無駄な動きは何だ? 普通に殴ったり踏みつぶせばいいのに、なんでそんな無駄なことすんだ!? 普通に避けれちまったじゃねーか!」

とにかく、もうマチョウさんに捕まるわけにはいかねーと身に染みて分かった。

一方で、せっかくのチャンスでどうしてあんなふざけたことを、マチョウさんみてーな堅物そうなやつがやったのかと、俺は文句を口にした。

そして、同時に、マチョウさんの攻撃の破壊力は確かにすげーし、派手な技ではあるが、その分モーションがデカイ。

ちゃんと神経を張っていれば避けられ――――

『……童……この……馬鹿者めが!』

「ッ!? ……?」

そのとき、俺はトレイナに怒鳴られた。ぇ? 何で? 油断しすぎたか?

だが……

『貴様……何故あの攻撃を避けた!』

「……?」

『受けて耐え切ってみせようという気概は無いのか! それでも余の弟子か!? アカと足を止めて殴り合った頃の貴様はどこへ行った!』

「へ?」

トレイナの説教は、まるで予想外な内容だった。

なんと、攻撃を避けたことを怒られた。

いや、何で? 何で攻撃を避けて怒られるんだ?

まるで意味が分からず、普通にポカンとしていたら……

「……つまんない」

「へ?」

「ぶー、つまんない」

リングの下で俺たちのスパーリングを見ていたアマエがガッカリしたかのように、そう呟いた。

そして、それは……

「は~、ま、そうだよな~……」

「まぁ、気持ちは分かるよな」

「俺だって逃げるしな……」

他の奴らも同情的な意見は言うものの、どこか全員少し肩透かしを食らっているかのような表情をしていた。

いや、なんで? なんで俺がガッカリされてんの?

「ええい、うるせえ! つか、なんなんだよ!」

とにかく身勝手なよく分からん意見には左右されず、俺はこのスパーに集中すると決めた。

左で小突いたり、単発のスマッシュは通用しねえ。

まあ、それならそれで色々と他にやるだけだと、再びリングの上で足を動かす。

そのとき……

「やれやれ、急に誘われたけど一体……っ! 彼は……」

「ん? お、おい、モトリアージュ……モブナ……ブデオ……あいつは……」

「う、うん!」

「学校で会った、彼なんだな!」

普段、強すぎてスパーもできないマチョウさんのスパーが見られると道場の連中が騒いで街にまで広めた。

その噂を聞きつけ、続々と街の連中までこの場に足を踏み入れ、そこには気づけば魔法学校の男たちまで駆けつけていた。

「とにかく、次はこっちの番だ! ギアを上げていくぜ!」

そんな状況の中、俺は存分に魅せてやった。