軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第一八四話 智にはたらけば角が立つ

太陽が西に傾き、 銅雀台(どうじゃくだい) の影が長く伸びている。

鄧艾(とうがい) と 石苞(せきほう) が夕食にありつくために公堂へ歩いていると、鄧艾の上官である 秘書郎(ひしょろう) の 孫資(そんし) が話しかけてきた。

「理屈ばかりを押し通そうとすれば、人と衝突してしまう。人情や感情を優先させれば、周囲に流されてしまう。自分の信念をつらぬこうとすれば、孤立してしまう。とかくに人の世は住みにくいものだ」

「…………」

鄧艾が返答に 窮(きゅう) しているあいだに、孫資はさっさと立ち去っていった。

石苞は、親友の横顔を観察しながら、からかうような声で、

「なにかやらかしたのか?」

「い、いや。……ぎょ、業務に、支障はない」

「へえ。業務には、ねえ」

石苞はにやにや笑っている。おおよその事情は察しているのであろう、追及するつもりはないようであった。

建安二十一年の二月、鄧艾と石苞は出仕し、 令史(れいし) に任じられた。

別々の部署に配属され、ひと月あまりが経ち、彼らはおのれに課せられた業務を見事にこなしている。

ただし、孫資が助言したとおり、鄧艾の人間関係は順風満帆とはいいがたかった。

彼らは、天下の名士とうたわれる 胡孔明(ここうめい) の弟子であり、兄弟子である 司馬懿(しばい) の屋敷に下宿している。いきなり令史に任じられていることからも、将来を 嘱望(しょくぼう) されているのは誰の目にもあきらかであり、彼らを公然とののしる者はいまのところいない。

表立っては、である。

吃音(きつおん) の鄧艾に対し、 軽侮(けいぶ) の念を抱く者はいたるところにいる。

言動の端々から、本心がちらついて見えるのだ。

これさいわいと、鄧艾はそのような人物と距離を置こうとした。

互いに不快になるのであれば、近づかぬほうがよいと判断しだのだが、その結果、上官に気を 遣(つか) わせてしまったのだ。いまや恥じ入る気持ちである。

孫資は鄧艾を評価してくれている。

鄧艾自身の才能を評価しているのか、孔明の名声に配慮しているのか、司馬懿と親交があるからなのかはわからないが、とにかく目をかけてくれているのである。

上官の厚意を無駄にするわけにはいかなかった。

馬の合わない相手にも、もうすこし歩み寄らないといけないのかもしれない。

鄧艾が反省している横で、石苞は足をとめ、壮麗な銅雀台を見あげた。

「すごい場所ではたらいているよな、俺たち」

「…………」

無言で、鄧艾も足をとめ、権力の象徴を仰ぎ見る。

梁(はり) や柱に施された彫刻は、どれほどの人数の職人が手がけたのかもわからぬ。天に挑むかのごとき 楼台(ろうだい) は、見る者を圧倒せずにはいられない。まさに地上を支配するにふさわしい風格がある。

漢が滅んで、魏の御世がはじまるのなら、この銅雀台こそが天下の中心であり、鄧艾と石苞の目指すべき場所でもある。

齢(よわい) 二十にして、彼らはすでに目指すべき場所にいる。

だが、彼らが目指しているのは、ここであって、ここではなかった。

銅雀台の下に群がる、 有象無象(うぞうむぞう) の下級官吏では意味がない。

権力の中枢に 参画(さんかく) し、大軍勢を率いる高位高官の身に昇らなければならないのである。

出発点から到達点を見あげていた彼らは、その視線を切ると、どちらからともなく顔を見合わせた。

確認するまでもない。彼らの目はしずかな決意をたたえている。

とりあえずは腹ごしらえである。食いそびれていては話にならぬ。

夕食をとり、 暮鼓(ぼこ) が鳴れば、退庁しなければならない。

司馬懿の屋敷に帰ってからは、今日の業務の整理をし、明日の勤務にそなえる。

その合間に、 司馬師(しばし) と 司馬昭(しばしょう) の学業を見ることもあろう。

うなずきあうまでもなく、鄧艾と石苞は歩みを再開した。

◆◆◆

馬の手綱を引きながら、私と 馬鈞(ばきん) と 姜維(きょうい) の三人は、 鄴(ぎょう) に入城した。

南門から広大な大通りがまっすぐに伸び、大通りの左右には整然と区画された街並みが広がっている。

はるか奥の左手にそびえたつ巨大な銅雀台を、馬鈞は手でひさしをつくって遠望する。

「やあ、壮観かな、壮観かな。さすが曹操さまの宮殿だ」

「 徳衡(とくこう) さん、あまりはしゃいでいると田舎者と思われてしまいます。孔明先生の直弟子らしく、落ち着いた言動を心がけてください」

姜維が注意すると、馬鈞がおどけた口調で反論を試みる。

「 伯約(はくやく) 、そいつは、ちょっとばかし想像力が足りないぜ」

「想像力?」

「あんな馬鹿でかい宮殿なんだぞ。曹操さまだって、驚いてほしいに決まってる。驚く分には、多少騒いだって問題ないのさ」

「なら、馬鹿のひとことは余計でしょう」

呆れたようにいうと、姜維は私にむきなおって、

「先生。司馬懿さまのお屋敷があるのは、北東地区でしたか」

「うむ。この大通りを北へ進むと、東西の大通りにつきあたる。そこから先の、高級官吏の邸宅が立ちならぶ地区だ」

鄧艾と石苞が出仕したのが二月の上旬で、いまは三月の末である。

彼らの様子を見るために、私は鄴にやってきた。

まあ、司馬懿にまかせておけば問題ないとは思うのだが、それはそれで、私が気にしてしまうのである。なんかこう、いろいろ押しつけてしまっているような気がするのだ、司馬懿さんには。

ここらでひとつ、ご機嫌うかがいもしておかねば。

ちなみに、馬鈞と姜維をつれてきたのは、もちろんコネづくりのためである。

というわけで、私たちは司馬懿の家を訪れた。

前もって連絡は入れておいたのだが、司馬懿、鄧艾、石苞の休日とはズレていたようで、司馬懿の妻、 張春華(ちょうしゅんか) が迎えてくれた。

彼女のとなりには、まだ子どもの司馬師と司馬昭が並んでいる。九歳と六歳のはずだ。

「お待ちしておりました、孔明先生」

母のあいさつにつづいて、司馬師と司馬昭が声をそろえて、

「お久しゅうございます!」

「うむ、久しいの。ふたりとも大きくなった」

私は 相好(そうごう) を崩した。気分は親戚のおじいちゃんである。

司馬師、司馬昭、どちらも利発そうで顔立ちも整っているが、兄の司馬師のほうが美男子然としていて、弟の司馬昭はおっとりとした雰囲気がある。

馬鈞と姜維が名乗っているあいだに、私はこっそり司馬師の顔を盗み見る。

後年、司馬師は目の下? あたりに 瘤(こぶ) ができ、その瘤が破裂したせいで死去するはずなのだ。

だが、司馬師少年の目の周囲は、きれいなもので瘤もあざも見当たらない。

……ふうむ、後天的なできものなのだろうか。

それにしても、鄧艾と石苞が下宿しているのに、いままた私と馬鈞と姜維が滞在しようとしているのだから、司馬懿の家にはお世話になりっぱなしである。恐縮するしかない。

私は張春華に、負担になるようだったら知らせてほしい、とそれとなく伝えた。

なにせ鄴は都なので、人口密度は高いし、上流階級の人間だってごろごろいる。

司馬懿の屋敷であろうと、そこまで広いわけではないのだ。

それに私としては、いざとなったら 陳羣(ちんぐん) の屋敷にでも転がりこめばいいか、という算段もある。いちおう、私と陳羣は 縁戚(えんせき) なわけでして。

だが、張春華は口元に手を添えて 淑(しと) やかに微笑むと、お気になさらず、というように、

「先生のご滞在を、私どもは心よりお待ち申しあげてございましたのよ」

お言葉に甘え、私たちは司馬懿の屋敷にお邪魔することにした。

ま、不都合があるようなら、司馬懿がなんかいってくるだろう。