軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第一七六話 泣き虫姜維

模擬戦は私たちの勝利で幕を閉じた。

敗北した姜維たち八人は、大地に正座している。

私は彼らの前に粛然と立つと、勝利のよろこびがもれそうになるのを懸命にこらえながら、眉間にしわを寄せて神妙な表情をつくった。

「これが本物の戦であったなら、おぬしたちはもう死んでいる。二度目の機会が訪れることはない」

勝ち誇ったり、浮かれたりしちゃいけない。

そんないかにも小物っぽい本心、けっしてもらすわけにはいかないのである!

「自分たちの未熟さを痛感いたしました」

姜維は殊勝な態度で答えた。

「わかればよいのだ。これからは、おのれの命を粗末にあつかってはならぬぞ」

「はっ。この教訓、けっして忘れませぬ」

おお、なんだかいい感じに、この模擬戦を締められそうだ。

ある意味、姜維に対して最初のレッスンをおこなったともいえるだろうし、私の弟子になったらいろいろ学べるよ、というデモンストレーションにもなったような気がする。よいぞ、よいぞ。

私が勝手に納得していると、姜維はおずおずと口をひらいた。

「その……市中で妙な噂が流れているのを、ご存じでしょうか。なんでも、この模擬戦の結果いかんで、私が孔明先生に弟子入りする、という内容なのですが」

「その噂は、私も先ほど聞いたばかりだが。ふむ……」

私は誘惑にかられた。

その噂にかこつけて、なんとか姜維を弟子にできないだろうか、と。

しかし、模擬戦で勝てば姜維が弟子になる、という取り決めはデマにすぎない。

そんな噂を利用して、弟子になるよう圧力をかけたところで、姜維に嫌われるだけのように思える。

こう物事がうまくいっていると、ついつい欲をかいてしまいそうになるが、調子のいいときこそ落とし穴が待ちかまえているものである。

調子に乗らないよう、つつしまなければならない。

「噂は噂にすぎぬ。おぬしを弟子にするという私の気持ちに変わりはないが、実際にそのような取り決めを交わしていたわけではないのだ。まあ、気にしなくてよかろう」

私は鷹揚にいい、姜維の好感度を稼ぐことに終始したのであった。

私たちは長居をせずに、麒麟団のアジトをあとにした。

敗戦を胸に刻み、自省する時間が、彼らには必要である。

そこに、よそ者の私が交じりこむべきではなかった。

戦車に乗っている私のとなりで、馬鈞が不満そうに口をとがらせた。

「連弩が役に立ったから、私としては文句なんてありませんけどね。結局、姜維を弟子にするって話は白紙のままなわけですし、強引に弟子入りさせちゃってもよかったんじゃありませんかね?」

「 徳衡(とくこう) がよくそんなことをいえるな」

手綱を握っている石苞がツッコむ。

馬鈞は後頭部をかいてごまかし笑いを浮かべ、戦車と併進している馬の上で、鄧艾が眉をピクリと動かした。

そうね、石苞だけだものね。私の誘いをすんなり受け入れて弟子になってくれたの。

鄧艾も馬鈞も、最初は弟子入りを拒絶したのだ。

やだ……私の人望、低すぎ?

思わぬところからショックを受けてしまったが、今回の件に関しては、私にもそれなりに目算がある。

「まあ、弟子入りの話も前進していないように見えて、それなりに前進しているであろうよ」

麒麟団が暴走しないよう、こらしめることに成功したのは事実なわけでして。

これを報告すれば、姜維の母は感謝してくれるにちがいなかった。

そのとき、

「おーい、おーい」

という声がした。

振り返ると、私たちを追いかけるように、姜維が馬を駆けさせていた。

彼は私たちに追いつくと、馬から飛び下り、手綱を片手に 拝跪(はいき) した。

息を整え、期待と緊張をはらんだ声で、

「願わくは、私も孔明先生の門下で学ばせていただきとうございます!」

「おおっ! むろん、心から歓迎しよう。ちょうど、おぬしを弟子に取るにはどうすればよいのか、頭を悩ませていたところであった」

よろこぶと同時に、私は不思議に思った。

姜維は弟子入りに前向きではなかったはずだ。

いったい、どういう風の吹きまわしだ?

疑問が顔に出ていたのかもしれない。

「仲間たちが送りだしてくれたのです」

姜維は答えた。

「彼らは……私に隠れて話しあっていたのです。私の将来を考えたら……この模擬戦がどのような結果になろうと、孔明先生に弟子入りしたほうがよい……と」

膝をついたまま、姜維は目頭を押さえてうつむいた。

「仲間に恵まれておったのだな」

私がそう言葉をかけると、姜維は顔をあげ、

「はい。私の……自慢の仲間でございます」

目に涙をためてうなずいた。

こうして、姜維を加えた私たち五人は、そのまま姜維の家にむかった。

途中、石苞が小声でいった。

「こうなることも、お見通しでございましたか」

お見通しなわきゃないのだが、そこらへんは口に出さず、私は意味ありげに微笑を浮かべてごまかすのであった。

ことの経緯を伝えられた姜維の母は、深々と頭をさげた。

「孔明先生にはいくら感謝してもしきれません。おかげで、愚息が道を踏み外さずにすみました」

彼女は姜維の目をまっすぐに見据えた。

「維よ、あなたの 字(あざな) は 伯約(はくやく) です。お父さまが、あなたのために考え、遺してくださった字です。大切になさい」

「伯約……」

自分の字を噛みしめるように、姜維はつぶやいた。

姜維の母は、我が子の様子に目を細めてから、私にむかって、

「 孟子(もうし) の母は、子どもの教育に適した場所をもとめ、三たび居を移したといいます。母子ともに先人には遠くおよびませんが、故事にならい、私も 陸渾(りくこん) に移住しようと考えております」

と申し出た。 孟母三遷(もうぼさんせん) ってやつね。

「うむ。それがよかろう」

「つきましては、お世話になった方々への別れのあいさつと、我が子の門出への祝いを兼ねて、ささやかな宴の席を設けようと存じますが、お時間をいただけないでしょうか」

◆◆◆

翌日、屋外に宴席が設けられ、姜維の家とつきあいのある人々が招かれた。

もちろん、麒麟団の団員たちの姿もある。

彼らから、 梁虔(りょうけん) があらたな団長になったと聞かされて、姜維はまばたきした。

てっきり 梁緒(りょうしょ) が団長になると思っていたのだ。

その梁緒に視線で問いかけると、

「私は来年出仕しなければならない。団長をころころ交代させるのはよくないと判断した」

「その点、俺は出仕までまだ四年あるからな」

梁虔が肩をすくめて説明を継いだ。

ふと、姜維は思う。

もともと麒麟団は戦災孤児を救うための時限的な福祉策であり、その期間は姜維が成人して出仕するまでの予定であった。

二歳年上の梁虔が団長になったことで、活動期間も二年短縮されるのであろうか。

それとも、三代目へと引き継がれ、麒麟団の活動はつづいていくのであろうか。

いずれにしても、この地には梁虔、梁緒、 尹賞(いんしょう) たちがいるのだから、それほど心配することはないように思える。

しばらく麒麟団の仲間と話しこんでから、姜維は席を立った。

尹賞に 訊(き) いておきたいことがあった。

「姜維、引っ越しても元気でなぁ」

「中央の連中に負けんなよ」

「いつか 雍州刺史(ようしゅうしし) になって、もどってこいよ」

惜別、激励、期待の声をかきわけるようにして歩み、尹賞の姿をさがす。

尹賞はいかにも機嫌がよさそうに、同僚たちと酒を飲んでいた。

「尹賞さん」

「やあ、本日の主役のおでましだ」

酒杯を軽く掲げ、尹賞は迎えた。

「すこし話があるのですが」

「ん? なんだ?」

尹賞は怪訝な顔をした。

姜維は会話を聞かれないよう、尹賞を宴席の片隅につれていくと、

「もし、模擬戦で私たちが勝ったら、どうするつもりだったのですか?」

尹賞は、なんだそんなことか、とでもいうように小さく笑った。

「相手を誰だと思っている? 栄耀栄華をきわめた董卓の破滅を予言し、 黒山賊(こくざんぞく) 一万を単身で帰服せしめ、異民族の地を渡り歩いて平然と帰ってくるような人物だぞ」

ふいに、尹賞は言葉を切った。しまった、という表情を浮かべて、

「失言だったか?」

姜維はうなずいた。

薄々そうではないかと思っていたが、いまの言葉で確信が得られた。

「尹賞さんだったのですね、あの噂を流したのは」

尹賞はきまりが悪そうに、

「君は孔明先生に弟子入りしたほうがよい。それはあきらかだった。麒麟団の連中にしても、いつまでも君に依存しているわけにはいかない。まあ、そんなわけだ。模擬戦に負けたら弟子になるという噂を流しておけば、話が進展するかと思ったのだが……。よけいなお世話だったかもしれないな」

「いえ……」

姜維は感謝の思いで胸がいっぱいになった。

尹賞も、姜維の背中を押していたのだ。

こころよく送りだしてくれた、麒麟団の仲間たちのように。

姜維は恵まれていた。

故郷をはなれる前に、それを知ることができてよかった。

鼻の奥が熱くなるのを感じた姜維は、鼻をすすりあげ、頭をさげた。

「ありがとうございました」

胡昭は兵法書を 著(あらわ) しておらず、軍を指揮したという記録も残されていないが、後世に最も大きな影響をあたえた軍事思想家のひとりとして評価されている。

胡昭から兵法を学んだ彼の高弟たちは、異民族との戦いにおいて無敗を誇り、晋朝に安定と繁栄をもたらした。

胡昭の高弟たちは、荷車を連結させて防御陣地を構築し、強弩、連弩、大型の 床弩(しょうど) といった複数の弩を使い分けることで、騎兵を主力とする異民族を相手に連戦連勝をかさねた。

この戦術は洋の東西を問わず広く普及したが、火器が発展すると、その火力によって騎兵も荷車による防御陣地も無力化されるようになったため、次第にもちいられなくなった。

しかし、胡昭が発明したあぶみは現代でも使用されており、弟子の馬鈞とともに再現した連弩は改良をかさねられ、十九世紀の戦争においても使用例が見られる。

あぶみの発明によって騎兵戦術を普及させ、その騎兵対策をもみずから確立させたことから、胡昭は「戦史に二度革命を起こした軍事思想家」と呼ばれている。

胡昭 wiikiより一部抜粋