軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14 スワロウライダーの受難(3)

「私が家を出て、冒険者になろうと思った理由?」

「そうそう」

周囲への牽制も兼ねてヴィルと夕食を共にしていると、シフトを終えたナタリーが合流してきた。

見たところ、すっかり顔色は良くなっているから、気分はちゃんと落ち着いているみたい。

あの重圧に気圧されてしまうんじゃないか、酔っぱらいたちみたいにヴィルに怯えてしまうんじゃないかと心配していたけど、どうやら私の考えすぎだったらしい。

彼女はまだ二十代だったはずだから、近い年頃の女の子が入ってきてくれて嬉しいんでしょうね。

少し眠そうにパンを頬張るヴィルに、結構ぐいぐい質問をしている。

……神経がずぶ、いえ、精神的に逞しいのは受付嬢として頼もしい素質だし、私たちが感じた重圧がヴィルの『威圧』によるものだと聞き出せたのは大きな収穫なのだけど、いかんせん押しが強すぎないかしら?

貴女、そんなにヴィルに押せ押せで大丈夫?

もし怒らせることになっても、私はフォローしないわよ?

「んー……別に、大したことじゃないんですが」

こちらの心配をよそに、ぽやぽやしているヴィルはどうやら話すつもりでいるようだ。

眠くて思考能力が低下しているだけか、さして気にしていないだけかはわからないけど、これってもしかして知りたいことを知れるチャンスよね?

そわそわする気持ちはおくびにも出さずスープを口に運びながら、それでもしっかり若人たちの話に聞き耳を立てる。

「私、そこそこ貯えのある家の生まれで、これでも婚約者がいたんですよ。ま、家のお付き合い的に決まった相手なので、あまり思い入れのない相手なんですけど」

「えっ! 婚約者がいるのに家を出ちゃったの? 大丈夫? 婚約者の人、ヴィルを心配しない?」

「まあまあ、大事なところはこれからなので、もう少し話を聞いててくださいな。……で、その婚約者がですね、それはそれはクソ野郎でして。かなりエグい束縛をしてくるタイプの、非常にめんどくさい男だったんですよ」

歯に衣着せぬ物言いのせいか、背後で同じように聞き耳を立てる誰かが噴き出す音がしたけど、もちろん知らないふりだ。

ヴィルの話の続きが気になるのはわかるけど、汚いから、あとでちゃんと掃除してちょうだいね?

「嘘、そんなに酷いの?」

「それはもう。私に自分の言うことを聞かせるためなら、なんでもやるようなクズだったので」

「……ちなみにその婚約者とは、いつからの付き合いなの?」

「まだ七つか八つの頃からなので……かれこれ十年くらいですかね」

視界の端で、そっと涙をぬぐう職員が見えた。

うんうん、わかる。わかるわ、その気持ち。

思わず私がヴィルの頭を撫でると、一瞬びっくりしたようだけど、それからはにかんだ笑みを浮かべてありがとうございます、と言った。可愛い。

「うっわ、最悪。なんて男なの。いくら家の付き合いで決まった相手だからって、婚約者に乱暴するなんて許されるはずないわ!」

「うーん……でも、そんな関係でも、向こうからは好意を持たれてたんですよ。だからまあ、それがかえって悪かったのかなって」

「……え、何それ? つまり、ヴィルのことが好きだからこその束縛で、乱暴ってこと? 地獄……」

「こら、ナタリー」

「あー、いいですよパトリシアさん。ナタリーさんの言ってることは間違いじゃないし、同意してもらえて嬉しいくらいなので。私の感性が間違ってないんだって安心できて、むしろありがたいです」

天井を仰ぐナタリーを気にすることなく、こくり、と水を飲んでヴィルは一息つく。

そして彼女は更なる爆弾を投下し、再び私たちを凍り付かせた。

「ま、そんなわけで、あのまま一緒にいてもお先真っ暗だったから思い切って家を出てきたんです。流石にね、私も犯罪者にされたくはないですから」

「え゛っ」

「行き過ぎた束縛も執着も、向けられる方にとっては毒でしかないんです。その毒のせいで道を外れることになるくらいなら、家も立場も婚約者も、ぜーんぶまとめて捨ててやろ! って思っちゃいました」

……気恥ずかしそうに笑うヴィルと、私たちの温度差がね、すさまじいのよね。

今の話、全部が全部、本当のことではないんでしょうけど……絶対に実話が混ざっていると思うの。

虚実の境目がわからないけど、絶対そうだって女の勘が告げている。

先代侯爵様からの紹介状を持ってきたあたり、元の彼女の身分はおそらく伯爵位以上の貴族のご令嬢だと推察される。

そんな箱入りのお嬢さんが出奔を決意するくらい、婚約者ないし婚約者と称された人物は頭がイっちゃってるなんて、想像しただけで地獄も甚だしい。

あの酔っぱらいたちに対する過剰なまでの辛辣さも、その婚約者(仮)のせいで異性に幻滅しているせいだと思えば、もはややむなしなのでは……?

「……お姉さんがヴィルを守ったげるからね!!」

「そう言ってもらえるのはありがたいですけど、無理はしないでくださいね? ナタリーさんが傷つくのは嫌ですよ」

わぁわぁと騒ぎ立てるナタリーをなだめるヴィルを見ていると、どっちが年上なんだか、という気持ちになる。

……でも、そうね。ナタリーが言う通り。

ずいぶん酷い目に遭ってきたみたいだし、彼女の身をあずかるギルドの職員として、私たちがフォローできる部分はなるべくしてあげたいわ。

すぐにできることといったら、ヴィルに目をかけてもらえないか、同性の先輩であるノラに打診しておくことかしら?

あの子なら面倒見もいいし、とっても気さくでサッパリしているから、何かあれば相談しやすいと思うのよね。

似たようなことを考えている人はほかにもいるらしく、静かに聞き耳を立てていた男衆はさりげなく私たち──というかヴィルから距離を取り、こそこそと何かを話している。

たぶん、彼らなりに新人との距離感の取り方を考えようとしているんでしょう。

風(フォン) とのやり取りはちゃんとできていたから、そこまで過敏になる必要はないと思うけど……あの話を聞いて気を遣える人であれば、ヴィルもきっと邪険にしないんじゃないかしら?

まあ、あくまでも私の予想だけどね。

それから数日後、私は受付業務をこなすかたわら、食堂の一角でじゃれあう二人の女冒険者たちを窺い見た。

気風が良くて何事にもあっけらかんとしたノラはもちろん、ギルドの一員になったばかりのヴィルもが無邪気な笑顔を浮かべていることに、私は人知れず笑みをこぼすのだった。