軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

32 そして魔女はわらう(1)

――ふ、と意識が浮上する。

身体が怠い。頭が重い。まるで前世、雀の涙ほどしか睡眠が取れなかった時の寝起きのつらさのような倦怠感が全身を支配して、身体を起こすどころか、指先を動かすことすら億劫になる。

ここまで身体が怠いと、いっそ風邪でもひいてしまったんじゃないか? という気持ちになってきて、なんだかますます憂鬱になってきた。

(……やだなぁ、明日こそノラさんとマーケットを見て回るつもりなのに)

マーケット、といえば。

私は確か、風君と一緒にマーケットを見て回っていたのではなかったか。

頭の中に靄がかかったように鈍くなった思考が、そう気付いたことをきっかけに、少しずつくるくると回転を取り戻し始める。

べろんべろんに酔っぱらったノラさんが朝方になって、ようやく帰ってきたこと。

アルコールのせいで判断能力が鈍っていたのか、私のベッドに入り込んできて抱き枕にされたこと。

そこからなんとか抜け出して、私と同じくほんのりアルコールの匂いをまとった風君と朝ごはんを食べ、二人でマーケットに出かける約束をしたこと。

少し眠って判断能力を取り戻した一方、完全に二日酔いの症状が出ているノラさんに送り出されて、実家にいた頃の闇をチラチラ覗かせる風君とマーケットを楽しんでいたこと――。

まだ半日も経っていないのに、なかなか濃い時間を過ごしているな、なんて。

ひとつひとつ、今日の出来事をゆっくりとなぞりながら他人事のような感想を抱いて、……そこでまた、新しい疑問に気が付いた。

(あれ、そういえば、風君は……?)

いきなりホットワインを勧めるのはまずいかなと思ったので、その代わりにアップルジンジャーティーに二人で舌鼓を打って。

いつもは表情の変化の振れ幅が少ない風君が、マーケットの様子に目をきらきらさせて、ほっぺを赤くして、いかにも興奮してます! といった様子だったから。彼の興味が赴くまま、一緒に屋台や露店を覗いて、買い食いをして、たまにちょっと冷やかしをしたりもしてみて。

風君が珍しく、静かにはしゃいでいる様子にちょっとかわいいな、とか、本人に知られたら怒られそうなことを考えたりなんかもして。

それで――それで、そう、風君が『靴が見たい』って言ったから。

じゃあ見に行こうかって、通り沿いのお店に入って、会計を済ませに行った風君をお店の外で待つつもりで、それから……、……?

(それから、どうしたんだっけ)

お店を出たところまではおぼえているのに、そのあとのことがどうにもおぼろげだ。

……というか『おぼろげ』どころの話じゃなくて、なんか、こう、ブツッていきなり目の前が真っ暗になってる? みたいな? そんな感じじゃない? ……あれ?

真っ暗、といえば、今もそうだ。

目の前が真っ暗で、何も見えなくて。

……ああいや、違うなこれ。

目の前が真っ暗なんじゃなくて、単純に私が目をつぶっているから何も見えていないだけだ。

でも私、なんで目をつぶったりしてるんだろ?

風君と出かけてるのに、目をつぶるようなことってある? そんな必要なくない?

というかそんなことしてたら、マーケットの盛り上がりに乗じて毎年出没する手癖の悪いお馬鹿さんたちに『どうぞ狙ってください』って言ってるようなもんじゃん? 何してんの私?

………………エ、待って。

そんなことよりちょっと待って欲しい。

なんか、あの、今すっごい不快な感覚がする。

(やだやだなにこれめちゃくちゃ気持ち悪いんですけど!?)

前世の職場で明らかに距離感がおかしい男の先輩に手を掴まれたり、肩に手を添えられたりした時みたいな、感覚的にはそれに近い。

否、正直に言って、当時のことが可愛く思えてくるくらい今の方がもっとずっと気持ち悪くてほんとやばい。何がやばいって、やばいとしか言葉が出てこないくらいやばい。むり。ほんと身体ぞわぞわする。頬とか、首筋とか、するする撫でられてるんだけど、触られたところから全身粟立って鳥肌が立つくらいほんとやだ。むり。なにこれほんとやだ。

……さっきから私やだって言ってるじゃんこの【自主規制】!!

「!?」

身体がだるすぎて、腕を持ち上げるだけでもいつもの倍以上に気力体力を振り絞る必要があるけど、そんな悠長なことを言っていられる場合じゃない。

そんなことより私の正気度がゴリゴリ削れている方がよっぽど大きな問題なので、火事場の馬鹿力で腕を動かし、 私(ウィロウ) の身体に触れる『何か』を弾――こうとしたら腕掴まれたんですけどほんと何!? やめてくれません!? さっきからなんなのこのセクハラ野郎!!

「わ、たしに……さわ……んな……っ!!」

顎にかけられた手に、次に何をされようとしているのか、嫌な想像が脳裏をよぎって全身の血の気がひく。

――ああ、だからだ。身体を触られて、こんなにも気持ち悪くて仕方ないのは、その手つきが性的なものを匂わせるから。

こんなにも身体がだるくて仕方ないのは、薬を盛られたから?

もしくは魔法のある世界だから、何か、身体の自由を奪う効果のある魔法を使われた可能性だってある。

どちらにしても、女の尊厳を傷つけるようなことを意図した動きをこの場にいる『誰か』がしているのは間違いのない事実で。底知れない嫌悪感がそのまま口をつき、鉛のように重い瞼をぐっと押し上げて――

「どうして? 君はぼくのものなんだから、何も嫌がることなんてない。そうだろう、ウィリー?」

「――ッ」

互いの吐息がかかるほど近いその顔に、ヒュッと空気の高い音が鳴った。