軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

29 しあわせは何でできている?(5)

外に出ると、ひやりと冷たい空気が頬を撫でた。

冬は日の出が遅いぶん、空気があたたまるのも遅いから……というのはわかっているが、それにしても冷たすぎる。

ぴゅうっと吹いた風が首元の隙間を通り抜け、反射的に身を竦めると、隣ではヴィルも同じような反応をして震えていた。

「今日は一段と寒いね」

「ああ」

「露店が開き始めたら、どこかでアップルジンジャーティーでも買おうか。飲んだことある?」

「……いや、たぶんなかったと思う」

「そっか。身体があったまるぶん、生姜の匂いがけっこうするんだけど、風君なら大丈夫だと思う。もし飲み切れなくても私がもらうし、あとで挑戦してみよ」

俺の飲み差しでも気にせず飲むのか? と一瞬動揺するが、冷静になって考えてみれば、昨日の夕飯も似たようなものだったなと落ち着いた。

最初は大皿に乗った料理を取り皿に取り分けて、と行儀よく食べていたのだが、ラッセルとノラの酒が進むにつれてどんどんなし崩し的になっていった……というか。

酔っ払いたちが自分たちの皿に乗った分だけでなく、わざわざ俺たちの取り皿に盛られた料理まで強奪していくものだから、大皿から直接食べた方が確実に胃に収まることに気付いてしまい。食べ盛り二人は自分たちの食い扶持をなんとか大人たちから確保するために、やむをえず大皿をつついて食事をすることになったんだよな。

……まあ、酔いどれどもはその前から、大皿に乗った料理を直接食べていたんだが。

酔っ払いに常識は通用しないから、まったく困ったものだ。

――マーケットの開く時間までまだ余裕があるだけあって、昨夜に比べると人通りはかなりまばらで、街中の雰囲気は穏やかなものだ。

これがもうじき活気にあふれた街並みに変わるんだなと考えていれば、道沿いの店や露店では店員が開店に向けた準備に勤しむ姿が見えて、その様子を見ているだけで胸がワクワクしてくる。

昂る気持ちを抑えきれず、田舎者全開できょろきょろと方々へ視線を向けながら「あそこの店は?」「あれはなんだ?」とヴィルに尋ねれば、彼女は鬱陶しがることもなくひとつひとつ丁寧に教えてくれた。

……俺が子どもっぽい真似をしているせいだろうか?

ヴィルの言葉尻や説明の言い回しが普段よりも柔らかく、易しいものに感じられて、なんだか少し気恥ずかしい。

それでも、子ども扱いしないでくれ! なんて言う気にならないのは、彼女が俺に手間をかけることを惜しまないでいてくれるのが嬉しいからで。こちらに向けられる穏やかな笑みにそわりとする気持ちを誤魔化すように、俺はまたひとつ質問を重ねた。

「ヴィルはマーケットに来たことがあるんだよな?」

「ちょっとだけね。でも、このエリアは初めて見て回るかな」

このエリア? と首を傾げる俺に、それじゃあちょっとだけお勉強しようか、とヴィルは話し始めた。

曰く、城を中心に据えて円形に広がる王都は、大きく分けて四つのエリアに分かれているそうだ。

内側――城に近い場所から順に、貴族街エリア、商業・繁華街エリア、一般居住区エリア、そして俺たちのように別の領地・別の国から王都を訪れた人間が滞在する宿泊街エリア。

年末のマーケットは貴族街エリアを除く三つのエリアの大通りで行われているそうで、商業・繁華街エリアと宿泊街エリアでは主に地元の店舗が、一般居住区エリアには別の領地や国外から露店を開きに訪れた人が出店している、とのこと。

ちなみに貴族街エリアにはマーケットの立ち入りを禁じられており、そうでなくとも平民がむやみやたらにあちらへ立ち入るのは良い顔をされないため、年の瀬の貴族街エリアはわりと閑散とした街並みが広がっているそうだ。

その代わり、この時期は年始に国王への挨拶に伺うべく各領地の貴族が王都に集まってきているため、自宅でサロンを開いたりパーティを開いたりして社交に精を出しているのだとか。

……なるほど、あちらあちらでよろしくやっていると言うことだな。

「ちなみにこれは噂だけど、」

「?」

「商業・繁華街エリアの、特に貴族街エリアに寄った場所……いわゆる高級店が立ち並んでいるあたりには、社交に飽き飽きした貴族とか、恋人や婚約者との時間を過ごしたい貴族の子女が家を抜け出して、こっそりお忍びで遊びに来ていることもあるんだってさ」

「こちらまでは来ないのか?」

「そうなんじゃない? だってほら、王都ってただでさえ広いじゃん。外側に向かうにつれて警邏隊や王都の有志の目も届かなくなるだろうし、必然的に治安のよろしくない部分も出てくるわけ。手癖の悪いやつとか酒癖の悪いやつとか、風君も昨日見たでしょ? そういうのに会わないためにも、貴族街エリアから離れすぎない、安全な場所でよろしくしてるんだよ。きっと」

マ、あくまでそういう噂だけどねと言葉を締めくくり、ヴィルは肩をすくめる。

……ふむ。ということは、王都に住んでいた頃のヴィルはちょうどその高級店が立ち並ぶあたりまでなら見たことがあるってことか。

このエリアを初めて見て回る、というのも理由を聞けば納得だ。

何かあった時にすぐに助けを求められる安全な範囲で、つかの間の自由を楽しんでいたということだろう。

……もっとも、一緒にいた相手が相手だけに、彼女がどこまで心から楽しめていたかのかわからないが。