軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

28 しあわせは何でできている?(4)

朝食を終えたあとはいったん部屋に戻り、ラッセルの様子を見てから街へ繰り出すことにした。

本人の自己申告を聞く限り、気持ち悪さはあるが横になっていればそこまで大きな問題はない、とのことで。

なんなら「二日酔いなんて大人しく寝てれば治るから、お前らは気にせず遊びに行って来い」と追い払われるくらいだった。

それでも一応、宿の従業員に頼んで水差しとコップの用意だけしてもらい、枕元に置いておくことにした。

気持ち悪さがあるようなので、食事に関しては食べたくなったら――というか食べても大丈夫なくらい回復したら、自分から従業員に頼んでもらった方が良いだろう。

あとは念のため、体調が悪いようなので時々様子を見てやって欲しい、とも従業員に依頼しておく。

……たかだか二日酔いとはいえ何かあってからでは遅いし、まあ、これくらいはな。

ヴィルの方も、同じように水の準備と様子見の依頼はしてきたようだ。

彼女のことだから、ノラを心配して付きっ切りで看病したがるのではないかとも思ったのだが、本人曰く『ノラが平気と言うならその言葉を信じるだけ』とのこと。

直後、苦笑いしながら「私が部屋にいるとついつい世話を焼こうとして、ノラさんもゆっくり休まらないだろうしさ」とも言っていたので、ノラをちゃんと休ませるためには自分が傍にいない方がいい、と判断したのだろう。

なるほど、自分のことも相手のこともヴィルはよくわかっている。

「じゃあこれ、先に渡しておくね」

「ああ」

「つけ終わったら出かけよっか。マーケットが始まるまであと一時間くらいあるし、それまではゆっくり、どんなお店があるのかとか見て回れると思う」

迷子防止装置という性質上、渡されたイヤリングはひとつだけ。

手のひらにおさまる小さなそれをどちらにつけようか一瞬迷ったものの、俺は左耳につけることにした。

理由としては単純に、ヴィルがイヤリングを右耳につけているのが見えたから。

それなら俺は左耳につければいいか、と考えてのことだったのだが。

「……アー、その、風君ってさ。イヤリングを左耳につける意味、知ってたりする?」

「?」

「おっとごめん知らなかったか」

「……何かまずかったか?」

「いや別に。……まあ、ウン、私たちの協力関係的にはそっちでもなんら問題ないからヘーキヘーキ。気にしないで」

イヤリングを左耳に装着する俺を見て、何故かヴィルはぎょっとした様子。

しかしそれもすぐにいつもの軽薄な笑みで打ち消され、ひらひら振られた手がその残滓すら残さないと言うかのよう。

……協力関係的には問題ない、ということは、男女の仲を暗喩するような意味、なのだろうか。

夕方まで俺がおぼえていて、なおかつラッセルの調子が悪くなければ、イヤリングを付ける意味について訊いておこう。

ヴィルが大丈夫と言うからには大丈夫なんだろうが、俺が無知ないせいで彼女に余計な迷惑をかけてしまうのは、決して本意ではないから。

「なあ、ヴィル」

「どしたの風君」

「迷子防止装置と言っていたが、具体的にはどうなるんだ?」

「……そういえばその説明してなかったね? ごめんごめん、ずっとノラさんに渡すつもりでいたからすっかり忘れてた」

ふと気になって尋ねると、ヴィルは一瞬ぽかんとした表情を浮かべてから、まるで『しまった!』とでも言うように若干引きつった笑顔になった。

……彼女の正体を知ってからいつも思うんだが、こうしてくるくる表情が変わるところを見ていると、本当に侯爵令嬢なのか? と疑いたくなる。

物騒な発言がさらっと出てくるあたりは確かに貴族だなと感じるものの、義姉たちや正妻は(俺や母が関わらない限り)すまし顔でいることが常だったから、その落差がなんとも……。

そんな俺の思考をよそに、いやーうっかり! なんて言いながら、ヴィルは慣れた手つきで自分の右耳からイヤリングを外していた。

そうして外したイヤリングは金具部分を抓むかたちで持っており、俺の目の前でゆらゆらとチャームが揺れている。

……同じ形をしたふたつの円錐を、丸い底を接着面にして上下でくっつけたような、独特な形のチャームだ。

確か昨晩、彼女はスタッズチャームと言っていたか。

ヴィルのこういった装飾品に詳しいところは、義姉たちと少し似ていると言ってもいいのかもしれないなと思う。

まあ、これくらい女の嗜みだと言われてしまえば、似ている以前の話なのだが。

「一定の距離が空くとお互いを引き寄せ合うっていうのは、昨日説明した通りなんだけど。具体的にどんな風になるかって言うと、この揺れてるチャームの部分が動いて、もう片方は向こうにあるぞ! って教えてくれる感じかな」

そう説明しながら、実際の様子を実演するようにヴィルがチャームを持ち上げて向きを変える。

……ふむ、なるほど?

円錐の下の部分の先が、もう片方の在り処を示すように持ち上がる、と。

そんな風に動いてくれるのなら、万が一の時にお互いを探すのはそこまで難しくなさそうだ。

土地勘のない俺でもなんとかなりそうで、内心ほっと胸を撫で下ろす。

「ほかに何か確認しておきたいこと、ある? 今みたいに言い忘れてることあるかもしれないし、もし気になることがあれば今のうちに話しておくけど」

「いや、大丈夫だ」

「おっけ。それじゃ、改めてしゅっぱーつ!」

案内役は頑張ってこなすから任せてくれたまえ! なんて、おどけたように笑うヴィルの背を追いかけるかたちで、俺たちはようやっと宿を出る。

この笑顔が崩れるようなトラブルが起きなければいいと、そんなことを願いながら。