軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オールイン・ペイアウト

大荒れに荒れた、処刑の日から一週間。

街は、あんなことがあっても引き摺ることなく、それぞれの日常に戻っていた。

良くも悪くも無関心で、各々が思い思いの日常を送っている。

相も変わらず帝国銀狼隊は昼から酒を飲むし、闘技会には罵詈雑言が飛び交う。

剣闘士は怪我の治療を受けずとも、試合に自らの意思で出向く。

かつて最強と謳われた剣士のことを思い出しつつも、次の注目株や新人に指名が入る。

忘れたわけではないが、さっさと忘れるに限る。

今この時の快楽を、娯楽を求めて全力を捧げるのみ。

それもまた、この国らしさなのだろう。

――ただし、その当事者を除いて。

「おい……あれ」

「見るな見るな。もう関わらない方がいいぜ」

道行く男達が、ひそひそと噂をしている。

その視線の先にいたのは、灰色の汚れたぼろ布を被せられた男。

隣には、その手を鎖で繋いだ神官の男。

男はほんの数日前まで、栄華を極めていた。

後ろ盾も得て、裏に手も回した。

奸計は秘密裏に巡らせ、情報の遮断も完璧だった。

全て、上手くいっていたはずであった。

――処刑日の翌日、教会側に裏切られるまでは。

『は、話が違います! この秘密は、必ずお守りいただけると』

だが、返ってきた言葉はあまりに冷たいものだった。

『秘密裏に進めば、でしょう? 何故我々が、ここまで無様に馬脚を現したあなたを支援できると? 逆の立場で、あなたはご自身に擁護できる要素がありますか?』

それは、あまりにも冷徹であり――あまりにも正しかった。

互いの利になるから、互いの腹の内を隠して支援する。

そのために権威を保証し合ってきたし、金銭のやり取りをした。

だが、今のカジノは完全に崩壊した。

物理的に、ではない。

カジノ最大のポイントであった、賭け事のランダム性において大きな失敗を犯してしまった。

この上で、あの雷だ。

いつの間にか広場では、あの雷を『天罰』か、あるいは『神罰』と呼ぶようになっていた。

――神の怒り。

その言葉は、教会の者にとって何よりも避けなければならないものである。

カジノ本体は、あまりにも無残に破壊し尽くされた。

更に神の雷鳴は、教会に一発、教会の所有する処刑台に一発。

カジノより遥かに被害が少ないが、それ故にあれを『警告』と捉える者も少なくなかった。

司祭の一人は、表情を変えることなく呟く。

「残念だよ、エーベルハルト」

その表情は、全く残念そうではなかった。

平民として、罪人として街を歩くことは屈辱であった。

私室の調度品も、全て押収された。

まるで最初から教会の掌の上だったような――いや、そんなことはあるはずがない。

あの日、暴れた者は、よりにもよって一度雇った者だった。

子飼いのミイラと敵対していた、謎の剣士。

あいつは何処に行った?

視線を上げると、その先にいたのは――!

「おい、お前……ッ!?」

一騒動終わって、賭けた剣闘士が負けて愚痴をこぼすシビラを横目に、エミーにナッツの小袋を渡す。

ピーナッツをリスのように頬張る姿を微笑ましく思いながら賭博爆死女神を意識の外にブン投げていると。

「おい、お前……ッ!?」

正面から、聞き覚えのある声がした。

「エーベルハルト伯爵……いや、元伯爵か」

「お前達だろう、カジノを破壊したのは!」

「それを肯定したとして、完全に不正の証拠を見つかってしまったお前がよくもそんな攻撃的な態度を取れたな?」

俺の言葉に一瞬声を詰まらせたところで、カジノ大好き女が腕を組んで怒鳴りつける。

「そもそも! 不正工作してなけりゃ! ふっつーに十分優雅な生活だったでしょ!? 自分であんな悪趣味なゴミアクセ集めるために破滅とかバーッカじゃねーの!? バーカバーカ!」

語彙力皆無か。いや語彙力もいらねえか。

孤児院で育ち、フレデリカの節約しつつも美味しいレシピを楽しみにし、物はなくとも木剣一つで毎日遊んだ俺達。

そんな環境で育った身としては、自分の姿をした金の像を造るために犯罪に手を出すなど、価値観が違いすぎて理解できそうにない。

「……ッ! お前、ディアナに敵対して……お前さえ、いなければ」

「あら」

ヴィクトリアが微笑みながら、ずいっと前に出る。

いつになく積極的で……それでいて、えげつない威圧感がある。

目の前の男は、小さく悲鳴を上げて一歩後ずさった。

「私さえいなければ。確かにそうでしょう。ええ、ようやく全てを果たすことができます」

「な、何を」

「ところで、カジノの元オーナーなら知らない? 十年以上前に副支配人だったヒラリーが、今どこにいるのか」

「……!!!!」

ヴィクトリアは、何の話をしているんだ?

ただエーベルハルトの反応から、相当ヤバい話であることは分かるが。

「うーん、手練れとはいえまだ四十程度だったから、今も現役じゃないとおかしいのよねえ」

「……ハーッ、ハーッ」

「後は、そう。仕送りの件、一度も来てないのだけど」

「ハーッ…………は……」

エーベルハルトは息切れしながらも、更に苦しそうに声を詰まらせ、目の前の顔を見る。

「お、大紫……! 闘技会『最優』の、マリウスの懐刀……!?」

「当時とは雰囲気が違うとはいえ、ようやく思い出してくれたみたいね~」

ああ、何となく分かった。

エーベルハルトは、ヴィクトリアの剣闘士時代を元々知ってたってことか。

……それにしては、緊張しすぎに思うが。

「今はね、あの人との娘と一緒に暮らしているのよ。収入はとぉ~っても低いけど、娘がいるだけで幸せなの」

「はっ、はっ、はっ……ッ……」

「ブレンダに感謝することね、だってあの子がいなかったら――」

ヴィクトリアは、それまでの雰囲気の全てを反転させるように、細い目を開いて眉間に皺を寄せ、エーベルハルトを睨み付けた。

「――あなたの首は十年前に下水の中だった」

「………………は…………」

エーベルハルトはその圧に、地面へと座り込んだ。

……そうか、ようやく事態が飲み込めた。

この男は、ヴィクトリアの夫の復讐相手。

そう理解すると、今までの態度や、カジノ奥の部屋の調度品に対する反応も分かる。

それでも。

それでも、あんたは、ブレンダのお陰で踏みとどまれたんだな。

「こうやって考えると、お互い心を悪鬼に吞まれる前に、ブレンダに助けられているようなもんだな」

「ふふっ、ブレンダは私の天使であり、救世主なの。そう言ってくれると、嬉しいわ」

「感謝しているのはこっちだ」

そんな会話をすれば、いつも通りの朗らかな笑顔の母親が戻ってくる。

俺達は、道行く人から煙たがられつつ避けられる元伯爵を無視して先に進んだ。

ただエーベルハルトは懲りていないようで、更に声を上げてきた。

「――ディアナ!」

その声に、黙って女性が振り返る。

じっと視線を交わすも、すぐにエーベルハルトは唖然とした表情で首を傾げた。

「ディア、ナ……?」

女性は切れ長の両目と白い頬を晒し、赤い長髪をサラサラと風に靡かせて髪をかき上げる。

二度呼ばれた女性は、静かに答えた。

「人違いですが……そのディアナという人は、そんなに自分に似ていますか?」

「……」

エーベルハルトは、赤髪の女性と目を合わせる。

タンクトップ姿をした女性の腹部に目を向けると、鍛え上げられた筋肉の鎧が六つに割れている。

綺麗な肌には、怪我など何らかの跡は一切見受けられない。

「……いえ、人違いのようです」

「そうですか。それでは、これにて失礼させていただきます」

エーベルハルトはその言葉に返事せず、項垂れながら立ち上がった。

もう彼が振り返ることはなかった。

エーベルハルトが、十字路を曲がり見えなくなる。

一件落着したところで、今の会話を仕込んだ女神が振り向き、両指を向けて実に愉しげに笑った。

「やっぱあんた敬語似合わなすぎ」

「うっせ」

そう応えるディアナも、鏡に写したような表情で笑っていた。

久々に晴れた帝都の空に、爽やかな風が抜けて二人の髪を揺らした。