軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

召集令と、滲み出る格差

距離が近づくにつれ、耳を 劈(つんざ) く鐘の音は明確に大きくなっていく。

街の人々は慣れたものなのかぼんやりと壁の方を見ては歩き出し、子供は慌てることなく建物の中へと入った。

「これは恐らく魔峡谷からの襲来を周知する警報なんだよな」

「ま、十中八九そーでしょーね」

「……あまり慌てていないように見えるんだが」

そう、命が危険に晒されている状況に対して、あまりに危機感がないのだ。

当然の疑問だと思っていたのだが。

「飽きたからですかね?」

前を走っているヴィクトリアが振り返り、何でもないことのように答える。

「飽きたって……命に関わることだろ?」

「そうですけど、そんなものですよ」

淡々とした口調で、命に対する考えを答えるヴィクトリア。

その解に疑問などないようで、突然この人が別の何かになったような印象すら受けてしまう。

「でも」

そこまで話したヴィクトリアが、ふと思い直したように続ける。

「王国でブレンダと一緒に過ごして、私も変わりました。その一回を致命的な失敗にしたくはない、って。だから今は、私はこう思います」

自分の考えを示し直すように、ヴィクトリアは立ち止まって正面を見据えた。

「人間は、魔物との戦いで命を落とすべきではない」

視線の先には、揃いの衣装を着た冒険者らしき人が何人も血を拭きながら座り込んでいた。

帝国の西側、高い壁には大きな扉が併設されてあり、そこから何人か怪我人が出てきている。

壁の向こう側が、魔峡谷で間違いないだろう。

しかし……魔峡谷からの襲撃があったとはいえ、凄惨な光景だな。

眉を顰めて壁の扉から離れる人々を見ていると、シビラが顔を寄せた。

「ラセル。言うまでもないけど」

「回復はしない方がいいよな」

「ええ」

俺の魔法を使えば、ここの人間を全て治すことぐらいは可能だ。

だが、ここ帝国にいる回復術士がどれぐらいの割合いて、どのような料金体系で生活を送っているかという兼ね合いもある。

変に目をつけられるとまずい。

しかしそれにしても、冒険者達は自らにポーションをかける者すら稀で、殆どが回復しようとすらしない。

放置するにしては、かなり大きな負傷だと思うのだが……。

「イヴ、上から様子を探ってきてもらっていいか?」

「っす」

俺の言葉を受けた直後、すぐ後ろにいたアサシンの少女の気配が一気に薄くなる。

注意深く耳を澄ませば聞こえる程度の、壁を蹴る音が聞こえた。

「……やっぱり」

その間黙って冒険者達を見ていたヴィクトリアが、何かを見つけて呟く。

「彼らの肩、見える?」

「肩です? えーっと……なんかさっきの人達の狼っぽいけど、ちょっとかわいい感じの? ちっちゃいやつがありますね」

エミーがぴょんぴょん飛び上がりながら確認したようだ。

いや目立つな。

「——犬、か」

ジャネットが、ふとその動物の名を口にした。

「お揃いのジャケットは帝国の紋章。だけど色はさっきの人らの革ジャケットの茶色に比べて目立つし、肩の模様は狼には見えない」

「そういえば、あいつら犬に任せるとか言ってたな。……まさか」

「——ええ、そうね」

それまで前を見ていたヴィクトリアが、こちらを振り返り溜息を吐く。

その顔には、ありありと失望の色が浮かんでいた。

「戻ったっす」

イヴが音もなく俺の隣に着地し、姿を現した。

「事実だけを言わせてもらうっす。……白い服の冒険者が武器だけ持って前衛で攻撃を受けてて、茶色い服の連中と普通の冒険者っぽいのがフル装備っすね」

その解説に、一瞬目眩を覚えた。

何だその隊列は、冗談……ではなさそうだな。

「仕事が増えても、待遇は大差ないというわけね……」

ぽつりと呟いたヴィクトリアは、無意識なのか自分の腹部に手を当てる。

「……まさか」

俺は目を細めて、注意深く白い服の冒険者を見た。

頭からの流血を拭く若い男剣士、息を切らせた女剣士、服の破れた中年の男の剣士……。

僅かな隙間から見えたその腹部には、確かにあの焼き印があった。

「剣闘奴隷の、新しいお仕事。それが魔峡谷の魔物を相手にした時の肉盾とはね」

シビラの残酷な見解に、何か言葉を返せた者はいなかった。

……国が一つ違うだけで、ここまで環境が違うものなのか?

俺は見識を広めるために、世界の広さを識るために旅に出た。

だが、こういうものを見たかったわけではなかった。

とはいえ、これも現実なのだ。

知らずにいた、ヴィクトリアが過ごしてきた別の常識。

これが、帝国か。

「——ミイラが釣ったぞ!」

急に壁向こうから大きな声が上がり、何やら勢いがついたような雰囲気がこちらにも伝わってきた。

「ミイラ、って何だ?」

「ミイラというのは、乾燥させた死体のことだよ。とはいえ、多分その際に包帯巻きにすることを今は指しているんじゃないかと思う」

歩く図書館ことジャネットの解説が入り、エミーとイヴとマーデリンが「へー」と声を綺麗に重ねた。

「ちなみにどこの話だ」

「海を隔てて、南のニト=ジャンマルかどこかだったかな。もちろん見たことはないけど」

「さすが詳しいな……」

ま、俺も『へー』と言う側の人間である。

恐らく実際にその国を知っているであろうシビラが、信じられないものを見る目で驚いているあたり本当に凄いのだろう。

そんな会話をしていると、先ほどの召集とは違う音色をした鐘の音が鳴り、程なくして茶色い服の——帝国銀狼隊の紋章を肩に付けた——人がほぼ無傷で出てきた。

傷を負った者はポーションを飲み、談笑しながらバーを目指す。

それらに次いで白い服の冒険者が疲れを滲ませた表情で現れ、それぞれ別々の方へと移動する。

先ほどとは違い、バーの方面へ歩く者は殆どいない。

その、最後に——。

「……何だ、見世物をご所望なら闘技場にでも来な」

白い服を赤く滲ませた冒険者が現れた。

声からして女だが、背丈は俺と同じぐらいだろうか。

身の丈ほどもある長い剣を背中に背負い、腕や腹部には傷痕が残る。

何より、顔だ。

その顔面には包帯が巻かれており、片眼しか見えない。

赤黒い髪が雑に伸び、それが更に表情を覆い隠している。

「……治療は、要るか?」

言うつもりはなかったが思わず尋ねた俺に、鼻を鳴らして女は眉をひそめる。

「なんだい、教会の錢取りか? やれやれ、【神官】になるような性格のには分からないかもしれないが、治っちゃあたいの価値が下がるんだとよ」

何より、と続ける。

「生憎この傷は勲章でね。戦ってきた、あたいだけのモンだ。誰の持ち物でもないよ」

「……そうか、悪かったな」

「謝るぐらいなら話しかけんじゃないよ、生臭い」

それだけ言うと、女は濁った目をしたまま北の方へと歩いていった。

その後ろ姿を目で追った先には、夜の闇に紛れて尚黒く鋭い帝国城の輪郭が見える。

俺は溜息をひとつ吐き、隣の赤い瞳と同じタイミングで目を合わせた。

「ここはシビラが以前来た時もこうだったのか?」

「初日の第一イベントだけで判断してほしくはないけど、まー剣闘奴隷の目は昔からあんな感じね」

「気が滅入るな……」

俺達は、明日に備えて宿を目指した。

セントゴダートに比べて灯りの少ない夜道は、気をつけないと足を取られそうだった。