作品タイトル不明
酒場ですることといえば
シビラがよく分からん手品をした。
……それはいいとして。
「で、結局バーとカジノは何故行くんだ?」
いいようにはぐらかされた気がするので、問題の本質に足を踏み込む。
……こいつがこういう時に、伊達や酔狂で遊びに行くためだけに推してくるとは考えにくい。
本当に冗談なら、さらっと流して別の本題に入るはずだ。
「ラセルからの篤い信頼を感じる……以心伝心、これぞ一心同体、むしろ同一人物」
「それはマジで気持ち悪いな」
俺がシビラ……?
想像したら妙な気分になってきた、考えないようにしよう。
「ま、あんたの言ったとおり目的はあるわ。王国の酒飲みはそりゃもう上品なものよ。お店の人も止めるし」
「口ぶりからすると、帝国は違うのか?」
質問への回答は、ヴィクトリアへのアイコンタクトだった。
この中で最も帝国に詳しい者だろう。
「そうですねー、酔い潰れたりは当たり前で、吐いてたり道で寝てたり、何だったら死んじゃったりしますね」
「えええええーっ!?」
極端すぎる事例にエミーの声が上がるが、内心俺も同じような反応だ。
酒で、死ぬ?
そもそも楽しむために吞むのに、吐くのか?
「驚くことではないわよ~。度胸試しで未成年が吞んだり、競い合ったりするんです」
「金を払ってか?」
「はい。あとは死ぬまで無理矢理吞ませたりでしょうか」
「……殺人じゃないのか?」
「殺人だと思いますね」
迷い無く答えるということは、事実なのだろう。
何というか、王国民とはそもそもの種族から違うような気さえしてくるな……。
「ということは、その酒場に行けば」
「ええ。程々で終われない帝国民はお喋りよ~? 話してはいけないことも、たくさん話しちゃうの」
なるほど、いい話を聞けたな。
「特にアタシの色仕掛けがあれば、どんな機密情報もみんなべらべらと――」
この話は聞かなくていいな。
帝都の空は、茜色から宵闇の薄青い空へ。
俺達にとって初めての、帝都が始まる。
ちょうど夕食の時間でもあるため、シビラとヴィクトリアが相談して店を決めた。
それぞれのリクエストと目的に合致した店を選び、酒がメインだが料理も美味いという店に入る。
「なー君達、フリーだろ? 俺らと一緒に吞まない?」
「え、あの……?」
入って早々、顔を真っ赤にした若い男二人にマーデリンが絡まれた。完全に酔ってやがるな。
確かに彼女は上級天使というだけあって並大抵の美貌ではないし、目を惹かれるのも分かるが。
「おい、あんたら。こっちには先約があってな」
「……ん? 何だお前」
いかにも不機嫌な表情を隠さない男達が俺にメンチを切り、取り囲むように立ちはだかった。
一人は拳を構え、もう一人は指を鳴らす。
「どっちが先約だったかなあ!」
そんな俺達の様子に、周りの客も気づき始めた。
「おっ、奪い合いか?」
「やれー! こっちは暇してんだよ! 面白いモン見せろや!」
「俺はあの黒いのが負ける方に銀貨一枚賭けるぜ!」
ゲラゲラと見世物を見に来たように笑う連中に頭が痛くなる。
食事に来ただけで酔っ払いに絡まれるとは厄介だな……。
「あらあら、私もお話していいかしら」
どうしたものかと思っていると、割って入ってきたのがヴィクトリアだった。
「おおっ、お姉さんはそんなヤツより俺達と来たいよな?」
「肩の紋章」
紋章?
ヴィクトリアの言葉に続くように、俺達は全員その肩に注目する。
二人の上着には、全く同じ狼のようなマークがあった。
「帝国銀狼隊の方ですねー、お仕事お疲れ様です。とっても楽しそうですので、もしよろしければ一緒にお話ししませんか? 青髪の背の高い方、ご存じですよね」
穏やかに話す糸目の女性による、誘いの言葉。
男達は、一瞬で酔いが醒めたようで目に見えて狼狽えだした。
「は……ハハハ、いや、遠慮しておきますよ……」
「そうそう、俺らそういや人数一杯でしたわ……」
そそくさと自分の席に返っていく男達を、他の男達が頭を叩いて首を絞めた。
何が起こったかは薄ら分かるが……。
「……帝国では、こういうことが当たり前なのか?」
「頻繁にあるわね。若い子が夜に出歩いたりは絶対にしないわ」
「今のやり取りに出た男は?」
「当時の小隊長さんだったの。遠目に見ても、強いなって分かっちゃったから、きっと今はもうちょっと偉くなってると思って」
さらっと不確定情報でかまをかけたのか。
こういうことへの豪胆さ、最早さすがという他ないな。
今となっては、その穏やかそうな見た目も内面の攻撃性を隠すためとすら感じれるほどだ。
「とりあえず、さっきからこっちを見てる店員さんに注文しましょう。私、大ジョッキで」
「はいはいアタシも!」
ヴィクトリアに次いでシビラもということは、これは酒だな。
「なあヴィクトリア、俺達の分は何か丁度良さそうな物を見繕ってくれないか?」
「あっ、私も! お願いします!」
俺の提案にエミー達も続き、帝国出身の彼女は頷いて慣れた様子で注文を続けていった。
尚、隣から「アタシが代わりに注文してあげてもよかったのに」とか宣った年中泥酔女神は無視。
お前は不意打ちで強い酒を捻じ込んで来るのが目に見えてるんだよ。
僅かに待つと、すぐに巨大な陶器から泡が溢れる飲み物が現れた。
すげえサイズだな、本当に一人分か?
「それじゃ、久々の帝国入国を記念して、元住人のママさんの瞳に映るアタシに乾杯!」
いやヴィクトリアの目に映る自分の顔認識するの無理だろ。
と突っ込む間もなく二人は一気に巨大な飲み物を呷りだした。
一気に、吞んで……いやマジで滅茶苦茶吞むな!?
「っくゥ〜〜〜〜〜! やっぱりこれよね!」
「分かる分かる! アドリアの空気もいいけど、これはココだけ!」
「後はアレが来れば……おっ、来たきた!」
シビラの視線の先には、何やら揚げたものを大量に載せた皿、それにパンに肉の細切りを挟んだもの。
「あれは、メゼにケバブか」
「ジャネットは本で読んだことがあるのか?」
「もちろん。ヨーグルトソースにパセリを練り込んであるのも、帝国ならではのものだ。近い料理もあれば違う料理もある。どっちみち面白そうだね」
肉と野菜がぎっちりと詰め込まれた食べ物に、皆で興味津々かぶりつく。
まず届くのは、キャベツの千切りの食感。
続いて鼻に抜けるのは、独特のスパイスによる香り。それが冷たい酸味と不思議な混ざり方をする。
最後に肉の熱と旨味が口の中に広がる。
これは……美味いな!
「どんなもんかと思ったが、いいじゃないか。気に入った」
「これがビールと相性最高なのよねー!」
皆も味に満足しているのが伝わってくる。
特にエミーは、出てきた前菜を一通り食べた上で、既にキョフテという肉の塊を消化している。
その様子を微笑ましく思いながら、俺は店員に一言だけ付け加えた。
——注文した料理、全部二倍の量にしてくれ。
そんなわけで夕食を摂りつつも、本来の目的を忘れているわけではない。
「あーあ、男連れじゃねえイイ女いねーかなあ」
「そういや橙の髪色した剣士、知ってるか? すげー美女の冒険者」
「そんなヤツいたかあ? 夢でも見てたんじゃねーの? それよりよ、カジノでまた全額スッたヤツがいてな」
「マジかよ、ほんと使う馬鹿の気がしれねーわ。あれ何で全額使うヤツ再々出るんだろうな」
「自分だけは勝てるって思ってるんじゃね」
そんな世間話も否応がなく耳に入ってくる。
カジノ、か。
話を聞けば聞くほど、警戒心が上がっていく場所だ。
ふと、対面にいるイヴが隣の席に僅かに体を傾けた。
俺も注意深くそちらの声を聞く。
男達は、先ほど絡んできた連中だ。
既に先ほどより大分出来上がっているな。
「——あんまり大きな声では言うなって、誰が聞いてるかわかんねーだろ」
「構うもんかよぉ……あのままま……まきょーってやつ」
「魔峡谷だろ」
「どれでもいいけどよ……あんなんに駆り出されるなら銀狼隊とか入るんじゃなかったよぉ」
「聞いたよ。つうかまあ俺もだな」
何だ、随分と士気の低い兵士どもだな……。
続いて男達は半分眠りながらもぼそぼそと話し出す。
「……第一よお……先発隊の犬に任せりゃいいじゃん……。今までもダンジョンの間引き、全部任せてたんだからさあ……」
男達が会話する近くで、ヴィクトリアが勢い良くジョッキを傾ける。
あの量全部とは、かなり吞む人だったんだな。
ヴィクトリアはそのまま、テーブルに顔を伏せた。
派手に吞んで派手に寝る。意外な一面だ……。
「それでよお」
無論泥酔した母親とは関係なく、男達の会話は続く。
「最近も犬のとこの『ミイラ騎士』がいるだろ。全部やらせりゃいいんだよ」
「美女の話してる時にアレの話題を出すなよ……」
変な単語が次々出てくる。無論、この二人以外の会話も聞いているが、あまりめぼしい話題もないようだ。
魔峡谷が現れてから、決して短くはない。
話題の中心になるには時間が経ちすぎている。
エミーはそんな中で、ナスで挟んだ料理をもりもり食べている。
それも美味しいよな。
なんつーか周りの客がどうにもやや品がないという感じなので、エミーぐらい楽しんでいるヤツがいると気が楽になるな。
——この時までは、そう思っていたのだが。
「えっ?」
突如エミーが立ち上がり、店の外へと視線を向ける。
「おっ、どうしたお嬢ちゃん? 色男でもいたかい?」
「色男はこっちだぜー、なんてな」
そんな声をかけた男達だったが……何か甲高い音が聞こえた瞬間、エミーと同じように店の外を見て立ち上がった。
「召集だ! クソッ、こんな時に」
「水! あと決済!」
男達は配られた水を勢い良く飲み、最後に頭からばしゃりと被るとすぐに走り出した。
最後の一人がエミーを振り返り、「聞こえた? まさかな……」と呟いて走り出した。
「エミー、どうした?」
「さっきのカンカンとか鳴ってるの、一回目も聞こえたの。あと多分、壁にウルフ系のが登ってきてたよ」
なるほど、エミーの目や耳だと遠くの距離のものが見えたというわけか。
男達は兵士のようだし、召集がかかった時に酔っていたら大目玉だろうからな。
「私達も向かいましょう」
既に立ち上がって腰の剣を確認していたヴィクトリアの提案に、俺達一同は頷く。
決済を済ませ、慣れた様子で道を走る紫の長髪の後を追った。
——そういえば、ヴィクトリアはいつ起き上がったのだろうか?