作品タイトル不明
救われるということ
豊かな王都セントゴダートにも、親のいないヤツは少なくない。
元々アドリアの孤児院出身の俺達は、年長者の世話係も兼ねてここに住まわせてもらっている。
――王都は先月、大規模な魔物の襲撃に遭った。
現れるドラゴン、破壊される街壁。
その中でもこの孤児院は、特に甚大な被害を受けた。
全てが破壊され、跡形もなくなった皆の住まう場所。
悪夢の騒動後に、建物は一新された。今は清潔感がありつつも、シンプルな新孤児院が元気有り余るガキ共を守っている。
そんな一ヶ月の中で、最も縁があった存在がいる。
「本当に、もう行かなくちゃいけないの?」
黒髪の間から垣間見える金の瞳が、不安そうに俺を見つめている。
――ルナ。
孤児の中でも、特に個性の強い少女だ。
「ああ。元々ここまで長居するつもりはなかったからな」
「そう……なんだ」
ルナは、王都に来たばかりの俺達を、熱烈(?)に歓迎した。
『黄昏の暁に月光を受けて輝く、我こそは闇の女神の祝福を受けし漆黒の影の剣士、暗黒勇者! 貴様、良い色だな! 我が右目の奥が疼くぞ……!』
実に荒唐無稽で意味不明な初対面だった……。
ちなみにジャネットが一発でいろいろと訂正してくれたんだよな。
現在のパーティーの中で、ジャネットほど頼りになるヤツはいない。主に俺の心理的負担面で。
ただ、この強烈な個性故に皆の中で孤立するという状況に見舞われていた。
神官やシスター達も、太陽の女神に祈りを捧げないこの少女に対して対応に頭を悩ませていた。
だから思ったのだ。
こいつに寄り添えるのは、俺しかいないと。
それから紆余曲折あったが、俺が導き出した最後の答えは――俺自身が『影の英雄』として、【宵闇の魔卿】の力を皆の前で使うことであった。
誰に後ろ指を指されようと、もう隠れるつもりはない。
俺を信じてくれたこいつのために、俺は仮面を脱ぎ捨てた。
結果、闇魔法は王国民にとって周知の力となったのだ。
そんな俺との縁も深くなったルナとも、いつまでも一緒に過ごすわけではない。
「『 魔峡谷(まきょうこく) 』なんてものが現れたから対応していたが、それも落ち着いた。ギルドマスターのエマから情報を共有してもらってな」
隠すほどのものでもないと考え、行き先のみ伏せて予定を話す。
その内容に、消沈していたルナの表情がにわかに活力を戻す。
「ギルドマスターから直々に……! それに、ラセルはギルドマスターを呼び捨てにしているんだな!」
「ああ……まあ、しているな」
あれはどちらかというとエマが望んでいたし、何だったらエミーやジャネットですらエマに対しては軽く話しかけている。
とはいえ、訂正は必要ないだろう。何故なら――。
「フフ……やはり本物の影の英雄とは凄いものなのだな? なっ!」
闇魔法を使う俺の活躍を、ルナは誰よりも喜ぶ。
ならば、俺は。
「エマとは広場で共闘した話もしただろ? 何と言ってもお前の言う『影の英雄』だからな、これぐらいは普通だ」
普段より少し大げさに、自慢するような言い回しをする。
ルナはそんな俺の言動一つ一つに、俺以上に大げさに喜んでくれていた。
……本当に、俺のことを自分のことのように自慢に思ってくれるんだよな。
シビラ達もそんなルナの様子を微笑ましく見守っている。
「ルナは、そんな俺を見抜いた存在だ。だから離れていても、俺のことを一番の友人だと思ってくれ。俺もルナをそう思おう」
その言葉が、別れを伴うものと気付いたのだろう。
ルナは目を僅かに見開くと、ランプの光に瞳を揺らして俯く。
服の袖でぐじぐじと目元を拭うと、目元に平手をかざして不敵に笑った。
これは……最初に出会った時のポーズだ。
「フハハハハ、宵闇より出でし影の英雄を、皆も求めているのだな」
「ああ」
「漆黒の闇に助けを呼ぶ声が、我が禁断の瞳にもっ、届、く……」
「……そうだ」
調子を戻したはずの声が、抑えきれない感情の奔流に流されるように、ルナの金の瞳を濡らす。
「……届いた。届いたから、私、救われたの……。ラセル、だから……だから……」
思い出を噛みしめるように、その声が途切れ始めた。
何かを隠すように明るく振る舞っていた仮面の下から、本来の素直な口調が顔を出す。
ここからは、俺が繋ごう。
「ああ。『影の英雄』の助けが必要な声が、お前に届いているのなら。俺はそいつらを助けに行かなくちゃな」
「……っ! うん……!」
ルナは大きく頷くと、俺の服で涙を拭うように抱きついた。
優しい子だ。
理解も早く聡明で、気配りもできる。
思いをぶつけたいこの瞬間にも、大声を出して迷惑をかけないように気をつけているからな。
……本当はな。
きっと俺が一番、お前に救われていたんだよ。
髪が黒いからと奇異の目で見られ、幼馴染みからは不要と言われ。
聖者でありながら闇の力を手に入れたものの、公言することもできず。
――誰かの助けになりたかった。
自信を持って、俺の存在を世界に肯定させたかった。
最初は面食らったルナの突飛な発言だが、今思えば最初から俺を肯定してくれたものだ。
最後の背中を押してくれたのも、ルナの存在だ。
「どんなに孤立しても俺の存在を認めてくれた、お前が友人であることを俺は誇りに思うよ」
俺との日々を刻み込むように、ルナの腕がひときわ強く俺を抱いた。