作品タイトル不明
シビラの姉、『宵闇の女神』プリシラ
「本当に、シビラ? シビラなの?」
「それ以外に見える?」
シビラのあっけらかんとした様子に、女性は何故か意外なものでも見ているかのように驚いていた。
「……あまり同じには、見えないかも」
「えっひどっ!? 可愛い妹のことぐらい、何年経っても忘れないでしょ!?」
「そういうところが、見慣れないのだけれど……。ところで」
戸惑いつつも、女性は当然こちらに視線を向ける。
そりゃそうだよな、全く知らない顔なんだから。
「あーっと、そうだったわ。姉さん、この三人はシャーロットの紹介で来た人間よ」
「にん、げん……?」
シビラの紹介に対し、目を見開き口を大きく開けて驚愕の表情を隠さない女性に、内心少し笑ってしまう。
さっきの天使もそうだが、天界の存在にとって人間ってのはよっぽど珍しい存在みたいだな。
「当然こっちにも紹介しないとね。この人がアタシの姉、プリシラ」
そう紹介されると、プリシラはこちらまで歩み寄り頭を下げた。
「本当に、人間……。あっ、あの……初めまして、ようこそおいで下さいました。シビラがお世話になっております、『宵闇の女神』プリシラと申します」
丁寧な挨拶とともに、長い銀の髪がさらりと床近くまで垂れる。
身の丈はシビラと同じぐらい高めで、厚手の黒いローブを着込んでおり体型は見えない。
清楚というよりも、全身で夜を演出しているかのように静かな雰囲気を纏っている。
顔だけ見ると同じ人物だと分かるが、それ以外は正反対もいいところだな。
「ラセルだ。まずは頭を上げてくれ、シビラには随分と気易い対応をされているからな」
「えっ……本当なの? シビラ」
「いいじゃん別にぃ~」
むしろ想像していた『女神』というものに比べて、あまりに皆謙虚だと俺の方が驚くぐらいだが。
エマなんて、丁寧語すら拒否したぐらいだしな。
そういう意味で言ったら、人間に対して滅茶苦茶に馴れ馴れしいシビラだけが例外という不思議な結果になっている。
エミーとジャネットも自己紹介し、その度にプリシラは丁寧に頭を下げた。
急な来訪に驚いていたであろうプリシラも、言葉を交わしているうちに落ち着いたようで、部屋の奥へと案内してもらった。
プリシラの家は、王都をもう一段先進的にしつつ、徹底的に無駄を省いたような環境とでも言えばいいだろうか。
建物の中は暖かくも寒くもなく、壁や床、家具の全てに至るまで白一色で統一された部屋だった。
何の革なのか分からない真っ白のソファに座り、ガラスと金属で構成されたテーブルに飲み物がプリシラ自らの手で置かれる。
口をつけると、王都で飲んだものと同じ紅茶だった。
「それで、シビラ。私に用があったというのは……」
「ええ。ケイティと言っても分からないでしょうけど――その略称の元、言えば分かるわよね」
シビラの一言で、プリシラは一瞬考え込むようにガラスのテーブルへ視線を移し、すぐに瞠目して息を吞んだ。
「マーデリンからの言葉なのよ。姉さんは覚えてるかしら、キャシーとよく行ってた管理局の東にあるカフェの子。あの子がプリシラに会えって」
「どう、して……まさか!」
「そのまさかよ。一度キャシーのパーティーに入って、人の手で洗脳が解かれた」
シビラがその言葉と共に俺の方を向き、皆の視線が集まる。
「キュアのことか? 確かにマーデリンは洗脳というか、人格の上書きのようなものから解かれたが」
俺がそう言うと。
プリシラは突如として目を潤ませ、内から溢れ出る何かを堪えきれないように顔を伏せて嗚咽を漏らした。
急激な反応に俺達が驚いていると、シビラがこちら側の席から立ち上がり、対面のプリシラを慰めるように肩を抱いて顔を寄せた。
エミーやジャネットと何事かと顔を合わせつつも、落ち着くまで待つことにする。
プリシラへと優しげな表情で顔を向けるシビラは、いつも見ている雰囲気とは大幅に違う姿だ。
こうして見ると、どちらが姉なのか分からないな。
少し、冷静になる。
俺の言葉でここまで急激な変化があったということは、今の言葉がプリシラにとって大きな意味を持つのだろう。
シビラも、それを分かっていて俺に話を振ったと考えるのが自然だ。
プリシラは、幸いすぐに落ち着いた。
「……折角のお客様というのに、申し訳ありません」
「いや、構わない。恐らく俺のキュアの効果がそれだけ予想外のものだったんだろう。ああ、言い忘れたが俺は【聖者】だ。そこにいるあんたと違って宵闇感のかけらもないヤツによって【宵闇の魔卿】になっている」
「えっ、今は【聖者】ではないのですか?」
「いや両方あるんだよ。ジョブグラント、だったか? あれの後にも【聖者】が残った」
「まさか、人間の身で複数持ちが可能なんて……!」
プリシラの言葉に、俺は真っ先にエミーを見た。
「驚かれるようなことらしいぞ?」
「いやー、照れちゃいますねー」
頭をカリカリと掻きながら笑うエミーに、プリシラは更に驚いた。
「まさか、あなたも……?」
「はい、【宵闇の騎士】です。あと【聖騎士】ですです」
「……どうやって成り立たせているんですか? スキルは、相容れないはずです」
「えーっと、なんか引くぞーって思ったり、押すぞーって思ったりしながら……」
「天才ですか?」
エミーは感覚で動く部分があり、理屈で考えるのは苦手な部分がある。
細かく理詰めするより、ヒントを一つもらった後は自分で感覚を掴む方が身につくタイプというか。
最近になって思うんだが、実はエミーってこの辺りの説明不能な部分への理解は天才的なんじゃないだろうか。
当のエミーは、ジャネットに「天才だって!」と嬉しそうに自慢し、ジャネットは肯定的に頷いていた。
プリシラは次に、ジャネットの方を見ていた。
「……期待してもらったところ悪いですが、僕は【賢者】の一種のみです。普通ですよ」
「あら、多重無詠唱するのに?」
「多分僕以外もできると思いますし……」
シビラのツッコミに、今度は最近こいつは謙虚と卑屈を間違えてるんじゃないかと思うジャネットが答える。
以前から思っていたが、ジャネットは自分に対しての基準が厳しすぎる。ジャネット以外では基準ラインを誰も超えられないぞ。
シビラが呆れ気味に能力を説明し、ジャネットが実演してプリシラが驚く。
これが出来るヤツがそこら中にいてたまるか。
「シビラ、良い縁に恵まれたね」
「これもアタシの普段の行いがいいからよね!」
「……そう、ね。シビラが頑張ったお陰ね」
愁いを帯びた目で頷くが、いやそこは否定していいと思うぞ。
行いがいいヤツは昼間から酒を飲んだりしないし、何と言ってもこいつはすぐに調子に乗る。
きっと昔から、シビラはこの調子でこの姉を振り回してきたのだろうな……。
「さて、話を戻すが。プリシラは、何故マーデリンが会いに行くよう言ったのか思い当たるところはあるか?」
ハモンドの街で、ケイティの支配からマーデリンを救ったあの日。
その時から、ここを目的にしてきた。
俺の問いに、プリシラは――。
「あります」
明確に、言い切った。