作品タイトル不明
何が興味を惹くかは、案外分からないもの
口数も少なく、俺達はセントゴダート孤児院へと帰ってきた。
どこかもやもやとしたものを抱えながらも、悪態をついていたシビラは真っ先に機嫌を直してジャネットに声を掛けている。
随分と立ち直りの早いことだ。
「アタシも残って、ジャネットちゃんの練習を見ていた方が有意義だったかしら?」
全く、あのダンジョンを見た後だと本気でそう思ってしまうな。
「とりあえず、部屋で話を聞かせてもらっても?」
「ええ! もちろん情報は共有しておきたいし、それにラセルやエミーちゃんにも説明しておきたいことがあるからね」
シビラはこちらに振り返る。
俺は溜息一つ、エミーは苦笑い。
それからシビラが部屋の方にさっさと歩き始め、入れ換わりでジャネットが俺達の前に来た。
「おかえり、お疲れ」
「ああ、ただいま……とはいうものの」
「疲れてはないよねー……」
お疲れと言われることにすら、実感が湧かず微妙な気持ちになってしまうな。
「何やら事情がありそうだけど、その辺りも含めて聞かせてもらうよ」
「面白い話ではないぞ」
「そういう時ほど興味深い話だから、実に楽しみだ」
妙に含蓄のある言い方で小さく口角を緩めると、ジャネットはシビラを追って歩き出した。
……そういうものなのか?
俺はエミーと目を合わせて肩をすくめ、二人の後を追った。
「まずは、ジャネットちゃんにアタシたちの今日の出来事を説明すると——」
部屋の中に皆で集まり、シビラはダンジョンでの話を始めた。
上層、中層の入場チェック。
スライム、巨大スライム、毒スライム。
下層の入場禁止。
簡単に略せば、こうなるな。
「つまり俺達は、ずっとスライムを倒していただけだった」
「そちらはもういいとして、ダンジョンの設備の方が気になる。地図があるの?」
ジャネットはスライムの方を流して、ダンジョンの設備の方を聞いてきた。
まあ、スライムは流すよな。
「入場チェックはタグの提出義務があり、全ての位置を誰でも把握できるように徹底して地図と印がある。ハモンドにも欲しいところだ」
ハモンドにも簡易的な印ぐらいはあったが、その印まで辿り着くまでの道を覚える必要もある。
光る地図が全ての場所にある、というのはさすがにこれが初めてだ。
ジャネットは顎に手を当て、数度頷く。
「元々ギルドだけでなく女神教でも『命を大事に』ということを常に念頭に置いてダンジョンに潜ることを推奨していますね」
「そうね。生きて戻れることが何よりも大事だから、中層より下はよっぽど腕に自信がない限りはおすすめしていない」
「資金源は、冒険者ギルドの運営母体である王室でしょう。ある意味女神の教えに忠実で、この国を象徴するようです」
「……そうね」
ジャネットの話にシビラはすんなり頷くかと思いきや、少し言い淀んだな。
やっぱり太陽の女神とそんなに仲いいわけじゃないんじゃないかお前。
「んなわけないでしょ。アタシは世界に愛されている美少女なんだから、当然太陽の女神にも愛されてるわ」
「ここまで自信満々だと、逆に不安になるんだが……」
とはいえ、本気で仲違いしているとは思っていない。
そうでもなければ、会う約束を取り付けたりできるわけがないだろうし。
「セントゴダートで住む人にとっての楽しみは街の中にあり、ダンジョンの中にはない。それはこの街に住んでいると十分に分かる」
「そうよね」
「—— そ(・) う(・) な(・) っ(・) て(・) ほ(・) し(・) い(・) か(・) ら(・) 、この街はそうなっている。そういうことだな?」
俺の言葉にシビラは目を見開くと、目を閉じて長く息を吐き、頷いた。
「勘がいいわね。ええ、そうよ。ダンジョンにまつわる全てよりも、人々が作る街の全て。料理の数々、お洒落な服。そういったものを大切にしてもらえるよう、この街を人々の発展の起点にしてるの」
発展の起点、か。
この全てが新しい街で新たにできたものが、他の街へ向かう商人や生まれ故郷に戻る人の手で広まり、徐々に王国民全員の生活水準が引き上げられる。
その急先鋒を担うのが、この街なのだろう。
恐らく俺達が当たり前のように享受している日常にも、この街で始まったものが多々あったはずだ。
「衣食住揃えて、明日に不安なく生活ができる。それらを全てクリアした上で、更に上を目指すの」
「更に、上?」
「ええ。食を豊かにする数々のお酒、女の子なら誰もが憧れて止まない宝飾品、姿留めの魔道具以上に臨場感のある美術、感涙せずにはいられない歌劇、演劇、音楽……」
シビラは、ジャネットの持つハープに目を向ける。
ジャネットは軽く弦を弾き、その反応にシビラは目を細める。
「……心に余裕がなければ、娯楽を楽しむことができない。その娯楽を楽しむためには、ダンジョン探索に向いていない人でも活動できる体制を整えたり、親に捨てられた子供が明日の食料に不安にならないようにしなければいけないわ」
そうか、孤児院の運営費用も王国から捻出されているんだったな。
思えば俺達も、セントゴダートの王族には随分と世話になっているようなものだ。
ガキの頃は何とも思わなかったが、今の俺達を形作る 礎(いしずえ) があの城の中にあるのなら。
「一言、礼ぐらいは言っておきたいものだな」
「私も! それ言いたい!」
「僕も同感だけど、王族に孤児が直接礼なんて言えるはずもないだろうね」
ジャネットは小さく首を振ると、ハープの弦を続けて弾き始めた。
まあ、実際そのとおりだよな。
ただでさえ王族など全ての街の領主よりも偉い存在なのに、そもそも孤児の俺達が会えるようなものでもないだろう。
シビラは俺の方を——明確に俺だけを——見ると、驚いたように首を傾げた。
「あら、孤児院運営者にお礼とか言いたいの? 意外」
「お前は俺を何だと思ってるんだよ」
「アタシに惚れてるのを絶対言わないぐらいの朴念仁」
「惚れてない。どこからその自信が湧いてくるんだ」
「アタシに惚れてないとすると、男色家ぐらいしか有り得ないわよね」
「どこからその自信が湧いてくるんだ……」
なんだか締まらない感じになってしまったな……。
ま、孤児院の運営の礼は心の中に留めておくとしよう。
「ところで、ジャネットは今日一日何かあったか?」
「僕の話かい? 面白いことはないよ」
「なるほど、それは実に楽しみだ」
俺の返しにジャネットが一瞬言葉を失い、溜息をついて首を振った。
おお、ジャネットに軽口を返しきったぞ。初めてじゃないか?
「……やれやれ、仕方ない」
それからジャネットは、自分がずっと楽器の練習をしていたことを話した。
珍しい物のため悪ガキ共が集まったが、ジャネットが『ハープはシビラの贈り物』ということを話したら子供達が触れないように一歩引いた。
その話を聞いて、シビラは実に嬉しそうに「ん〜〜〜!」と声にならない声を上げ、自分の身体を抱いてくねくねと妙な動きをしていた。
はいはい、良かったな。
「後は、僕の演奏を聴いたマーカスさんが、僕の伴奏で歌ったぐらいか」
超特大の面白い話じゃねーか。
「マーカスって、あのガキ共みんな苦手そうにしていた厳しそうな男で合ってるか?」
「合ってる。元少年合唱団のようで、ハモンドの吟遊詩人より歌が上手かった」
マジかよおい、人の過去や能力って分からないもんだな。
「歌っていたのは……ああ、そういえば酒場で情報収集していたのは僕だったから知らないかもしれないね」
そう言いながら、ハープの弦を弾く。
ゆっくりと鼻歌でメインの歌部分を再現しながら、両手の指を計三本使って同時に鳴らした。
ほんの数秒ほどだが、聞きやすい音楽だったように思う。
「…………いやいや、マジで?」
「何だシビラ」
「何って、今のは『語り弾き』という歌と演奏を別々に行う高度な演奏で、慣れが必要なものなのよ。その上で同時に弦を弾く『和音』まで習得してる」
「今ひとつ凄さが分からないが、そんなに難しい技術なのか」
シビラは、ジャネットの持つハープの弦を「ええと、確か……」と言いながらいくつか同時に弾いた。
何度も同時に音を鳴らしたが——正直言おう。
一つ残らず、聞くに堪えない変な音だった。
「ま、聞いての通りわざと不協……つまり汚い音を鳴らしたんだけど、和音って間違えるとこうなりやすいわ。曲を知らなくても『ああ間違えたな』って誰でも分かるぐらいに」
なるほど、ようやく言っている意味が分かった。
今のジャネットは、一度でも間違えると俺達に下手と分かる演奏をやってのけて、それを完璧にやってみせたと。
……本格的にダンジョン探索が落ち着いたら演奏家にでもなれそうだな?
「簡単な曲の、単純な伴奏でしたから。旋律を奏でるまでにはなっていませんし、最終的に和音の伴奏に旋律を合わせたいところです」
「もう極める気満々なの、頼もしすぎて笑うんだけど」
頷くしかない。
ある意味こいつにとっての本と同じなのだろう、やり始めたらとことん突き詰めてしまうというのがジャネットらしさというか。
「値段分は使わないと、勿体ないからね。それに、女神様からのプレゼントだし」
その言葉にシビラは驚き、満面の笑みでこちらを振り返る。
「この子アタシがもらってもいい!?」
「ダメに決まってんだろーが」
「やぁんラセルは将来ジャネットちゃん狙いね?」
「えっそうなのラセル!?」
シビラの変な振りに、エミーが妙な乗っかり方をした。
いや乗っかるな、じゃなくてシビラは分かってて振るな。
ああもう、話がまとまらなくなってきたぞ……。
「……ラセル、このパーティーはツッコミ不在なのか?」
「ツッコミ不在だ」
「君も大変だね……」
最後にジャネットから実に心に来る同情をもらって、ここで話はお開きとなった。
部屋に来た子供がシビラを呼んで、あいつがそれはもう嬉しそうに飛んで行っての自然解散みたいな形だが。
全く、うちの女神様は実に自由奔放なことだ。
まあ、ダンジョンが退屈だったことへの薄暗い気分も、話せば少しはマシになったか。
他のダンジョンも、完全なガイドの安全な場所なのだろう。危険も経験値も大きい下層は、封鎖されていると考えるのが自然だ。
街は面白いが……闇魔法の先を見たい俺にとっては、ある意味どこよりも退屈な街かもしれないな。
——そんな考えが、まさか翌日に覆ることになるとは思っていなかった。
シビラは、朝一番に孤児院へと来た女性へと、確認の言葉を聞く。
「……間違いないのね」
「はい、全ての第一層で先発隊が魔物を確認したとの報告です。セントゴダートの街壁の外に——
——第七、第八、第九ダンジョンが同時出現しました」