軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

初めて見るが、知っている女。名前を知られているということ

——『何か』いる。

シビラは確かに、そう言った。 誰(・) か(・) ではなく。

先程まで仲良さそうに男と会話していた内容から察するに、部屋を見に来ている美女と、多少の宿泊客がいる程度のものだろう。

入口はここ一つ。一体、何がいるというのか。

シビラが一歩下がる。建物の入口が見えなくなるほど、奥へと隠れる形だ。

「……声を出さないで」

無声音でシビラが囁く。

俺が黙って頷くと、シビラは建物の門の辺りをじっと見た。

街の喧騒は遠く、風に街路樹が揺られて枯れ葉が落ちる音がやけに大きく聞こえる。

まずは、靴音。すぐにその音が聞こえなくなり、何事かと目を向けようとする。が、隣のシビラが首を横に振る。

それから数秒後……枯れ葉を踏みしめる音が聞こえてきた。ああ、一旦立ち止まったから音がしなくなったんだな。

シビラが隠れた場所からは、宿の門だけが見える。

やがて、その後頭部が見えた。白いフード付きのローブの後ろ姿。風が吹き、その女性のフードが取れて髪が大きく揺れる。緑色の長い髪だ。

その瞬間、シビラは更に建物に背中から張り付くように、身を潜ませた。

俺もそれに倣って、女が見えない位置まで隠れる。

「……」

シビラがこちらを見ながら、黙って満足そうに頷く。

それからしばらくの間待っていると、シビラは淡々と歩き出して宿に戻った。

「戻ったわよ」

「お帰りなさいませ。いやぁ、入れ違いでしたね。件の人はやっぱり借りずに出たようです」

「次からは、お金を払う気がないのならお断りってはっきり言った方がいいわよ。なんといっても、この世界一の美少女シビラちゃんが泊まるんだもの! 泊まりもしない女なんて二級品以下よね!」

その世界一を自称できる自信がどこから湧くのか、本当に不思議で仕方がない。

呆れる俺を余所に、受付の男から「ははっ、他の客ならまだしもお客さんなら違いないですね!」などと言われて益々調子という台座の上で踊る残念女神。

勝ち気な笑顔で鍵を受け取ると、部屋へと歩き出した。

「お兄さんも、あんな綺麗な人がいるなんて隅に置けませんね」

「一緒に過ごすと本気で体力っつーか気力が持たないぞ……」

やれやれ、余所から見てたら面白いのかもしれないが、巻き込まれる当事者の気持ちにもなってほしいものだ。

シビラが取った部屋は、以前俺が泊まっていた部屋とは違う階の、宿入り口からも離れた場所。

彼女に次いで部屋に入ると、部屋の中はほぼ同じような作りになっていた。

「ベッドは二つ、机は一つ、魔具のランプ一つに調度品はなし。いい部屋じゃない」

「ああ、最低限のもののみで使いやすくできている。部屋が狭く全体的に少し古いことと、ランプの交換が自費であることを除けば、不便はない」

俺はここでヴィンスとの二人部屋、エミーとジャネットの二人部屋の二つを借りて拠点としていた。

宿泊費を稼ぐには安い宿ということで選んだが、変更するほど不便には感じなかったため、貯金も兼ねてここで過ごしていた。

少ない荷物を置いた後、シビラはジャケットを脱いでカーテンを閉めた。

上着を脱ぐにしては少し肌寒いと感じていたが、すぐに部屋が温かくなった。これはシビラが魔法を無詠唱で使っているんだな。

俺は剣を立て掛けて、自分もローブを脱いでハンガーに掛ける。

荷物も少ないのでやることはこれぐらいだ。ベッドに腰を下ろして、同じように正面のベッド斜め向かいに座ったシビラを見る。

「さて、そろそろさっきの女について話してもらってもいいか?」

「そうね。と言っても、ラセルも気付いているんじゃない?」

「まあな」

シビラが警戒した女。わざわざ俺の部屋に来ていた謎の美女。

髪の色は緑のロングで、フード姿。全く聞いたことのない容姿だ。

だが、それ故にあれが誰なのか見当がつく。

「ケイティの、三人目の仲間か」

「ええ、アタシもそう思うわ」

やはり、そうか。

以前ハモンドに住んでいたときに、あのような容姿の女はいなかった。偶然出会わなかっただけかもしれないが……いや、偶然はそう何度も重ならないだろう。

知り合い同士のケイティとアリアが、偶然誰にも見つからなかったように。

偶然にも見たことのない美人が、偶然にも俺のいた部屋を何度も調べているなど有り得るだろうか。

「まさか、ラセルのいた部屋を再々見に来ているなんてね。一体何を調べてるかは分からないけど、でも分かったことが一つだけあるわ」

「何だ?」

シビラは溜息をついて、俺の方を見た。

「あんた完全に狙われてるわね」

「……そのようだな」

一体何が目的なのかは分からないが、俺の部屋に来ていた理由は間違いなく、俺に関わる何かを探していたということだろう。

特にケイティは、何故か俺の名前を知っている。

ジャネットの話が正しければ、記憶を奪ってでも、エミーの幼馴染みの名前を求めたということだ。

尋常ではない執着心だろう。普通の相手だとは思わない方がいい。

「そういえば、気になるんだが」

「何かしら」

「宿に身を潜ませたときに『誰かいる』ではなく『何かいる』と言った理由は何だ?」

それは、シビラの発言の中で一番気になったこと。

当の本人は、俺の質問に対して……腕を組んで頭を捻った。

「動物かそれとも何か、別の何かがいたよーな気がするんだけど、今は別に何も感じないのよね。屋根のハトでも索敵魔法にかかったかしら?」

「何だそれ……」

緊張していた身体から一気に力が抜けた。屋根のハトに警戒して逃げ出す女神がどこにいるんだ。ここにいるし、シビラならそれぐらい間抜けでもおかしくないな。

「なによー、頭脳明晰のアタシだって失敗ぐらいするわよ」

「そうだな、ぽんこつの女神だから失敗ぐらい普通だよな」

「……そんなに失敗してないと思うわよ〜」

軽口を返しても、少し気が抜けたのか返しにいつものキレがない。

テンションが高いのも困りものだが、低いと低いで調子が狂うぞ。

女神というより機嫌の乱高下する飼い猫ってところか? 実際そっちの方が近いような気もするな。

やれやれ、仕方ない。

そろそろ腹も減ってきたし、美味そうな店でも見繕ってみるとするか。