軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【小説⑤コミックス③同時発売記念SS】ピアのアカデミー慰労会(後)

「ガイ博士はあっちに行かないでいいんですか?」

そう言ってステージのほうを見ると、そこはすっかりスターのディナーショー状態になっていた。偉い先生たちが目を少年のように煌めかせ、両手をぐっと祈るように組んで、ローズを見上げている。

「いやいや、さすがに世代が違うよ。ステキなご婦人だとは思うけど、あの熱狂の中に入っていく度胸はないかな……では我が恩師ガゼッタ博士、お注ぎします」

「あら、ありがとう。でもこれで論文の点数が甘くなったりしないわよ」

「わかっております。相談に乗っていただけるだけで感謝しているのです」

そうだ、お二人の研究内容は近い。きっとガゼッタ夫妻がガイ博士の指導教官なのだろう。

「ガイ博士いいな〜。研究内容を相談できる、信頼できる先生がそばにいて」

オリビア先輩に激しく同意し、うんうんと頷く。私たちは完全に研究内容が他の先生たちから独立しているのだ。競争相手がいないことは恵まれていると取られるが……やはり心細いのも事実。

「あらあら。二人の研究の中身には力になれないけれど、研究の環境なんかの相談ならいつでもしてちょうだい。あら、このワインおいしい。まあ、この店がまずいお酒を置くわけがないけれど、ハンサムに注いでもらうお酒は格別だわ。さあ、オリビアもピア博士も注いでもらいなさい」

「そうよ、こんな美味しい食事は一年に一度、いっぱい食べて飲まなきゃ! ガイ博士、私も注いで? ……ありがとう。うわ、炭酸入っててとっても美味しい。さあ、ピアちゃん博士も!」

「え、えっと……」

そんなに美味しいなら是非飲んでみたい!

でも……ルーファス様の「外出先でお酒を飲むのは禁止!」という言葉が脳裏をよぎる。

「ピア博士……ひょっとして宰相補佐から止められてる? な、ならば無理しないほうがいい。私がノンアルコールのものを頼もうか?」

ガイ博士が気の毒そうに苦笑した。

すると、テーブルがドンっと叩かれた!

「はあ? 止められてる? 女研究者だからって舐めてんじゃないわよ」

「が、ガゼッタ博士?」

博士の目がすわっている。

「いーい、ピア博士。我々は国で最も知性のあると言われる集団。私たちは同志よ! 皆がライバルではあるけれど、嵌めようと思ってる不届きものなど、我がアージュベールアカデミーにはいないはず!」

「も、もちろんです!」

「この、一番理解者だらけで安全な場で、自分を解放出来なくてどうするのっ! さあ、ピア博士、あなたは本当は飲みたいの? 飲みたくないの? どっち?」

「の……飲んでみたい、です!」

ガゼッタ博士の勢いにつられ、つい願望を口にした。すると博士はニンマリ笑った。

「じゃあ飲みなさい。ガイ博士、注いであげて」

ガイ博士が頰を引き攣らせた。

「ピア博士、だ、大丈夫? ガゼッタ博士は宰相補佐の恐ろしさを知らないから……」

「た、多分、ちょっぴりなら。私もほら、ずいぶん大人になりましたし」

私が腕に力瘤を作って見せると、ガイ博士は額に手を当てて、はあ……とため息をついた。

「女性陣は宰相補佐をわかってないから……もう知らないからね……きっとどこかにいるスタンの護衛の誰か? 私は止めたときっちり伝えてよ……?」

ガイ博士は私のフルートグラスに、半分ほど、いわゆるスパークリングワインを注いでくれた。

久々のお酒……ドキドキしながらグラスに口をつける。

「うわ……あ。葡萄のフレッシュな香りがたまらない! 味も軽やかで美味しい!」

アルコールなど入ってないような、軽やかな酸味と甘味が、スルスルと喉奥に消える。

そこへ、低い、成熟した女性の声がした。

「かわいいお嬢様方、楽しんでくださってる?」

なんと、私たちの小さなテーブルに女神ローズが降臨した!

ガゼッタ博士はにこやかに自分のグラスをかかげた。

「ええ、女将。お陰でのんびり女子会させてもらってるわ」

「それはよかった。男性の皆様は私が引きつけておきますので、気兼ねなく歓談されてくださいませ。ああそうだ、これは女性のお客様にだけ、今夜のお土産ね」

ローズはそう言うと、女性メンバー三人年の順に、小さなバラのブーケを差し出した。

私のブーケは、見たこともない薄紫の小さなバラの蕾でできていた。花束は毎朝ルーファス様がくれるけれど……もちろん嬉しい。

「とっても可憐……頑張ってお世話すれば一週間くらい保つかしら。満開になったところが見たい……どんな香りだろ……ローズ様、ありがとうございます!」

私はバラをそっと抱きしめて頭を下げた。

「まあ……スタン侯爵家の秘宝と噂はかねがね聞いておりましたが……これは納得だわ」

ローズ様はそう言うと身をかがめ、私の頰にキスをした。ローズファンクラブの男性陣がざわめく。ふふふ、同性の特権です! それにしても、

「身を寄せればほんのりバラの香り……ローズ様は薔薇の女神様なの?」

私はもう一度、ローズの美しいご尊顔を不躾に眺めながら、ゴクリとワインを飲んだ。

「綺麗。いい匂い。美味しい。三拍子揃ってるわ。女神もいるし、ローズガーデン天国かも……ガイ博士、おかわり!」

するとローズは目尻を下げて微笑み、

「素直な褒め言葉、ありがたくちょうだいしますわ。ねえピア博士、ご主人抜きでの会合のときは、必ずこの『ローズガーデン』を使うのですよ。ここでは私の目を盗んであなたを悪意に晒す輩など、一人たりとも出入りさせませんので」

これは……私が一見さんじゃなくなった! ここに出入りする資格が与えられたってことだよね!?

「やったー! 私なんかにお優しくしてくれて、ありがとう! ローズ様!」

ガゼッタ博士とオリビア先輩は良かったね〜と乾杯してくれたけれど、なぜかガイ博士だけ顔がみるみる青くなっていく。

「ガイ博士? 酔った? 今度は私が注いで差し上げますね。で、私も手酌で……えへへ、美味しいな〜あ、お魚も食べなきゃ!」

「酔ってるのはピア博士だよ〜!」

「あらあら……この調子じゃ覚えてないかも……詳しくはご夫君へお手紙差し上げますからね」

「はーい!」

楽しい夜は飛ぶように時間が過ぎていった。

◇◇◇

「ただいま〜!」

私は書斎のソファーで読書していたルーファス様に、元気よく声をかけた。

「おかえりって、ピア……飲んでるの?」

「はい。ローズ様とカトリーナ様が飲むべし飲むべしと!」

「カトリーナ?」

「あ、ガゼッタ博士がこれからは名前で呼んでねって! きゃっ!」

私はあっという間にルーファス様にかつきあげられた。

「ルーファス様、私歩けます!」

「十分ちどり足だよ。じっとしてろ!」

そう言われてしょうがなくルーファス様の首にしがみつくと、危なげなく二階の私たちの部屋にたどり着き、ソファーに下ろされた。

ルーファス様も隣に座りながらため息をつく。

「……はあ。百戦錬磨のローズと男社会の研究畑で一人生き抜いてきたガゼッタ夫人に飲めと言われて、ピアがあらがうわけがないか……楽しかった?」

「はい。見たことのない見事なバラが見渡す限り咲きほこり、お料理もお酒も大変美味しかったです。みんなで色々研究の悩みを相談したりされたり……」

「ピアが相談されるの? 化石のことしか頭にないピアに? 何を聞かれたの?」

ルーファス様が意外そうな声を出す。失礼だなあ。

「オリビア先輩が、お付き合いしてる人がいるけど、研究に支障があるだろうから結婚に踏み切れない、カトリーナ様とピアはどうしてるのって?」

ルーファス様は右の眉毛をピクッと上げて、興味を示した。

「で、なんと答えた?」

「カトリーナ様はお互いのスケジュールを照らし合わせ、交代で融通しあえば大丈夫よって。私は……ルーファス様は私の研究に理解があるから、独身の頃と変わらず研究できますってお返事しました」

「へーえ」

「カトリーナ様がおっしゃるように、侯爵家としてのイベントをきちんと押さえておけば、研究に口出しされることなんてない……ああでも、夢中になりすぎて、体調を崩しそうになると怒られますって」

「ふふっ、そうだな」

「あとね、あとね。研究に成果が出なかったり、不甲斐ない論文で、学長や上の先生たちに厳しい指摘を受けて凹んでも、うちに帰れば大好きな人がいて、さっきみたいに『おかえり』って言ってくれて、『今日もお疲れ様』って労ってくれますよって。そしたら気分が切り替わるの」

「……そう……か」

「ルーファス様は私の論文全部読んでくれて、わからないところは都度聞いてくれて理解しようとしてくれて、発掘や作画の道具の在庫も気にかけてくれて、そういうぜーんぶにありがとうって言いたいときに、すぐ隣にいてくれる。だから、大好きな人と結婚するのは、絶対プラスですよって教えてあげました」

「……みんなはなんて?」

ルーファス様はなぜか両手で顔を覆っていた。

「それがねえ、まだお食事の途中だったのに、ご馳走様って言われたの。変なの」

「おいで、ピア」

私はルーファス様に抱えられ、彼の膝に着地した。

「つまりピアは、結婚して幸せってこと?」

ルーファス様に殊更甘い声で問われる。何を今さら。

「もっちろんです! 大好きな人の奥さんになれるなんて……本当に夢みたい。思って思われて結婚なんて……こんなの奇跡だもの」

前世を思えば……ありえない。時折幸福すぎて怖くなる。

「……このかわいい酔っ払いは、どうしてくれようか」

「え?」

大きな手のひらで、頭の後ろをぐっと固定されて、唐突に力強いキスを受けた。鼻の触れ合う距離で囁き合う。

「ルーファス……さま……」

「ピア、白ワインの味がする」

「ルーファス様はねえ、いつもの……柑橘の香り……」

うちに帰ると毎日ルーファス様がいる。ルーファス様の腕の中に入ると、すぐに安心しちゃう。キスされると脳の芯までぼうっとしてしまって……力が抜け……でも大丈夫……。

「だって、ルーファス様が一緒だもん……」

「おいっ! ピア! ここで寝るのか! おいっ!」

ルーファス様が何か慌てた声を出してる。明日は休みだから心配しないで。

「ああっ! もうっ! だからピアを飲ませるのは嫌なんだ! 日頃控えてる心のうちを優しい言葉で私に晒し、私を煽るだけ煽ってあっという間に熟睡〜〜!」

ルーファスの声が闇夜にこだましたが、既に夢の世界の住人となった私には届かなかった。

◇◇◇

「あーよく寝た! おはようございますルーファス様!」

いつになくスッキリと目が覚めた私は、ベッドを降りて、ソファーでお茶を片手に書類を眺めているルーファス様にいそいそと歩みよった。

「おはようピア、昨夜のこと、覚えてる?」

「え? ルーファス様にただいまって言ったあと……私寝てしまいましたか? ちょっぴりお酒飲んだから……でもいいお酒は残らないって本当ですね。絶好調です。ひょっとしてここまで運ばせました? 寝間着への着替えもサラじゃなくてルーファス様が? 大変ご迷惑をおかけしました」

「ピア、体調いいんだね? スッキリしてるんだね?」

「はい!」

「じゃあ今日は、私とここで仲良く過ごそうか?」

「え? お互い休みで体調スッキリなのに出かけるのではなくて? え? んんっ?」

おはようのキスの割に、熱烈すぎる……と思っていたら、サクッと両方の脇の下をつかまれ持ち上げられて、私はベッドに舞い戻った。

「あれ?」

その日、私は部屋から一歩も出られなかった。