軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【小説⑤コミックス③同時発売記念SS】ピアのアカデミー慰労会(中)

通された部屋は思ったよりも狭い……広めの会議室と同じくらいの広さだった。

しかし、壁紙や調度品全てが贅を凝らしたものだと、その方面に疎い私にも一目でわかった。

そして奥一面のガラスの向こうの庭には……大小色とりどりのバラが咲き誇っていた。

これが『ローズガーデン』のローズか……と目を瞠らせて感心していると、

「ピアちゃーん!」

聞きなれた声で呼びかけられた。振り向けば思ったとおり、愛嬌あるビア樽体型のおじいちゃんがいた。

「グリー教授! いらしていたのですね!」

建築学の権威で、ラグナ会長に次ぐ国の学術分野序列二位の大先輩に、ニコニコとハグされた。

グリー教授のお住まいは、ここ王都からかなり離れた山奥だ。街道はまだ雪が残っているだろうし、本日参加されるかは五分五分だと思っていた。

「あれ? でもちょっと痩せましたか?」

いつもとハグされた感触……弾力が違う。そしてお気に入りのブランデーの香りもしない。

「まあ、久々の『ローズガーデン』だしな……ちょっと、食生活を摂生したんだよ」

「体が引き締まって、その素敵なお衣装がますます映えますねえ」

そう、グリー教授も今日は見るからに新品のタキシードに身を包んでいる。

「そ、そうか? ピアちゃんにそういってもらえると、自信がつくぞ」

どうやらグリー教授も今日の慰労会を相当な意気込みで臨んでいるようだ。

やがて定刻になり先ほどの支配人直々の開会の挨拶のあと、プログラムどおり学長は一番前に歩みスピーチをした。

「皆、ここ数年の特にご苦労であった。今日はとことん楽しむが良い。アカデミーのメンバーは同志。あるのは先輩と後輩のみ。いつもどおり爵位など気にせず好きなだけ己の研究を語り無礼講でいこうぞ。では乾杯!」

「カンパーイ!」

私は痩せてもなお大きなグリー教授の陰で、グラスを高くあげ、拍手した。

学長が下がると、再び支配人が深々とお辞儀した。

「栄えあるアカデミーの先生方、改めまして本日は『ローズガーデン』をご利用いただきありがとうございます。一言手前どもの女将からご挨拶をさせてくださいませ」

「来たっ!! ぴ、ピアちゃん! じゃあ勝手に楽しみなさい! じゃ!」

グリー教授は私にサッと片手を上げて、正面に小走りして向かっていった。よく見ると、中年以降の多くの男性が、教授と同じように我先にと前に駆けていく。

何事だろう? と、前方に集まった男性の先生方の様子を背伸びしながら見守っていると、急に照明が消え、舞台袖にスポットライトが当たった。

すると美しいピアノの旋律とともに、艶やかな、年齢不詳のご婦人が現れた。銀のドレスが眩い。胸には深紅の大輪のバラ。

「……皆様、本日はローズガーデンにお越しくださりありがとう……ローズ、嬉しいわ……素敵な夜に、しましょうね。では、古い歌でちょっと恥ずかしいけれど……聞いてください。『愛のともしび』」

低く少しハスキーがかった大人の女性のセクシーな声。

この方がここローズガーデンの女将ってこと? っと思っていたら、彼女はすうっと息を吸い込み、ミュージカル歌手のように、大声量で歌いはじめた!

「ラララ〜私の愛は〜あなたのもの〜♪ この命〜尽きようとも〜〜!」

「「「「「ローズー!」」」」」

「「「「「ローズさまー!」」」」」

前列を陣取る学長をはじめとする先生方が熱狂的にコールする!!

「ど、どういうことなの……」

あまりの唐突な熱気に当てられて、思わず後ずさると、トンと、どなたかにぶつかった。

「あら、ピア博士は初めてだったかしら。アカデミーのこういった集まり?」

「ガゼッタ博士! お久しぶりです」

ご夫婦で数学、物理学のトップに立つ奥様のほう、学術序列第四位のカトリーナ・ガゼッタ博士だった。今日は数学者らしい? 白黒の幾何学模様のドレスを身に纏っていらっしゃる。

「うちのビルも御多分に洩れず、この慰労会のためにどうしてもって言って、二人で領地から雪をかきわけかきわけはるばるやってきたのよ?」

「えぇ?」

そう言われて前方に目を凝らすと、学長と同じく最前列に博士のご主人、学術序列第三位ビル・ガゼッタ教授は陣取り、ハンカチを頭上でぐるぐる回していた。普段の厳格なイメージとあまりに違っていて呆気にとられる。

「日頃真面目な先生たちがこう熱狂するシーンって、貴重よねえ」

「あ、オリビア先輩!」

オリビア先輩はアカデミー研究棟に現在在籍する、女性で一番歳の近い25歳の昆虫学の先輩だ。本日はグレーの地に白い蝶の刺繍があちこちに飛んでいるワンピース姿でとてもお似合いだ。

先輩は博士号は焦っておらず、研究のキリのいいところで論文は出すとおっしゃっている。生き物を扱っていると、私にわからない苦労がありそうだ。

ざっと見渡すが本日の女性参加者はこの三人のようだ。

「あの、この熱狂状態ってどういうことですか?」

「ローズはね、私たちより上の世代の、往年の大スターなのよ。まだ人気絶頂の時に惜しまれつつ引退して、この店を開店して、大繁盛させて、今ではアージュベールの最高ランクのお店ね。大した商売人だわ。で、今日のような上客が来ると、顔を出して一曲サービスして、固定客の心をますます鷲掴みってわけ」

「へー!」

前方の先生方のハートになった目を見ながら頷く。

「まあでも、私たちみたいな若手にとってはありがたいことなのよ」

「オリビア先輩、どうしてですか?」

「ローズが偉い先生たちの相手を一手に引き受けてくれるから、私たちが先生たちのグラスが空になってないかとか、心配しないでいいの」

なーるほど。たしかに本来ならば、私やオリビア先輩は、大先生たちのお世話で走り回り、料理をつまむ暇などなかっただろう。

「そういうこと。えーっと、あった! 隅に小さなテーブル席が設けてあるでしょう? あそこが我ら女性陣のテーブルみたいね。ほら、すでにデザートがいっぱいテーブルにセットされてるわ。一流のお店はね、女の敵を作らないものなの」

「勉強になります!」

私たちは尊敬するガゼッタ博士を真ん中にして、ご馳走の載っているテーブルに向かい、腰を落ち着けた。

「さあ、じゃあ、こっちはこっちで楽しみましょう! 今年の卒業生たちに輝かしい未来あれ。そして一年間お疲れさま。いただきまーす」

「「いただきまーす!」」

私たちは、目の前の美しい料理の数々を全制覇できるように、少しずつ取り分けて楽しんだ。

「うーん。クリーミー! ねえねえ、ピア博士、今更だけどスタン侯爵家の人に、こんなフランクに話しちゃっていいの?」

「いいに決まってます! 先ほど学長もおっしゃったじゃないですか! アカデミーに爵位は関係ないと」

「でもさ、やっぱりそれは建前でしょ?」

「私に限ってはOKですから。そんな距離を取ろうとしないでください」

「いいじゃないのオリビア。シェリーが留学してすっかり数が少なくなった女研究者、団結しなくちゃ。引け目を感じるならとっととあなたも論文出して、身分を手に入れなさい」

ガゼッタ夫婦は歴史あるガゼッタ伯爵家の当代伯爵と伯爵夫人であるが、夫人は単独で男爵を叙爵されているのだ。ご自身の学問で上げた功績によって。

「はーい。がんばりまーす!」

オリビア先輩は苦笑しながら手を上げた。

「すいません、私もこちらのテーブルに混ぜてもらってもいいですか」

「「「ガイ博士!」」」

振り向くと、黒のタキシードを完璧に着こなしたガイ博士がいた。今年度博士になったことを、他の皆様と一緒にこの後表彰、紹介されるはずだけれど……そんなタイミング、来るのだろうか?

ちょうど元婚約者であるシェリー先生の話が出たところだったので、若干気まずい思いをしながらも、皆でガイ博士を迎え入れる。ウエイターが椅子を運んでくれ、ガイ博士はスマートにお礼を言って座った。