軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【3巻発売記念SS】研究室の午後(後)

「ふーん。マイクが『急用だからサラと共に明日まで休む』と言い出したのはそういうことね」

「あれ? だからサラじゃなくてメアリが就寝の挨拶に来てくれたのですか?」

「おそらくサラは今頃、マイクにマイクの婚約者という自分の立場をよーく思い知らされているよ」

「え……大丈夫でしょうか?」

今日のサラに、非は全くないはずなのだが……。

「何度も言うけれど、マイクもサラも、我々よりも大人だから。ほっといていい」

ルーファス様がうーんと背伸びをして、書き物を終わらせた。

「でも、サラがアカデミーでガイ先生ほどの高位貴族の記憶に残る成績だったなんて、知りませんでした」

出しっぱなしだった本を棚に戻して、私もゆったりとソファーに腰掛けた。

「……悪く思わないで欲しいんだけど、私はサラのことはひと通り調べている」

サラは既にスタン家の使用人で、スタン侯爵家の中枢である領地の本邸の中も自由に動き回ることができる、選りすぐりの存在だ。当然だろうしサラも了解済みだろうと思い、小さく頷く。

「サラのアカデミーの成績は多くの恵まれた貴族子女を押しのけて、その学年の十指に入る」

「……そうなんですか? 父との約束もあり、頑張ったのですね……」

私は微笑みながら、少女と女性の境目のころの、みずみずしいサラを思い出す。

「うん。それほどに優秀で器量もいい。貴族である学友に媚びもせず、凛とした佇まい……これはまあ、サラの生い立ちによるものだろうけれど……」

ルーファス様が琥珀色のグラスを手に、私の隣に腰掛けた。

サラは元子爵令嬢だ。子爵であったお父様が不慮の事故で亡くなったことで平民になった。貴族の立場と、今の平民である自分の立場双方わかっているから……静かに過ごしていたのかもしれない。

「だから、卒業後のサラを召し抱えたいと思う貴族はたくさんいたんだよ。もちろんサラはロックウェルのお義父上に心酔しているから、そんな気は全くなかったけれど」

ルーファス様がグラスを傾ける。氷がカランと鳴る。

「知らぬ間に、引き抜きが行われそうになっていたのですね……」

唖然としてしまった。サラがいない人生が起こりえた? 想像もつかない。過ぎたことなのに、心臓が不安げに高鳴る。

「ピアは幼かったからわかりっこない。ちょうどその少し前に私はピアと婚約して、ピアの大好きなサラの困った状態に気がついて、すぐスタンの名を出して掃除したよ。全く、令嬢の婚約者がいながら愛妾に賢い女を……なんて考えるバカもいたからね。あ、ちゃんと制裁したから安心してね」

私が幼かったなら、ルーファス様も幼かったはずなんだけど……

「制裁……と、とにかく、そんな以前から私たちを守っていただき、ありがとうございます」

私はぺこりと頭を下げた。

「と、そこまで調べているからには、ガイ先生がアカデミー時代、サラと接触があったことは当然知っていたんだ。ああ、ガイ先生の名誉のために言っておくけれど、彼はサラに不埒な真似はしていないよ。あの頃はシェリー女史……当時はシェリー伯爵令嬢と呼ばれていたね。彼女と婚約していたから」

「……でも、今シェリー先生はいない」

「そう。で、サラのアカデミー時代のことはもちろん我らの警備責任者のマイクも知っている。ガイ先生は現在婚約者がいない。婚約者に自分が太刀打ちできない高位の貴族が訪ねてきて、いい気持ちはしなかっただろうね」

「え? つまり、私はガイ先生がサラに会うためのダシでしたか?」

「ふふっ、ガイ先生は博士の先輩であるピアと懐かしのサラ二人に会いにきたんだよ。そして先生の『懐かしい友人たちと会わないか?』という発言はおそらく気まぐれだ。だけど、マイクは動くよ。間違いない」

「え? サラ、やっぱりマイクに怒られちゃうんですか? 突発事故みたいなものなのに?」

「マイクがサラを怒るわけないだろう? ただ、今後、今回のような突発事故が起こっても、問題ないような対策を講じるだけだ」

「はあ」

対策とは? 私がピンとこないでいると、ルーファス様が流れるように私を抱き上げ、自分の膝に横抱きにし、私の胴まわりに緩く両腕を回した。

「マイクもスタン領の男だ。スタン地方の男の気質はね、自分の欲しいものを完全に手の内に入れなければ気がすまない」

「へーえ」

「そして、そうまでして手に入れた宝は、とことん甘やかしてよそ見をさせず、腕の中で絶対に守り通すんだ」

「ほーお」

「つまりこういうことだ。ピア、わかった?」

「あ……」

彼の左手が、私の顎を持ち上げた。ルーファス様の顔が近づく。私の視界にも脳裏にも、ルーファス様以外消えてしまった。

◇◇◇

「春に結婚することになりましたので、ご報告します」

私が幼い頃からクールを地でいくマイクが、なんとニッコリ笑って! ルーファス様と私に宣言した。

マイクの横には、力が入らない体をがっちり腰で抱き寄せられ、放心した表情のサラ。二人の薬指には、お揃いの真新しい指輪が光っている。

「……おめでとう、でいいのか?」

「もちろんです」

ルーファス様が頬杖をついて苦笑いした。

「そうか。結婚式にはもちろん参加させてもらうから。今の時間ならば両親も在宅のはずだ。スタン邸にも報告に、この足で行ってくれ」

「はい」

男性陣が話している隙に、私はサラにささっと寄り添って問いかける。

「サラ、えっと、いいの?」

「……まあ、既に婚約しておりますので覚悟はできておりました。ずっと化石の採掘をするピア様のおそばにいていいし、ロックウェル伯爵家を好きなだけ訪ねていいし、パティスリー・フジのお菓子をどれだけでも買いに行っていいと、約束してくれましたので……護衛付きでなら」

どっかで聞いたことのある約束だ。

「それだけ?」

「……一生……私だけだと。1日でも長生きして、私の胸の中で老衰で死ぬと……言ってくれました」

サラの頰はじわじわと桜色に染まった。

「……そう」

サラは、早くに家族を亡くした。再び家族を持って、失うことを恐れていたのかもしれない。

マイクは仕事柄秘密が多く、私に全てを話してくれるわけではないけれど、嘘をついたことはない。マイクの言は信じられる。マイクがそう言うならば、きっとその通りになる。

そもそもマイクだって、私にとって兄も同然なのだ。サラだけでなく、マイクの幸せも願っている。

マイクとサラが揃って退出したあと、私はルーファス様に頭を下げた。

「ルーファス様、改めましてサラを私ともどもスタン侯爵家に受け入れていただきありがとうございます」

スタン家の使用人は精鋭揃い。……サラを雇い入れなくとも、正直問題なかったのだ。

全て私のためだ。

「ピアも、うちの頑固者のマイクを、ピアの姉同然のサラの夫に認めてくれてありがとう」

ルーファス様はそう言って微笑み、私に手を差し伸べた。

手に手を取って二人で窓辺に行くと、眼下にマイクとサラが仲睦まじく馬車に乗り込み出発するのが見えた。

「ふふっ、素敵……二人はお似合いですね」

馬車を見送りながら、ともに人生を歩むと決めた二人を、侯爵令息夫人として、全力で応援していこう……ルーファス様の威を借りて! とそっと誓った。

「ああ。まあ、ようやく一つ片付いたね。……いい歳してるのに『主より先に落ち着くわけにはいかない』とかクソ真面目なことばかり言うものだから……ったく。『間取りなど参考になるのでは?』と、先生をけしかけて、研究室に挨拶に行かせた成果があったな」

「…………は?」