軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第65話 見直しの請求書

王都から届いた書類束は、改善案というより凶器の厚みだった。

綴じ紐でぱんぱんに膨らんだ紙を机へ置いた瞬間、天板が鈍く鳴る。補足、別紙、写し、控え。まだ封を切ってもいないのに、働かせる気だけは十分に伝わってきた。

「景気のいい量ね」

セレフィーナは手元の帳簿を脇へ寄せた。

「見直しの続きでしょうか」

エステルが受領印を確かめながら言う。

「そうなら、読む価値はあるわ」

セレフィーナは紐をほどいた。

最初の一枚は、いかにも立派だった。

親善の透明性確保

その一行の下に、別紙参照の小さな文字が三つ並んでいる。嫌な予感しかしない。めくる。補足照会。めくる。転記依頼。めくる。再確認用様式。どの紙も、すでに一度出した情報を別の欄へ書き直させるための顔をしていた。

「透明性、ね」

セレフィーナは紙を指先で弾いた。

「この一行の下に、何枚隠しているつもりかしら」

ルシアンが横から覗き込む。

「本人確認と記録の整備は必要だろう」

「必要よ」

セレフィーナは次の紙を開く。

「でも、これは“必要な確認”というより、“確認したという証拠をさらに確認するための紙”だわ」

ノアが壁際で鼻を鳴らした。

「王都は別紙が増えるだけですけどね」

軽く肩をすくめる。

「地方は、その別紙を書く人間が一人机に縫い付けられます」

そこで、黙って紙を追っていたイレーネが口を開いた。

「フォルク家規模だと、三人日です」

あまりにも即答だったので、ルシアンが聞き返した。

「……三人日?」

「はい」

イレーネは一枚を引き抜き、淡々と机へ置いた。

「王都式様式への転記で半日。神殿提出用の補足説明で半日。事前照会の取りまとめで一日。各家へ返して確認印を戻させる往復で、最低もう一日」

そこで視線を上げる。

「慣れている家でも、です」

部屋が少し静かになる。

「そんなに取られるのか」

ルシアンの声には、素直な驚きが混じっていた。

「取られます」

イレーネは即座に頷く。

「人が余っているなら話は別ですが、小さい家は帳場も倉も同じ手で回しています。紙が一束増えれば、そのぶん別の仕事が止まります」

年長の婦人が、感心したように笑った。

「まあ、計算が早いのですね」

「地方の方は実務に明るくて助かりますわ」

イレーネはその笑みに乗らなかった。目の前の束を見たまま、静かに言う。

「見直しではあります」

指先で紙の端を揃える。

「ですが、これは現場への請求書です」

茶器を置く音が、ひどく耳障りに響いた。

ルシアンは黙る。反論できないのだろう。数字の並びがあまりにもきれいだった。

だが、反論できないことと、流れを変えないことは別らしい。

「そこまで構えなくても」

婦人が、声をいっそうやわらかくした。

「実際には、もう少し融通も利くでしょうし。親善の場ですもの」

「融通の内訳が書かれていません」

イレーネは返す。

「誰が、どの紙を、どこまで持つのか。そこが抜けたまま“協力”と言われても、地方は計算できません」

補佐役が、そこで紙束を一つ閉じた。ぱたん、という乾いた音。

「……その件は後ほど、実務担当同士で詰めましょう」

イレーネを見ないまま言う。

「今はまず全体の日程と席次確認を優先したいところです」

はい来た、とセレフィーナは思った。

数字が重いとわかった瞬間に、「場を止める人」へ移し替える。やり方が早い。

横でエステルの手が動いた。膝の上の布を握る指先が白くなっている。あの顔色は知っている。記録より印象の方へ先に仕分けられる時、人はああいう色になる。

イレーネはまだ引かなかった。

「日程確認の前に、負担の見積もりが要ります」

その声は相変わらず平らだ。

「でなければ、ここで決める日程そのものが地方には守れません」

「親善行事ですのに」

婦人が、少しだけ笑みを薄くした。

「数字ばかりを前に出すと、場が硬くなりますわ」

「硬くなるのは場です」

イレーネは答える。

「潰れるのは現場です」

今度は誰も笑わなかった。

セレフィーナは最後の頁をめくる。末尾に、きれいな字で一文が添えられている。

各家の誠意ある協力を前提とする。

それを読んだ瞬間、机の下で爪が掌へ食い込んだ。

「便利な言葉」

セレフィーナは紙を持ち上げた。

「足りないのが人手でも時間でもなく、“誠意”だったことにできるもの」

ノアがすぐに返す。

「協力しない家を作るには最適ですね」

「ええ」

ルシアンがその一文を見て、顔をしかめる。

「そんなつもりで入れた文ではないはずだ」

「もちろんでしょうね」

セレフィーナはうなずく。

「でも、受け取る机が違えば意味も変わる」

窓の外で荷車の車輪が石を擦った。倉から呼ぶ声がする。紙の山とは別の、本物の仕事の音だ。

セレフィーナはもう一度、束の厚みを見た。

王都の誰かが“改善”のつもりで積み上げた紙。

地方では、その紙一枚ごとに誰かの手が止まり、誰かの帰りが遅れ、誰かの夕食が冷える。

「……結構」

セレフィーナは紙を机へ置いた。

「なら、この請求書の額に見合うだけの“誠意”を、王都側にもきっちり支払ってもらいましょうか」

ペンを取る。

インク壺の蓋が、小さく鳴った