軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十五章 封印の守護者

「……寒い」

トレインちゃんが肩を抱いてそうつぶやいた。

気持ちは分かる。

気温はどうだか知らないが、ここには普通の人間を震え上がらせるような何かがある。

もちろんゲームの中ではそういった感覚は覚えなかったが、今の俺はそれを如実に感じていた。

「進むぞ」

それを分かっていながら、俺にはトレインちゃんを気遣うだけの心の余裕がなかった。

頭の中で数パターンの言い訳、弁解を組み立てていく。

しかし、どうにも考えがまとまらない。

(いざとなれば、スキルを使って逃げてみるか?)

ちょっとだけそんなことも考える。

今俺が使えるスキルは、武器熟練度が必要ない基本スキルだけ。

剣の『スラッシュ』、大太刀の『横薙ぎ』、魔法の『エナジーアロー』、ついでに言えば無手の『正拳突き』も一応使えないこともない。

あとは武器に左右されない移動系の『ステップ』くらいか。

武器熟練度は武器攻撃で相手にダメージを与える度に増えていく。

『封魔の台地』でずいぶん戦ったし、武器の熟練度にはレベル差でボーナスが入るので、本来なら二つ目の技くらい覚えていてもいいのだが、不知火が強過ぎたのが今回はアダとなった。

熟練度は攻撃回数で上がっていくので、出て来る敵を全て一撃で片付けていたせいで逆に成長が遅くなってしまったのだ。

わざわざ穴の中に入ったのは段差をなくしてステップを使いやすくするという目論見もあった。

ただ相手は速いので、うまく抜き去って逃げられるかというと、ちょっと難しいと答えるしかない。

隠れ場所の多い町の中ならともかく、ここではスタミナ切れしたら即捕まるだろう。

あと、逃げたら完全に言い訳出来なくなるということもある。

いっそ全てを正直に話してしまいたいとも思うが、残念ながら本当の話が一番嘘っぽい。

実はこの世界は元々作り物の世界で、そこに打出の小槌でトリップして……とか説明するよりは、俺は実はもぐらの転生体で穴掘りしなきゃ死んじゃうんだとか言った方がまだ真実味がある。

事実は小説よりも奇なりとはよく言ったもんだ。

こうなれば出たとこ勝負だ。

思いつくままに設定を並べて、一番しっくりいきそうな所に着地させよう。

「ここがどういう場所なのか、君は知ってるか?」

知ってて当然、みたいな感じで訊く。

正直に言えば、邪神の封印に関する情報なんてそんなによく覚えていないのだ。

変なことを言って白い眼で見られないよう、ここで彼女に情報を吐き出してもらうのが得策だろう。

「え? 邪神の一部が封印された洞窟、ではないんですか?」

問い返してきた。

質問に質問で返すなよ、と思いつつ、答える。

「半分正解で、半分不正解だ。ほら……」

洞窟の奥までたどり着いた。

そこにあったのは、大きな門だ。

いくつもの穴が開いた禍々しい門があり、その両脇には備え付けられた松明が明々と燃えている。

「これは…?」

「邪神の欠片を封印した門だよ」

俺の言葉に、トレインちゃんは目を丸くした。

「え、でも、封印ってさっきのレリーフじゃ……」

「あれは単に、邪神の封印のある場所を示しているに過ぎない。

本当に邪神を封じているのはこの扉だ。

……一説によると、この扉は異次元に通じているらしい。

どれだけ穴を掘っても、通常の手段では邪神の欠片の許まで人が至ることはないよ」

すげえ訳知り顔で解説してみる。

ま、その入り口に入るだけでも本当ならラスボス倒した後じゃないと無理なんだけどね。

いやいや、いくら俺が無鉄砲でも、レベル10程度で推奨レベル250のダンジョンに挑むとかいう自殺行為は行わない。

バグ技とか使う前に瞬殺されちゃうし、いくら不知火でもまともなダメージが通るとは思えない。

第一、もし迷宮の封印が解けてまかり間違って中からモンスターが出てきたりしたら、ラムリックの町とかきっと軽く滅んじゃうしね?

「邪神の封印について、知識は?」

やっぱり上から目線で訊いてみる。

や、俺は全然知らないけどね。

「あ、あの、リヒト王国の初代国王が封印に関わって、そこに国を作ったって話くらいは聞いたことありますけど……」

「……それだけか?」

「す、すみません。わたし、そういう話には詳しくなくて……」

「そうか」

不機嫌そうに言いながら、俺は内心深くうなずいていた。

(なるほど、そういう流れな訳か)

そうなると、王族って勇者の末裔的な物なのか。

確かに国王も王女もデータ的にはかなり強いっぽいって話だったしありえなくもない。

いや、どちらもイベントでしか戦ったりする所は見られないんだが、かなり強かった記憶はある。

「あ、あの、それが何か?」

と問われたので、

「それだよ」

と返してみた。

いや、どれだよ、俺。

俺の脳内と同様にはてなマークを浮かべてこっちを見るトレインちゃんに、こっちも探り探りで話を続けていく。

どうでもいいけどトレインちゃん、こんな場所までのこのこついてきた挙句、武器をこっちに向けることさえ忘れている。

悪い男にあっさり騙されるタイプだ。

これからはチョロインちゃんと呼んであげてもいいかもしれない。

などと考えている間にも、俺の口は回る。

「この洞窟に入り、そしてこの扉を開けるための鍵の一つに『陽光の輝石』と呼ばれるアイテムがある。

当然、ここにある邪神の封印を守る要だ」

これは本当。

ラスボスを倒して手に入れられるドロップの一つに入っているのだ。

ここに記憶違いはないはず。

どの道間違っててもラスボス倒すまで誰も確認出来ないし。

あー、いや、それか。

ラスボス倒すまで確認出来ないんだ。

この流れで行こう。

「しかし、リヒト王国が管理するはずのその『陽光の輝石』が今、魔王の手にあるという情報を聞いた」

「そんなっ!?」

トレインちゃんが悲鳴みたいな声を上げる。

この子、いい観客だ。

リアクションがいちいち真剣である。

俺もノリノリで続ける。

「もちろん、この『陽光の輝石』単体で封印が解けるということはない。

しかし、もっとも厳重に保管するべき封印の要が、魔王の手にあるという状況は看過出来る物じゃない」

でも、考えてみるとほんとそうだよな。

他の封印アイテムはどうだったっけ?

イベントボスのドロップも多かったような気もする。

そういう魔物なんて魔王の言いなりだろうし、どうして魔王は邪神の欠片の封印を解かなかったんだろう。

設定上は封印解こうとしてたけどその前にプレイヤーにやられちゃったみたいな流れなのかもしれない。

『猫耳猫』クオリティな世界なら安全だったのだろうが、やっぱり今の内に一個くらい封印解除アイテムを確保した方がいい気がしてきた。

そして、そんなことを考えている間にも俺の口は回る。

いや、ほんと回る回る。

「だから、俺はその封印が破られていないか、確かめに来たんだ」

「そ、そうだったんですか?!」

驚きに声を大きくするトレインちゃん。

うん、俺もびっくりだよ。

でも無視して扉を観察する、フリをする。

「ここに、穴が十個ある。

真ん中の丸い穴は『陽光の輝石』だとしても、封印の解除にはあと九つのアイテムが必要だ。

ここの封印が破られる危険性は、かなり低いだろうな」

「ここの……封印?

邪神の欠片が封印されている場所は、他にもたくさんあるんですか?」

その質問には、無言。

だって知らないから下手なこと言えない。

あ、でも、『邪神の欠片』って言うくらいなんだから、他にもたくさんあるのか。

そして、俺の沈黙をどのように捉えたのか、トレインちゃんが凄く真剣な顔で口を開く。

「ソーマ、さん。あなたは商人でも、ただの冒険者でも、ないですよね。

あなたは本当は、何者なんですか?」

さっきとは別の意味で、トレインちゃんの目が据わっている。

その目に耐えかねて、俺は口を割った。

「俺は……俺は封印の守護者だ。

各地を回って、邪神の封印を調べている」

何か期待の眼差しを向けられた気がして思わず言ってしまったが、封印の守護者って……厨二か!

「封印の、守護者…!」

びっくりしたようにトレインちゃんが復唱するが、やめてぇ!

頼むからその言葉を繰り返さないで!

再びキラキラした目で、トレインちゃんがこっちを見てくる。

「じゃあ、ここ以外にも邪神の封印もあるってことですよね。

ここの他の封印は、どうなってるんですか?」

「…それは、言えない」

「どうしてですか?!」

もちろんそんなの知らないからだよ!

とは、当然言えない。

だから代わりに、俺はトレインちゃんに剣を突きつけた。

「それは、君が信用出来ないからだ!」

「え、ええっ!?」

疑われた時は、疑い返すことでうやむやに出来る!

初歩的な口ゲンカのテクニックである!

「そもそも君は、どうしてあの瞬間、俺がレリーフを調べている時に現れた?

俺を追いかけてきたことだってそうだ?

単なる恩人を探すにしては、少し必死すぎはしないか?」

「そ、それは……」

めちゃくちゃな言いがかりをつける。

「それに、君はレベル27だと言っていたな。

その程度のレベルの冒険者が、どうしてあんな大量のマッドハウンドに追われて無事だったんだ?

君こそ、本当は何か隠しているんじゃないのか?」

「ち、違います! あ、あの時は、本当に必死で……信じて下さい!!」

はい、信じてます。

けど、ここで攻め手を緩める訳にはいかない。

俺は言葉を継いだ。

「本当に、あそこで俺に会ったのは偶然だったと?」

「は、はい!」

本当は、偶然じゃなくてイベントなんだけど。

「だったらそれを、神に誓える?」

「もちろんです!」

「じゃあ、邪神にも?」

意地悪く訊いてみる。

これはつまり、お前の方こそ邪教徒じゃないの、と言ってるようなものだが、トレインちゃんは怒りもせずに真剣にうなずいた。

「わたしは……邪教徒じゃないですけど、ソーマさんが誓えって言うなら、邪神にだって誓います。

あそこでソーマさんに会ったのは、神と邪神に誓って本当です!」

「……分かった」

最初から分かってたけど、そう言ってうなずいてみせた。

俺、ほんと最悪だ。

あとトレインちゃんマジ天使!

そして一方的な言いがかりをつけた結果、いつのまにか精神的に対等な立場になっているという不思議。

それからしばらく、トレインちゃんは神妙な顔をして黙っていたが、やがて、ぽつりとこう言った。

「……わたし、帰ります」

あっさりとした手の平返しに俺は少なからず驚いたが、平静を装って聞き返す。

「いいのか? 俺はもうしばらく、ここで封印を調べていくつもりだが」

いくら俺が封印の守護者を自称したとしても、物的証拠は何もない。

というか実際、封印の守護者なんてかっこよすぎて逆にかっこわるい仕事なんてしていない。

疑う余地は十分以上にあると思うのだが……。

しかし、トレインちゃんの顔は晴れやかだった。

「勢いだけで来ちゃいましたけど、そもそもわたしの力じゃソーマさんを止められませんし。

わたしは一度、ソーマさんに助けられました。

だからもう一度だけ、ソーマさんを信じてみることにします」

そう言って俺に丁寧な礼をすると、トレインちゃんは通路の方に戻っていった。

やっぱりトレインちゃんマジ天使!

でもほんとにチョロインちゃん!!

トレインちゃんが、通路の暗がりに消えて行って、

「き、切り抜けたぁあ…!」

俺は膝からその場に崩れ落ちた。

かなり自己嫌悪だが、何とか最後までごまかし切ったようだ。

「やっぱり、もぐらの転生体の方がよかったかなぁ……」

風呂敷を広げ過ぎて、自分でも最後何を言ってるんだかよく分からなくなってしまった。

それならいっそ、もぐらレベルの分かりやすい嘘でもよかった気がする。

チョロインちゃんならそのぐらいの嘘でもあっさり騙せた気がするし。

いや、流石に無理か。

そんな風に地面に両手両膝をついたポーズで安堵の波に身を任せていると、

「――なにを、してるんですか、ソーマさん」

聞き覚えのある、聞こえるはずのない声が、俺の耳朶を打った。

トレインちゃんが、俺を信じて地上に戻ったはずのトレインちゃんが、呆れたような目をしてそこに立っていた。

「ど、どうして…?」

俺の問いかけに、トレインちゃんは沈痛な表情を浮かべた。

「本当は、あのまま町に帰るつもりだったんです。

でも、そうも行かなくなりました。

……ソーマさんに、どうしても言わなくてはいけないことが出来たんです」

なんだ?

俺は、何を見落としていた?

彼女に疑いを抱かせるような、大きなミスをしていたのか?

混乱し、迷妄する俺の思考をぶった切るように、トレインちゃんはそれを告げた。

「――天井、高すぎて上に戻れません」

……あー、正直それは考えてなかったわー。