軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

③①

「平民のくせに頑張っちゃって……」というシャルルの声が聞こえた後にサシャバル伯爵夫人の「ちょっと待って。まさか……」という声が聞こえた。

カトリーナは体を固くしたまま動けずにいた。

ぐっとワンピースの裾を掴む。

しかしコツコツという音と共に真っ赤なヒールが目の前に止まる。

今すぐここから逃げ出したいのに足が動かない。

スッと目の前に見覚えのある扇子が見えた瞬間、顎を上げられて視線が交わる。

カトリーナは避けることができずに、されるがまま固まっていた。

「あらやだ……まだ生きていたの?カトリーナ」

サシャバル伯爵夫人の顔が目の前にあった。

シャルルが一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに険しい表情に戻る。

「誰かと思ったら……本当に?ナルティスナ領を追い出されて、今はどこで暮らしているのかしら」

「……っ!」

「だっさいけど、以前よりもいい服ねぇ……?それにそんなにプレゼントを買って何?おつかいかしら」

「気に入らないわ」

「本当、ありえないわよ」

クスクスとカトリーナを嘲笑う声。

スッと血の気が引いていき、首を絞められたように声が出なかった。

店員もサシャバル伯爵夫人とシャルルの言葉に困惑しているようだ。

カトリーナが動けないでいると、二人は好き放題いっている。

「こんなに高価なものをおつかいで頼まれるくらいだもの…………いい場所で使ってもらっているのかしら?」

「何言っているのよ、お母様。きっと金持ちなジジイの慰み者でもやってるに決まっているわ」

「……っ」

「なんとか言いなさいよ」

「本当、つまらないじゃない。さっさと答えなさい」

シャルルがイライラした様子で店のテーブルを叩く。

ガンッという音にカトリーナは大きく肩を揺らした。

どうやってこの場を抜け出せばいいのかがわからない。

ガクガクと震える足では、立ち上がることができなかった。

ニナが綺麗にまとめてくれたカトリーナの髪をサシャバル伯爵夫人が掴んで引き上げる。

カトリーナが痛みに顔を歪めてもお構いなしだ。

そしてシャルルが「手がすべっちゃったわ」と言いながら、わざと綺麗にラッピングしてもらった箱をテーブルから落としていく。

──グシャ、グシャ

それをサシャバル伯爵夫人とシャルルが靴で踏みつけていく。

「ぁ……」

「いい気味だわ。これで今いるところにも捨てられちゃうわねぇ。お使いひとつちゃんとできないなんて……なんて役立たずなのかしら!」

「フフッ、また居場所がなくなっちゃうわ」

カトリーナはその光景を見て愕然としていた。

(折角、皆さんのために買ったプレゼントが……!)

店員が「おやめください!」とサシャバル伯爵夫人とシャルルを制止するが……。

「わたくし達に意見するなんて何様のつもり!?」

「こんな陳腐な店で買い物してあげるのにっ!何か文句があるの!?」

先程カトリーナによくしてもらった店員が責められることが耐えられずに、カトリーナは無意識に庇うように立ち上がり、店員の前へ。

しかしシャルルが気に食わないと言いたげにカトリーナの頬を叩いた。

プレゼントの上に倒れ込んだカトリーナの髪を取り持ち上げる。

「うっ……!」

「目障りなのよ!あんたがまた、わたくしとお母様の視界に入るなんてっ」

「……ああ、そうだわ!またサシャバル伯爵邸で働いたらいいわ。使えない侍女ばかりで困っていたのよ」

「……っ!?」

サシャバル伯爵夫人の言葉に、苛立っていたシャルルも目を輝かせた。

フラッシュバックする辛い記憶にカトリーナは言葉を失ってしまう。

「まぁ……!それはとってもいい考えね。お母様」

「どうせ今回の件で捨てられるのだから、わたくし達が使ってあげるわ」

身勝手な言葉にカトリーナの中に怒りが湧いてくる。

カトリーナは唇を噛んだ。

あんな場所に戻りたいと、誰が思うだろうか。

何よりカトリーナはナルティスナ領にいたいと望んでいる。

カトリーナは静かにサシャバル伯爵夫人とシャルルを睨みつけた。

どんな事情があるかは知らないが、もうサシャバル伯爵家と関わりたいとは思っていない。

「…………私は戻りません」

「は……?」

カトリーナがはじめて二人に反抗した瞬間だった。

恐怖で足が震える。

だが、カトリーナには今、大切な居場所がある。

「……何、ですって?今、わたくしの言うことに歯向かったの?」

「生意気、生意気、生意気ッ!わたくし達に歯向かうなんて……っ!」

サシャバル伯爵夫人の血走った目が見えた。

髪を掴んでいたシャルルがカトリーナの頭をテーブルに叩きつけようとしていることがわかり、抵抗しようと腕を伸ばす。

それと同時にカラカラとベルが鳴り、扉から光が漏れたのが見えた気がしたが、シャルルの力に押されてしまいカトリーナは衝撃に備えて目を閉じた。

「───何を、している?」

スッと肌を刺すような冷たい空気を感じる。

カトリーナがゆっくりと瞼を開けると、目の前には怒りに満ちた表情でシャルル達を睨みつけるクラレンスの姿があった。

「今すぐに……その手を離せっ!」

「……っ、ぁっ、いやっ!」

「ま、魔法……?」

カトリーナの髪を掴んでいたシャルルの腕が凍っていくのが見えた。

シャルルの手が離れるとカトリーナの体が崩れ落ちるようにして床に倒れ込んだ。

サシャバル伯爵夫人は目を見開いて扉を見つめたまま動かない。

先程まで店の中は温かかったのに、今は震えてしまうほどに寒い。

「クラレンス、殿下……?」

「……ッ、カトリーナ!大丈夫か?」

クラレンスはその場で座り込んでいたカトリーナをそっと抱きしめてから、ぐちゃぐちゃになった髪を撫でる。

肌から伝わる温かさにクラレンスにしがみつくようにして体を寄せた。

ぐっと気持ちが込み上げてきて涙がこぼれそうになる。

「つめたっ……ちょっと誰か助けなさい!助けてぇ」

「クラレンス、殿下……ですって?この女はナルティスナ領を追い出されたんじゃないの?」

「腕が痛いっ!助けてぇ、お母様ぁ……?」

「一体、どういうこと?」

呆然としているサシャバル伯爵夫人。

シャルルは右手にまとわりついた氷を取ろうと必死になっている。

錯乱するシャルルをこちらに近づけないようにか、クラレンスは二人に向かって手を伸ばす。

そしてシャルルとサシャバル伯爵夫人を囲むように尖った氷が取り囲んだ。

カトリーナを守るように抱きしめていたクラレンスは低い声で問いかける。

「今、お前達はカトリーナに手を上げたのか?」

「ひっ……!いやぁ!いやあぁぁっ」

「あっ……ぁっ……!」