作品タイトル不明
③⓪
カトリーナが慌てているのを隣で座っているトーマスは「大丈夫ですよ~」と言いながらのんびりと紅茶を飲んでいる。
しかしカトリーナは珍しく声を上げた。
「あの、待ってください……!」
「カトリーナ様、気になるものがありましたか?」
ニナの問いかけにカトリーナに視線が集まった。
クラレンスも興味深そうにこちらを見ている。
カトリーナは気持ちを伝えようと震える唇を開いた。
「かっ……買いすぎではないでしょうか?」
「そうでしょうか?」
「まだまだ全然足りないくらいですよ」
「ああ、足りんな」
「…………!」
ニナとクラレンスにキッパリとそう言われてしまい、言葉が出ないカトリーナにトーマスが「大丈夫ですから~」と言って紅茶のおかわりをもらっている。
次々に積み上がっていく箱を見上げながら呆然としているカトリーナに声が掛かる。
「次はドレスを選ぼう。と、とりあえずは青系で用意してもらったが……」
「…………綺麗」
何故かクラレンスは照れている。
隣でトーマスとニナがニヤニヤと笑っている。
「カトリーナはどれがいい?」
「わ、私ですか?」
「好きなものを何着が選んでくれ。今後のために他の色も用意してくれ」
「ぁ……えっと」
再びカトリーナに注目が集まり、緊張から顔が真っ赤になっていく。
それに気づいたクラレンスはカトリーナに寄り添い、優しく言葉をかけてくれた。
肌触りがよく、キラキラしている美しい生地を見てカトリーナは戸惑うばかりだ。
結局、遠慮する間もなく質問に答えていき、あれよあれよという間にドレスが決まっていく。
「今度はオーダーがいいな」
「そうですね」
「あ、あの。私はそんな立場では……!」
「関係ない。俺がそうしたいと思ったんだ」
クラレンスはそう言ってカトリーナの頭を撫でた。
結局、カトリーナの服を大量に購入した。
紅茶を飲んでいたトーマスが「さて、俺の出番かな」と言って遠い目をしながら立ち上がると、大量の箱を持ち上げている。
どうやらトーマスは、この時のために休憩していたようだ。
カトリーナも手伝おうとするが、クラレンスに制止される。
「今は令嬢として振る舞うように」
そう言われてカトリーナは背筋を伸ばした。
クラレンスに教わった通りにエスコートされて街を歩きながら、カトリーナはプレゼントを買うための店を探していた。
(何か……ないかしら)
カトリーナが落ち着きなく、キョロキョロしているのが気になるのかクラレンスから声がかかる。
「なにか買いたいものがあるのか?」
「あ、はい……!今まで、いただいたお給金で買いたいものがあるのです」
「付き添おう」
「いえ……その、一人で買いに行ってもいいでしょうか?」
「何故だ?」
歯切れの悪い返事を返したカトリーナに対して、クラレンスが眉を寄せる。
このまま隠し通すことはできないかもしれないと思ったカトリーナは正直に話すことにした。
「実は、いつもお世話になっている皆様に御礼をしたくて、なにか買いたいと……そう思ったのです」
「……!」
「カトリーナ様」
「いつもよくしてくださるので……」
頬を赤らめているカトリーナを見て、クラレンスは目を見開いている。
ニナは感動からか瞳を潤ませてポケットから布を取り出した。
トーマスは「荷物は持ちますから任せてくださいね」と言って笑っている。
「気持ちは嬉しい。だが、一人で行かせるのは心配だ」
「クラレンス殿下の仰る通りです!カトリーナ様になにかあったら……わたしが付き添います!」
「大丈夫です。ニナさんに教わりましたから、一人で平気です」
プレゼントを本人達の前で買うのもどうなのだろうか、という気持ちからカトリーナは首を横に振る。
「わかった。では、道の向かいに停めた馬車でカトリーナを待っている」
「え……?」
「買い物が終わったら呼んでくれ。それから……っ」
「クラレンス殿下がこんなに心配性だったなんて、わたしははじめて知りましたわ」
「当たり前だ」
クラレンスの言葉を遮るようにニナが言った。
最後まで、一人で行かせたくないと不満そうなクラレンスだったが、カトリーナの意思を尊重してくれたようだ。
カトリーナは頭を下げて高級感のある店へと足を踏み入れる。
クラレンス達を待たせるわけにはいかないと、急いで辺りを見渡していた。
(できれば寒さを防げるできるものがいいのだけど、この季節に売っているの?)
カトリーナが品を見ていると、やはり暑い季節だからか目的のものは置いていない。
迷っているのを見てか、店員がカトリーナに声を掛けてくれた。
防寒着がないかと問いかけると、店の奥からわざわざ出してくれた。
サイズがわからなかったカトリーナはクラレンスに手袋を買い、ニナやトーマス、ゴーン、他の人達にも手袋や靴下を購入した。
カトリーナはニナから「王都に行くのは夏が多いので、なかなか小物が売ってないんですよねぇ」という言葉を聞いていたのだ。
カトリーナは今までの給金を全て持ってきたのだが、思った以上にお金はかなり余ってしまった。
(よかった……ちゃんと買えた)
プレゼントを包んでもらっている間、カトリーナは店にあった椅子に座って商品を眺めていた。
カランカランと店の出入り口にあったベルが鳴る。
クラレンスかニナが心配してくれたのかもしれないと思った。
カトリーナが扉に視線を向けると……。
「久しぶりの買い物って気分がいいわ!」
「そうね。邸に帰ればまた憂鬱でしょうけど」
「やめてよ、お母様!アイツら本当に使えなくて思い出しただけでもイライラしちゃうわ」
カトリーナは聞き覚えのある声がしてまさかと思い顔をあげる。
(う、そ……)
そこにいたのはサシャバル伯爵夫人とシャルルの姿だった。
店員はカトリーナの時とは違い、深々と頭を下げている。
カトリーナは腕の震えを抑え込むようにして息を止めた。
(どうして二人がここに……?なんで)
ここ数ヶ月、カトリーナはサシャバル伯爵家から離れて穏やかな日々を送ってきた。
脳裏に浮かぶのは虐げられて、ろくに食べ物を与えられなかったこと。
今の生活と比べてしまえば一目瞭然。
自分がいつ死んでもいいゴミのように扱われていたのだと今ならば理解できる。
そんなタイミングで店員が「包み終わりました」とカトリーナに声をかける。
カトリーナは「ありがとうございます」と小声で言って俯いた。
するとこちらに二人の視線がカトリーナに向いたのがわかった。