軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

②⑥ シャルルside

一方、伯爵家では──

グラスが割れる音が部屋に鳴り響いた。

侍女の耳障りな悲鳴が聞こえて、さらに苛立ちが増していく。

「さっさと片付けておきなさいよ!グズ、使えないわねっ」

「ひっ……!」

カトリーナが出て行ってからというもの、使えない侍女ばかりでシャルルの怒りは頂点に達していた。

「これを今日までに仕上げろって言ったでしょう!?どうしてこんな簡単なことができないのよっ!」

「で、ですが屋敷の仕事をしながらなんて無理ですっ!時間がありませ……」

「口答えをしないでっ!」

「きゃっ……!」

シャルルは思いきり手を振り上げて侍女の顔を叩いた。

床に突っ伏した後に両手で顔を覆い、涙する侍女を見ても怒りは収まらない。

仕事ができないことが悪いのに泣いてばかりで役に立たないなんて救いようがないではないか。

仕舞いには「もう無理です」と言って、一週間も経たないうちにサシャバル伯爵邸をやめていってしまう。

(アイツもアイツも使えない……!どうしてこんな無能ばかりなの!?)

シャルルはグッと手のひらを握り込んだ。

カトリーナがいなくなっただけで、こんなにも不便を感じるなんてありえないと必死に言い聞かせていた。

カトリーナは役立たずだったが、使えないわりには朝から晩まで働かされていた。

その抜けた穴が大きすぎて、侍女が何人いても埋まらない。

最近は母もイライラした様子を見せていた。

掃除も洗濯も刺繍も屋敷の仕事も、全然回らない。

カトリーナにしていたように罰を与えれば、自分の悪いところを直すどころか「もう無理です」と、言ってすぐにやめてしまう。

だんだんと新しい侍女も入って来ずに、一番古株の侍女すらも『もう耐えられません』と言ってサシャバル伯爵邸を去っていってしまった。

「さすがにやりすぎだ!」と父に怒られて、怒るのを我慢していたけれど、こんなにうまくいかないとなるとシャルルも我慢できなくなってしまい、やはり手が出てしまった。

(あの女がやっといなくなってスッキリするかと思ったら、今度は使えない侍女達にイライラさせられるなんて最悪なんだけど……っ)

カトリーナがナルティスナ領に行ってから暫く経つが、当たり前だが何の連絡もない。

今頃、野垂れ死ぬか捨てられているかのどちらかだろうと思っていたが、今では何を言っても動じないで文句もなく朝から晩まで働いているカトリーナがいなくなったことを惜しいと思っている自分がいた。

(こんなことなら、わたくしが嫁ぐまであの女がここにいればよかったのに……!)

けれどシャルルの脳内にこびりついて離れないのはドレスを着せた時のカトリーナの美しい容姿。

透き通るようなホワイトベージュの髪と人形のような大きな瞳と形のいい唇。

それが父にそっくりで腹が立つ。

思えば、幼い頃に見たカトリーナの母親もとても美しい女性だった。

最後は見る影もなかったが。

(なんでこんなにわたくしが、こんな思いをしなくちゃいけないのよ!全部あの女のせいなんだからっ)

いつまでもグズグズと鼻を啜りながらグラスの破片を片づけている侍女に暴言を吐き掛けながらシャルルは部屋に戻る。

今はベル公爵の怒りが落ち着くまで、サシャバル伯爵邸で大人しくしろと言われて、シャルルは数ヶ月も退屈な生活を強いられている。

ガリガリと爪をかみながらシャルルは今後のことを考えていた。

(わたくしがいない間にオリバー殿下が、あの性格最悪のブスに取られちゃう……!わたくしをこんな目に合わせるなんて絶対に許さないっ!卑怯者めっ)

母もシャルルと同じように苛立っているのか、最近は顔を合わせては口論ばかりになってしまう。

なんでも許してくれていた父も「今回ばかりは許せない」と、生まれて初めてシャルルに厳しい態度で接してくる。

サシャバル伯爵家はこれ以上ないくらいに最悪な状態だった。

シャルルはカトリーナを人だと思ったことはなかった。

なんでもやっていい人形と同じ。

幼い頃は可哀想だと思っていたこともあったが、そんな感情はいつの間にかどこかにいってしまい、なんでも言うことを聞く便利な道具だと思っていた。

幼い頃は母に『あの女は穢らわしい存在なの。シャルルは絶対に近づいてはいけないわ』そう言われて育っていた。

それはカトリーナの母を指していた。

だから近づかなかったし、カトリーナの存在も最初は知らないまま。

初めてカトリーナに会った時、頬をパンパンに腫らしていた。

髪もゴワゴワで服も汚く臭くて、母が言っていた言葉の意味を理解した。

(本当だわ……なんて穢らわしいの)

シャルルがマナーを学んでいる時には、カトリーナは埃まみれで働いている。

シャルルが可愛らしいドレスを着てお茶会に出ている時にも、カトリーナは床に這いつくばっている。

シャルルが煌びやかな会場でダンスを踊っている時も、邸ではカトリーナがご飯すら食べられずに刺繍を刺している。

同じように成長したとしても、シャルルとカトリーナは別の存在だった。

(ああ……なんて惨めなの!最高だわ)

母がカトリーナの母親を執拗に虐げていたが、その理由がわかったような気がした。

(あの子は何も持っていない。わたくしは何でも持っている……!)

抵抗もできずに嬲られている姿はシャルルの心を満たしてくれる。