作品タイトル不明
②④
クラレンスはカトリーナに背を向けながらそう言った。
カトリーナはクラレンスと共にいる時だけ、特別な感情になることに気づきはじめていた。
(なんだか、とても……ドキドキする)
ナルティスナ邸で暮らしはじめてから嬉しくて気持ちがフワフワしたり、こんなに幸せでいいのか気になったり、今まで経験したことのない気持ちになっていく。
クラレンスと共に過ごす時間はうまく言葉に言い表せないがカトリーナにとっては『特別』だった。
強くて美しくて優しいクラレンスと共にいたいと願うたびにもう一人の自分が引き留める。
『あなたにそんな価値があるの?』
そう問いかけられると、あと一歩が踏み込めなくなってしまう。
今、カトリーナには屋敷を綺麗にしたりすることしかできないけれど当たり前のように食事がもらえて、清潔な部屋を用意してもらえる。
着替えもたくさんあるし、休憩ももらえて、皆がカトリーナに優しくしてくれた。
ここでは誰もカトリーナを責めたり怒ったり、叩いたりしない。
(ここにずっといれたらいいのに……クラレンス殿下はああ言ってくださったけれど、私がここに居続けてしまえば迷惑になってしまう)
カトリーナは精一杯、恩が返せるようにと努力しているつもりだが、もらっている分を考えたら全く足りない。
そのまま数ヶ月の月日が経って、気候もよくなり雪も舞うこともなくなっていった。
カトリーナも令嬢としての立ち振る舞いを身につけて、だいぶ形になってきたように思う。
クラレンスはいつものようにトーマスと共に国境の見回りに向かった。
ナルティスナ邸に今までに見たことがない豪華な馬車が連なって止まっているのを見て、カトリーナは驚いて掃除の手を止めた。
ニナとゴーンが馬車を見て慌て玄関へと迎えに行く。
馬車の中からは上品で煌びやかなドレスを纏った女性と、オレンジ色の髪に金色の瞳の高級感のある服を着た青年が降りたってくる。
ニナとゴーンが対応している間に、カトリーナは来客を迎える準備を黙々と行っていた。
「ニナ、ゴーン……!久しぶりね」
「王妃陛下、驚きましたわ!」
「近くまで来たものだから、クラレンスの顔を見たくなって。急にごめんなさいね」
「兄上は全然王都に来ないからね。もしかして国境の見回りの時間と被った?」
「はい、そうでございます」
「オリバー殿下、お久しぶりです」
玄関から聞こえるニナとゴーンの言葉にカトリーナは驚いていた。
どうやらクラレンスの母親でこの国の国母である王妃と、弟のオリバーがお忍びでやってきたようだ。
応接間に二人を通して、カトリーナは紅茶を用意したワゴンと共に扉の外に立っていた。
ニナが扉から出てくると、カトリーナは「準備しておきました」と言って声を掛ける。
ニナの驚いた顔を見て余計なことをしてしまっただろうかと心配していたが、ニナはカトリーナの手を掴んでブンブンと振って喜んでいる。
「ああ、さすがです!カトリーナ様、ありがとうございます!」
「いえ」
「──カトリーナ!?今、カトリーナと言ったわね!そこにいるのっ!?」
王妃がカトリーナの名前を聞いた途端にこちらに近づいてくる。
扉が勢いよく開いたことでカトリーナは肩を揺らした。
そこにはクラレンスに似た美しい女性が立っていて、カトリーナにグッと顔を近づけた。
カトリーナは無意識に一歩後退する。
迫力がある威圧感はクラレンスによく似ているような気がした。
暫くカトリーナを見つめた後に、スッと目が細まった。
「ニナ……これは一体どういうこと?」
「え……?」
「手紙に書いてある内容と違うじゃない。本当にこの子がクラレンスと?」
「はい、そうですが……」
ニナは平然と首を傾げているがカトリーナは緊張からか、頭を下げた。
王妃の雰囲気や言葉を聞いて反射的に責められると思っていたからだ。
カトリーナが深々と頭を下げていると王妃から「顔をあげてちょうだい」と声がかかる。
カトリーナはゆっくりと顔を上げた。
「ちょっと母上、いきなり失礼ですよ……!」
「オリバー、おだまり。これは一大事なのよ」
「ですが……」
「それにクラレンスのためでもあるの」
その言葉を聞いてカトリーナは急に恥ずかしくなった。
こんなに近くにいてもクラレンスはやはり遠い存在だと改めて思い知らされる。
恐らく王妃はカトリーナがクラレンスの側にいることに否定的なのだと思った。
そんな時、パタパタと遠くから足音が聞こえてくる。
時間的にクラレンスとトーマスが帰ってきたのだと思った。
カトリーナの頬にそっと王妃の手が触れる。
叩かれると思ったカトリーナが反射的に目を瞑り体を固くした。
その瞬間、体が包み込まれるように抱きしめられることに気づいてカトリーナの頭は混乱していた。
「オリバー、見てちょうだい!なんて可愛らしいのかしら。お人形さんみたいだわ……!」
「…………!?」
「こんなに可愛いいのなら、やっぱり何着かドレスやプレゼントを持ってくるべきだったわ!ニナ、どうして言ってくれないのよ~!」
「王妃陛下がこうなると思っていたからです!カトリーナ様がびっくりしてしまうので言いませんでした」
「さすがニナねぇ。だけどわたくしったら気になって気になって、ここまで来ちゃったのよ?クラレンスも全然王都に来てくれなくて心配で」
カトリーナは王妃の豊満な胸に顔が埋まるというはじめての経験をしながら、されるがままだった。
クラレンスに怒られないように見回りの時間を狙ってオリバーを連れてきて様子を見に来たらしい。
「──母上ッ!」
「あら、クラレンス」
「嫌な予感がしたんだ。今すぐにカトリーナを離してくれ」
「だめよ!今からニナと女同士でお茶をするんだもの。それにしてもここは普段は寒いけれど、この季節は過ごしやすくていいわね。涼しいわ~」
「勝手なことをしないでください」
「クラレンス、わたくしは心配していたのよ?十二歳であなたが王都を出て行ってから心配しなかった日はないわ!それにベル公爵に変な噂まで流させて……それがこんな可愛らしい子と愛を育んでいるなんて、わたくしはそれが心から嬉しいのよ」