軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10. ブランシュが本当に欲しかったもの

「お前を愛することはない」

ブランシュがレオンにこう告げられたあの初夜、ブランシュはレオンに抱かれたわけではなかった。酒をしこたま飲ませて酔い潰し、彼が目覚めるまで部屋にいただけだ。レオンが起きる頃を見計らって、ブランシュはレオンの隣に潜り込み、あたかも酔って事に及んでしまった可能性があるかのように見せかけた。

ブランシュの目論見通りレオンは勘違いをし、また多くの使用人達もレオンとブランシュの初夜は完遂したと認識した。

レオンが騎士団に向かったのを見届けると、ブランシュは夜、公爵家当主であるシモン・オーベルヴィリエの寝室を訪問した。

シモンに迎え入れられるとブランシュは彼にすがりつき震えながら涙を流した。

「私、レオン様に拒絶されてしまいました。私とは白い結婚だと」

ブランシュはシモンの胸で子供のようにぐすぐすと泣き続けた。シモンがブランシュの頭を優しくなでて、落ち着かせようとした。そしてブランシュが一通り泣き終わるとベッドに腰掛けさせた。

ブランシュは悲痛な表情を浮かべながらぽつりぽつりと話し始めた。

「私は実家イエール伯爵家では疎まれて育ちました。優しい使用人達が守ってくれましたが、父や義母は私に冷たく当たりました。王城でも・・・アネット妃殿下はよくして下さいましたが、フィリベール殿下に愛されることはありませんでした」

ブランシュの青い瞳から再び涙がこぼれ落ちる。

「私は魅力のない女なのでしょうか」

「そんなことはない。君は素敵な女性だ。美しくそして優秀だ。自信を持っていい」

シモンは優しい声でブランシュを慰める。実際、シモンはブランシュを優秀だと評価していた。そしてその美貌も。今のブランシュはガウンを羽織っているがその下は薄いナイトドレスだ。18歳のブランシュはさらにそのプロポーションに磨きがかかり、魅惑的な美女へと成長していた。そして隣同士で腰掛けると、否が応でもブランシュの形の良い豊満な胸が目に入り、シモンは気まずくなって目線をそらした。

「フィリベール殿下に捨てられた私をオーベルヴィリエ公爵家は拾って下さいました。もう行き場のない私を公爵家の皆様は温かく迎えて下さったのです。とても嬉しかった・・・」

ブランシュが肩をふるわせる。シモンはブランシュを安心させるようにその肩にふれ、そっと抱き寄せた。ふわりと甘い香りがシモンの鼻腔をくすぐる。ブランシュがつけている香水か洗髪料だろう。

「私はオーベルヴィリエ公爵家に恩を返したい。ここに来たお役目を果たしたいのです」

ブランシュの潤んだ瞳がシモンを見つめる。

「君はよくやっている。オーベルヴィリエ公爵家にとってなくてはならない存在だ」

シモンが慰めるがブランシュは首を横に振った。

「いいえ。私がオーベルヴィリエ公爵家に来たのは後継ぎを産むためです。このままでは私はお役目を果たすことは出来ない」

シモンが目を見開いていると、突然ブランシュに押し倒された。

そして腹の上に跨がられ、上から見下ろされるような格好になる。

「レオン様に拒絶されてしまった私にはシモン様、もうあなた様しかいません」

シモンを見下ろすブランシュの表情はどこか切なげだ。青い瞳は潤み、頬は紅潮している。呼吸も少しばかり荒い。そして夜の照明がブランシュの肢体を浮かび上がらせていた。肌は白く、一点の曇りもなくきめ細やかだ。胸元には大きく形の良い乳房がたわわに実っている。そして腰は細く、腹部からお尻にかけての曲線はとても魅惑的だ。

「シモン様、どうか私を受け入れて。オーベルヴィリエ公爵家の一員にして下さい」

こんな絶世の美女に上に乗られ、切なそうに懇願されたら耐えられる男などいるだろうか。いやいない。

シモンはあっさりと沈んだ。

そして一度身体を繋げてしまえば、二度目三度目の障壁はないも同然だった。

こうしてブランシュはオーベルヴィリエの血を引く子をもうけた。彼女は当初子供の数を2人と考えていた。だがシモン・オーベルヴィリエが3人目を望んだ。おそらく2人がどちらも娘だったから、シモンは3人目に息子を望んだのだろうとブランシュは思っている。3人目を望まれた時、ブランシュは多少悩んだが、3人目と引き換えに取引を持ちかけた。

それは3人目の懐妊がわかった時点で、件の特例を適用してブランシュにオーベルヴィリエ公爵家の家督を譲ること、レオン・オーベルヴィリエを廃嫡とすることである。シモンはそれを受け入れ、ブランシュは22歳の若さでオーベルヴィリエ公爵となったのである。

ブランシュはシモンを愛したわけではない。夜を過ごす時は愁傷な様子を見せたが、もちろん演技である。シモンはピエール王やフィリベール王太子、レオンと比べれば好感の持てる人物だが、恋愛の情を抱く対象ではない。ブランシュはオーベルヴィリエの血を引く子供を望んだが、シモンでなければいけないというわけではない。だがレオンとどちらがいいかと言えば間違いなくシモンだ。レオンとは魔力差婚となり、妊娠・出産のリスクが高い。シモンならば魔力的な釣り合いはとれる、レオンと比べれば紳士的であるから乱暴されることもないだろう。何よりレオンに流れる略奪平民女の血を混ぜたくない。

ブランシュが本当に欲しいものを手に入れるにはオーベルヴィリエの血を引く子が必要だ。お腹の子はブランシュに本当に欲しいものをくれる大切な子だ。そう考えるととても愛しい。最初の子の妊娠がわかった時、生まれて初めてうれしさに身を震わせた。ああ、いよいよこれで欲しいものが手に入る時が近づいてきたと。

ブランシュが欲しかったもの。

それはオーベルヴィリエ公爵家の大きな屋敷であり、ひいてはオーベルヴィリエ公爵家そのものだった。

王城を去り、オーベルヴィリエ公爵家に向かう馬車の中でブランシュは『自分が本当に欲しいもの』について考え続けていた。かつて求めていたものは浮かぶが、今欲しいものはなかなか思い浮かばなかった。

そして御者からまもなく公爵家に到着することが告げられた。カーテンをめくり、そこからのぞく公爵家の屋敷を見た時、ブランシュの胸は跳ねたのである。

初めはブランシュ自身にもよくわからなかった。だが馬車が公爵家の正門に到着するとブランシュの胸がまた跳ねたのである。そしてブランシュははっきりとそれを見た。

美しく整えられた広い庭園、中央には噴水がある。左側にはバラ園だろうか。赤いつぼみが馬車からも見える。そのそばには四阿があり、季節になればバラ園を眺めながらお茶を楽しめそうだ。

そして中央に立つオーベルヴィリエ公爵家の屋敷。左右対称の大きな邸宅、白亜の壁は美しく磨かれている。そして屋根はブランシュの瞳と同じサファイヤのような濃い青色。

かつて幼いブランシュが理想のお家として紙に描き、夢に見たそれが、現実の世界でブランシュの目の前に現れたのである。

ブランシュの胸は早鐘のごとくドクドクと鼓動を打っていた。そしてその瞳は公爵家の本邸を映し出していた。

恋をしたのだろうか? 公爵家の屋敷に?

違うような気がする。

この感情はそれよりももっとどす黒く粘っこいもの。

ワ タ シ ハ コ レ ガ ホ シ イ

それはブランシュが16年間抑えつけてきた感情だった。そして16年分たまりにたまったそれが公爵家の本邸を見た時、一気にあふれ出したのである。

一度自覚してしまうともう止まらなかった。

「私はこのお家が欲しい。白い壁も青い屋根も私のものにしたい。お家だけじゃない、お庭も噴水も私のものにしたい。全部全部全部欲しい」

荒れ狂うその感情にブランシュは胸をかきむしりたくなったがなんとか耐えた。

そして止まらない鼓動に気づかないふりをしながらブランシュは公爵邸を案内された。公爵家本邸は外観もさることながら、その中身もブランシュが描いた理想のお家そのものだった。派手すぎない落ち着いた内装、装飾は四季折々の花をモチーフとして統一されているようで、なんとも可愛らしい。調度品もデザインが合わせられておりとても好ましい。

「ああ、欲しい欲しい欲しい。全部欲しい。全部私のものにしたい」

吹き荒れる感情は止められなかった。正直よく最初の一日を耐えられたものだと今でも思う。

居室に案内されてベッドに身を委ねた時は流石にほっとした。だがその居室もやはりブランシュの理想通りのもので、自分のものにしたいという欲望が収まることはなかった。いや、むしろそれ以上の感情が溢れて止まらなかった。王城のように居心地の悪さを感じることもなければ、他人の家に居候しているような気分になることもない。むしろ全く逆、調度品の全てがブランシュの好むもの、寝具は使い慣れているかのようにふんわりと優しくブランシュを包んでくれる。ほのかに香るアロマもブランシュの心を落ち着けてくれる。部屋の雰囲気もブランシュを温かく見守ってくれているかのような。いいえ、この家そのものがブランシュを迎え入れているよう。

コ ノ イ エ ハ ワ タ シ ノ タ メ ニ ア ル

ベッドに身を沈めブランシュははっきりと自覚した。自分が本当に欲しいものはこのオーベルヴィリエ公爵家の“家”で、オーベルヴィリエ公爵家の“全て”なのだと。

ならば手に入れよう。もう手の届くところにそれはあるのだから。ブランシュは自然に自分の頬が緩むのを感じた。そして笑い声が漏れ出そうになっているのに気がついた。

駄目よ。まだ駄目。手に入れたければきちんと計画を立てなければ。少しずつ、だが確実に。

まずはこのオーベルヴィリエ公爵家にブランシュの存在を刻むことだ。この家に必要な存在にならなければならない。そして最終的にはオーベルヴィリエ公爵家をブランシュのものにしたい。ブランシュ自身がオーベルヴィリエ公爵になれれば一番だ。

ブランシュの頭の中でオーベルヴィリエ公爵家を彼女のものにするための計画・方法・順序が高速で組み立てられていった。

こうして立ったのがブランシュが公爵夫人となる計画とブランシュ自身が公爵となる計画だった。途中まではどちらも同じで、ブランシュがこの家に必要とされる存在だと言うことを知らしめる。使用人達はぜひとも味方につけておきたい。彼らはブランシュのお家を守ってくれる大切な存在なのだから。

ブランシュが公爵夫人となる計画はまっとうなものだ、レオンと夫婦となり、子をもうける。少なくとも家政はブランシュの自由になるはずだ。レオンがどれ程の人物かわからないが、好ましいものならこちらも誠実に接するべきだ。魔力差婚となる点は懸念だが、レオンが聡明な人物であれば代案はあるはずだ。

もしレオンが碌でなしだったらブランシュ自身が公爵となった方が良い。ブランシュ自身が公爵となるには、嫡子の座に居座っているレオンを追い出さなければならないが、なかなか難しい。戦乱の世の時代に定められた継承権の例外規定が使えそうだが、これが有効となるのはレオンが無能で公爵家の次期当主の資格なしと判断される場合のみだ。

天はブランシュに味方した。

レオンは無能の碌でなしであり、次期当主の資格なしと判断されるに十分な人物であった。そしてレオンが白い結婚を叫んだことにより、ブランシュは遠慮なくレオンを追放する計画を実行したのだった。

16歳でオーベルヴィリエ公爵家に嫁いで6年、ついにブランシュ自身がオーベルヴィリエ公爵となり、オーベルヴィリエ公爵家の全てを手に入れた。

執務室での一件があった翌日、粗末な馬車にレオンは放り込まれ、公爵家を後にした。

執務室の窓からブランシュは馬車が出て行く様子を眺めていた。足かけ6年の計画が、全てが完了した瞬間だった。

ブランシュは一人になりたいと告げ、控えていた侍女を下がらせた。

ブランシュは広い執務室に一人たたずむ。とても静かだ。いつも広い執務室の傍らでブランシュや乳母に見守られながらコロコロと遊んでいる二人の幼い娘達もいない。今頃はきっとお昼寝の時間だろう。

ああ、これで全てが手に入った。

ブランシュは身を震わせた。こんなに嬉しいのは生まれて初めてだ。

ふふ、と声が漏れてしまうが今は誰もいない。

ふふ、ふふふ、あはは、あははははははは!!

ブランシュは声を上げて笑った。

嬉しさが止まらない。

白い壁と青い屋根の理想のお家も、広いお庭も、綺麗な噴水も、全部ぜーんぶ私のものになった。

それだけではない、オーベルヴィリエの全てが私のものだ。

それがたまらなく嬉しい。

あははははははは!!

笑いすぎて涙が出てきた。なんだかちょっとおかしい。

その時、お腹がポコンと動いた。

「あら、あなたも私を祝福してくれるの」

ブランシュはお腹に宿った命を愛おしそうになでた。

「あなたはきっと素敵な子に育つわね」

ふとこれからのことを考える。

手に入れたものは大切にしなければ。ブランシュは人一倍手に入れたものに対する執着が強かった。そして彼女自身それをよく自覚していた。

公爵家の理想のお家、可愛い娘達、優秀な使用人達、オーベルヴィリエ公爵家の全てが愛おしい。これからはこの愛おしいもの達を守らねば。そのためならブランシュはきっとなんだって出来るし、愛おしいものを傷つける輩は容赦しない。レオンに対してそうだったように。

ブランシュにとってレオンは最後の方になると彼女のオーベルヴィリエ公爵家を汚す害虫扱いにまで成り下がっていた。しかし、それを表情にも態度にも全く出すことはなかったから、おそらく誰も気がついていなかっただろう。淑女教育のたまものだ。淑女教育では表情を出さないことを学ぶが、それを逆手にとって意図した表情を見せることだって可能だ。オーベルヴィリエ公爵家を手に入れるためなら造作もなかった。

クロエに言ったら「怖い」とか言われそうだなと苦笑する。

シモンは領地で仕事をしてくれて、娘達の良いお爺ちゃんでいてくれる限りはそのままそっとおくしておくつもりだ。だがもし再び略奪平民女を引き入れてブランシュのオーベルヴィリエ家を奪おうとするなら容赦するつもりはない。もっとも、その可能性は低いとブランシュは見ていた。

シモンは基本的には善人だ。真面目ではあるし責任感も強い。だが一時のムードに流されやすい傾向はありそうだ。かつても略奪平民女に迫られ、関係を持ってしまったが故に、婚約破棄という道を選んでしまったのではないかと、ブランシュは読んでいる。ブランシュにあっさり身体を許してしまったのもその傍証かもしれない。そして彼は責任感が強い故に、一人で抱え込み、全てを背負おうとした。冷酷な貴族であれば仮令一夜の関係を持ったとしても、それが家の利益にならないものであれば容赦なく縁を切る。そうしなかったのは彼の優しさではあるが甘さでもある。略奪平民女はそこにつけ込んだのだ。そして今の彼はブランシュにも後ろめたさがあるだろうから、ブランシュやその娘達に危害を加えることはしないはずだ。

「執務を全て抱え込んでいるのだから、激務になるわよね」

シモンが執務に追われていたのは、公爵夫人不在もあったが、彼がその責任感故に全て抱え込んでしまっていたからだった。ピエール王やアンドレ・イエール伯爵のように全部丸投げするのは問題外だが、シモンのように全て抱え込むのも難ありである。周りの部下や使用人達の働きもどこかぎこちなかった。

ブランシュはその点、割とバランスを取っていた。自分が携わらなければいけないものはもちろん自身で処理するが、他に任せられそうなものは割とあっさり任せていた。

ブランシュがいくら優秀でも一人だけの力ではシモンが抱えていた執務を劇的に軽減することなど出来やしないのだ。任せられるなら他の人に任せることも大切だ。

冷遇されていたイエール家で心優しい使用人に守られて育ったブランシュは、頼れる人の大切さをよく知っていたのである。

そもそも誰かの協力がなければ、シモンの寝室に夜訪問するなんて出来やしない。これも、彼女が公爵家古参の使用人から信頼を得て、彼らを抱き込んだ結果だ。

家令のジョルジュを始め、少数の古参の使用人達にブランシュはこの計画の一部を明らかにしていた。そして甘い毒を垂らしたのである。

「オーベルヴィリエ公爵家から略奪平民女の血を排除したいと思わない? 私ならばそれが出来るわ」

シモンを誑かした略奪平民女を苦々しく思っていた古参の使用人達にこの甘い毒はよく効いた。そして毒を垂らした彼らにその場を作ってもらったのだ。

といってもやってもらうのはほんの少しのこと。シモンの寝室の鍵を持ってきてもらうことや、事情を知らない使用人を近づけないことなど。無茶な要求はしていない。それゆえ、余計に協力を得やすかったのである。

ブランシュはシモンに恋慕の情はない。だが、不幸になって欲しいとまでは思っていない。むしろこれからは穏やかに生きて欲しいと思っている。

もっとも、領地にいるはずの略奪平民女ことシモンの『真実の愛』は、とっくの昔に別に男を作って出て行ってしまっていることが先日の報告に上がっていたから、ブランシュは「真実の愛って何でしょうね」と遠い目をするしかなかった。