軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

48 魔人

「まったく。あそこでこの子たちは死ぬはずだったんです。あの竜を用意するのにどれだけの時間がかかったか。潰れた私を見て、恐怖に染まる顔は本当に素晴らしかったのに。すべて台無しにしてくれました。そうやって空気が読めないから、貴方は同胞にも嫌われるんですよ」

助手の男性は言った。

〖貴方があの竜を生みだしたの〗

「ええ。もっとも、貴方たちが来るのは想定外でしたがね。本当は、ベルナルド・アボロを殺してそれで終わりだったはずなんです。自分が追っていた謎。魔王の封印を維持したいという大義。そのすべてを寸前で信頼していた助手に裏切られて奪われる。希望が絶望に染まるその瞬間を見たかった」

〖そのために助手をしてたの〗

「もちろん、そのためだけではありません。《反動魔法》のことを知る人が増えると魔族としては困りますから。しかし、下手に動くと人間は聡いので勘づかれる可能性がある。疑念を持たれないよう、慎重にことを進めました」

魔人は言う。

「学術界で力を持つ権威者に近づき、信頼を勝ち取ってから嘘を流布しました。ベルナルド・アボロは貴方たちを時代遅れの老いぼれだとバカにしている、と。彼は学術界から孤立し、その研究を信じる人もいなくなった。人間は見たいものを見る生き物ですからね。嫌っている相手の研究はどんなに正しくても受け入れない。思い悩むベルナルドの姿は傑作でしたよ。あれは本当に素晴らしかった」

軽やかな口調。

それから、低い声で続けた。

「しかし、ベルナルドは一人で研究を進めました。いくつか偉大な発見をして、『異端の探求者』、『魔法考古学界の伝説』などと呼ばれるようになった。強硬手段を執らなかったのは結果として裏目に出ました。その上、彼は常に周囲を警戒していた。助手の立場になっても簡単に殺すことはできなかった。予定より随分時間がかかってしまいました」

〖どうしてそこまでして《反動魔法》を隠そうとするの〗

「邪魔だから。そして嫌悪しているからです。偉大な王を殺した魔法ですからね。欠けているものへの願いが強い魔法を作るという考え方も気に入らない。甘え以外の何物でもないではないですか。欠けたところなんてない方がいいんです」

〖貴方は欠けたところがないの?〗

「我々魔族は人間よりも優れた生物種ですから。とはいえ、たしかに欠けているものにも好ましい部分がまったくないわけではないでしょう。劣っているものを見るのは気持ちいい。侮蔑し、あざ笑うのはもっといい。愚者が使うアヘンのようなものなので品格ある我々はあまり使いませんが」

魔人は言う。

「貴方にも理解できる部分があるでしょう。同胞同士で侮蔑し合い、集団での攻撃を楽しむ貴方たちなら」

魔人の言葉には、いくらかの正しさが含まれているように感じられた。

小さい頃から、話せないアリアは遠ざけられることが多かった。

魔法が好きすぎて気づかないことも多かったけど、今思えば仲間はずれのようなこともあったような気がする。

猫が小鳥をもてあそぶように。

子供が虫を殺して遊ぶように。

人間の心には、残虐性の種がたしかにある。

その種が人より大きくて、相手の心に寄り添えない人もいるのかもしれない。

あるいは弱い立場になった経験が少なくて、弱い側の気持ちがわからない人もいるのかもしれない。

それでも、アリアは弱さに寄り添える人でありたいと思った。

弱さを力に変えられる自分でありたい。

完璧でない自分を、ダメなところも一緒に認めてあげたい。

〖貴方の考えをわたしは否定しない。貴方はわたしよりもたくさんの経験をしているし、人間と違う考え方も神様が作った素敵なものだと思う。みんな違ってみんないいから。貴方みたいな人がいるのも素敵なこと〗

アリアは言う。

〖でも、貴方がわたしの大切な人を傷つけるなら。わたしは、わたしにできるすべての力を使って、貴方をぶっ飛ばさないといけない〗

「この状況で私に勝てると本気で思ってるんですか?」

魔人は口角を上げた。

「これは傑作だ。今、目の前で特級魔術師が敗れたのを見たでしょう。状況を正しく理解できていないようなので教えてあげます。魔術師は不意打ちと近距離での戦闘に弱い。魔法を起動する前に倒されたら何もできませんから。そして今、貴方は私の剣の間合いにいる」

魔人は剣をアリアの首筋にあてる。

アリアの長い銀色の横髪が宙を舞う。

鋭利な刃がマフラーの繊維を切断する。

マフラーがはらりと落ちる。

白い聖痕の浮かぶ裸の首筋が現れる。

「戦いは既に決着している。未熟な貴方にも理解できましたか?」

〖貴方の言葉は正しいと思う。普通の魔術師ならこの状況では多分勝てない〗

「教えれば理解できるくらいの知性はあるようですね。何よりです」

〖でも、わたしは普通のことができない魔術師なの〗

瞬間、魔人は全身が総毛立つのを感じた。

子供のそれとは思えない魔力圧。

一切の予備動作なく起動する魔法式。

思考するよりも早く、魔人の直感は正確な判断を下している。

(何かよくないことが起きようとしている)

魔人は少女の首を切断することを決断する。

神経回路を電気信号が伝う。

細胞が反応し筋肉が収縮する。

魔人の剣が少女の首を切断する。

しかし、それは錯覚だった。

瞬間、彼の右腕は消失している。

振動による爆発。

右肩の関節を内部から爆発させて弾き飛ばす。

引きちぎられた腕と細い剣が中空をゆっくりと回転しながら浮かんでいる。

(右腕がなくても左腕がある)

魔人は魔力を具現化させて細い剣を生み出す。

切断しきれなかった少女の首筋に一閃する。

しかし、細い剣はコントロールを失い、彼女の後方にある地底湖に向けて中空を飛んでいた。

左肘から先がなくなっている。

(まずい。身体を再生させなければ)

魔王に血を分けられた魔人の肉体。

他の生き物とはまったく違う異常なまでの回復速度。

しかしアリアの魔法は、魔人の回復速度よりさらに早かった。

速度を優先した振動による小爆発の連続攻撃。

左の脇腹が爆ぜる。

大腿部が爆ぜる。

肋骨が爆ぜる。

内臓が爆ぜる。

(早い――あまりにも早すぎる)

尋常な魔術師ではありえない起動速度。

無詠唱だとしても明らかにおかしい。

(こんなの、前もって何らかの準備をしてないと)

そこまで考えて、魔人は息を呑んだ。

(この子供、話しながら私の体内にある魔素を振動させて)

用意されていた反撃の火種。

会話はそのための時間稼ぎ。

加えて、身体から近ければ近いほど、魔法の源である魔素を操作する力は向上する。

至近距離だったことを逆用した攻撃。

身体が次々に爆ぜる。

白い光が闇の中で明滅する。

肉体はみるみるうちに引きちぎられて失われる。

十秒に満たない時間。

魔人の身体は頭部だけになっていた。

湿った石の上に落ちて転がった。

「この私がどうして――」

頭部だけの魔人が呆然とつぶやく。

〖完璧な貴方より欠けているわたしの方が強い〗

アリアは既に魔人を見ていなかった。

ローレンスさんを抱きかかえて振動魔法を起動する。

(傷口が深い。でも、これならまだわたしの魔法で治せる)

貫通している剣を身体から引き抜く。

泥の中から何かを引き抜いているような感触。

あふれ出る血を振動魔法で圧迫して止血しながら、細胞をマッサージして回復を促進する。

「その人を治療していいのですか?」

魔人の声が地底湖を反響する。

アリアは手を止めずに治療を続けている。

「彼は魔王の封印を解こうとしていますよ」

アリアは一瞬手を止める。

心の中に浮かんでいた疑念がよみがえる。

ありえない、と思い直して魔法による治療を続ける。

「嘘じゃありません。本当です。だって、ローレンス・ハートフィールドというのは嘘の名前なんですから」

魔人は言う。

「彼はいくつもの名前を使いながら密かに生き延びていました。気づかない人間たちをあざ笑っていたんです。だから、名前にヒントを入れた」

地底湖に声が響く。

「Laurence Hartsfield。良い名前ですよね。並べ替えるとFrederic Allenhaustになる」

魔人は言った。

「ねえ、聖女を憎んでいる【裏切りの魔術師】――フレデリック・アレンハウス」