軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十七話 仇敵

ティアムーン帝国皇女、ミーア・ルーナ・ティアムーンの仇敵と言えば、言わずと知れた二名、シオン・ソール・サンクランドとティオーナ・ルドルフォンが有名である。

しかし、革命軍に捕らわれたミーアを実際に処刑したのは、実はそのどちらでもなかった。

うら若き女性に手をかけるなどという後味の悪い栄誉を賜ったのは、ディオン・アライアという帝国軍の元将兵だった。

革命が起きてすぐに革命軍に転向した彼は、名だたる将兵を己が剣で屠り、帝国軍を瓦解させるのに、大きな役割を果たした。

革命軍一の功労者である彼が求めた褒美こそ、皇女ミーアの首だった。

彼の願いを聞き、当初は困惑したシオンだったが、彼の経歴を聞いて納得した。

ミーアのわがままによって始まった紛争、 静海(セイレント) の森の戦いにおいて、彼の部下は彼を残して全滅したのだ。

部下の敵討ち、それこそが、彼を革命軍に転向させた動機だった。

「なぜ、まだ戦端を開いていないのだ? 軍はやる気がないのか?」

ベルマン子爵の館に呼びつけられたディオン・アライア百人隊長は、ニコニコ笑顔を崩すことなく、以前言ったのとまったく同じ言葉を返す。

「ですから、我々の目的はあくまでも治安維持。不必要な戦闘をする必要はないかと……」

先日も同じことを申しましたが、頭が悪いんですか? と口に出さないだけの分別は持っているつもりだったが、そのうち、こちらの理性も焼き切れるかもしれないなぁ、などと、他人事のように思う。

「あの森は、ルールー族のテリトリー。戦えばこちらにも相応の被害が出ます」

自分一人であれば生き残る自信はあるが、部下たちは厳しいというのがディオンの見立てである。

「兵は領主のために命を張るものだろう? 何のために養ってやっていると思っている?」

「我らは皇帝陛下の兵です。子爵ともあろう方が不見識ですね」

つい付け加えてしまった本音に、子爵の頬がひくっとひきつる。

「我らはあくまでも皇帝陛下の信認を得た黒月省より、森の治安を維持せよとの命を受けてきております。勝手に戦端を開くことは皇帝陛下の……」

「ああ、もうよい」

子爵はうんざり顔で、手をひらひら振った。

「やれやれ、まったく貴族様ってのは、気軽に殺しあえなんて言うんだから、気楽なもんだね」

館から出て、思わずため息。

「お、隊長、終わったんですかい?」

ディオンを見つけたのか、門の所で待っていた大柄な兵士が小走りに寄ってきた。

ひげ面で、山賊か? とツッコミを入れたくなるような風体の男だが、その瞳には、訓練された兵士特有の鋭い光が宿っていた。

「で、首尾はどんな感じで?」

「変わんないよ。あの森で戦うのは危険が大きすぎる。僕と君ぐらいじゃないか? 生きて帰れるのは」

「はは、ちげえねえや。けど、隊長と副長だけ生き残るってのも風聞が悪いですからな」

豪快に笑う副長に、ディオンは小さく肩をすくめる。

「しかし、帝都に行ったっていうから、てっきり皇帝陛下の勅命でも持って帰ってきたのかと警戒したけど、どうやらあまりうまくはいかなかったみたいだね……」

「そいつは、どうだか。安心するのは、ちぃっとばっかし早いかもしれないですぜ?」

「うん? それはどういう……」

ディオンは言葉を切って、前方からやってくる一団に目をとめた。

帝国軍の一般的な装備とは違う、儀礼的な美しい鎧。実用性の薄い装飾過多な鎧を身にまとうは、帝室を守り奉る帝国軍一の忠義者の集団。

「近衛兵、か」

「ええ、なんでも噂によると、帝都から皇女殿下が視察にいらっしゃったとか」

「それはまた……」

いかにも嫌そうな顔をするディオンに、副長は苦笑いを返す。

「せっかくお姫様がいらしてるのにずいぶん不敬な顔をしてますな」

「あいにくと、王女様だの王子様だので盛り上がれるほどウブじゃない。それに……」

「やっぱり、隊長もきな臭いとお感じになりますかい?」

「タイミングがタイミングだ。子爵が帝都に行って連れてきたとみるべきだろうね。さてさて、子爵に何を吹き込まれたやら……」

「そんでも、うちの国の姫殿下はたいそう頭がおよろしいと聞きましたがね」

もじゃもじゃのヒゲをなでながら、副長が言う。

「こうあってほしいという通りには、絶対にならないものだ」

「そいつはまた、悲観的な。どこの哲学者のお言葉で?」

「僕だよ。希望的観測はたいてい外れる。そのおかげで、剣の腕も上がったわけだから、悪いことばかりでもない」

「そいつは要するに、何が起きても対応できるぐらいの腕っぷしがあればいいってことですかい?」

「簡単に言うとそうなるかな」

がはは、と豪快に、副長が笑う。

「そいつは実に隊長らしい哲学ですな」

その時、近衛に守られるようにして、小さな女の子が現れた。

――ふーん、ミーア姫、ねぇ……。

ディオンはなんとはなしに、そちらを見る。

ちょうど、顔を上げたミーア姫と目が合って……。

「ひええええっ!」

なぜか……、ミーア姫は卒倒した。

「……んで、こいつはどう乗り切るんですかい?」

「知らんよ」

副長のツッコミに肩をすくめて答えるディオンだった。