軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十話 商談

クロエの父、マルコ・フォークロードは、一代で大商会へと育て上げた商人だった。

商人としての深い見識と冷静沈着な判断のできる傑物として、同業の者たちから一目置かれる人物である。

そんな切れ者の彼が、娘をセントノエル学園に入れたのは純粋に娘の将来を思ってのことだった。大陸最高の環境で知識を学んでもらいたかったし、人見知りな娘にいい友達ができればいいと思っていた。

ただ……、まぁ、そのお友達がどこぞの貴族様で、コネができたらいいなぁ! ぐらいには思っていたが。

なにしろ、彼は根っからの商人なのだ。

利に敏く、転んでもただでは起きず、儲け話は見逃さない。

知恵を尽くし、いかに自分に有利な条件で取引するか、彼にとって商売とは、勝つか負けるかの勝負事だった。

それゆえ、どんな機会でも見逃さず活かしていくのが彼のモットーだった。

そんな彼でも、まさか、娘が大帝国の姫君と友達になるとは思っていなかった。

――娘よ、ご令嬢と友達になるのはいいが、もう少し、こう、加減ができたら、父としては嬉しかったのだが……。

などと思いつつも、彼はティアムーン帝国を訪れていた。

突如降ってわいた幸運を活かさない手はなかったし、それ以上に、娘の初めての友人に挨拶しておこうと思ったのだ。

ちょうど、帝国近くで取引があった折、彼はミーアへの面会を求めた。

帝国の叡智と噂されるミーア姫のこと、さぞかし多忙なことと思っていたのだが。

――十日以上は待たされると思っていたが、まさかこんなに早く面会がかなうとは……。

謁見の間に通されたマルコは、改めて上機嫌な笑みを浮かべる少女――ミーア・ルーナ・ティアムーンを見た。

クロエから聞いた通り、利発そうな瞳をした少女だ。

「お初にお目にかかります、姫殿下。クロエの父、マルコ・フォークロードと申します。商会の長ですが、騎士の爵位をいただいております」

「ようこそいらっしゃいましたわ。フォークロード卿。クロエはお元気かしら?」

「はい、おかげさまで……」

しばしの談笑を続けた後、ミーアは一瞬黙り込む。

再び口を開いた時、

「ところで、フォークロード卿、試みに問いたいのですけれど、海の向こう側から物を運んでもらうことは可能かしら?」

静かな口調でミーアは言った。

「は? あ、ええ、可能でございます。我々の商会では、商船も多数保有しておりますので、なんでもご用命くだされば……」

これは、もしや、商売のチャンスなのでは? 明るい笑みを浮かべて言った。

「それで、ご入用のものはなんでしょうか? 香辛料ですか? それとも 絨毯(じゅうたん) ですか? あちらの物は品質が良く、帝国貴族のみなさまにも、人気で……」

「小麦ですわ」

「は?」

ミーアの口から出た言葉に、マルコは一瞬目を丸くする。

海の向こうから小麦を持ってくる……、それは商人の常識では考えづらいことだった。

なぜなら、小麦なら、海外から持ってくる必要がないからだ。

帝国内でも近隣国でも小麦は取れる。わざわざ遠い場所から、長い時間をかけて運んでくる必要もなければ、メリットもない。

それが「ある」場所で買い取り、それが「ない」場所で高く売る。

それこそが商売の基本だ。

飢饉が起きて食糧が不足したならば、ひと儲けできるだろうが、普通ならば安く買い叩かれて、輸送費を回収することだとてままならないのが道理というもの。

地元産の安い小麦があるというのに、たいして味の変わらない海外の、それも輸送費込みの高い小麦を買う人間がどこにいるだろうか?

しかし、それだけではなかった。

ミーアが付け足した条件に、マルコは思わず目をむいた。

「それに条件がございますわ。値段は先に決めておいて、どんなことがあっても動かさないこと」

「それは、つまり……?」

「もしも、飢饉が起きていたとしても値段をつり上げることは許しませんわ」

「なっ……」

ほとんど滅茶苦茶な要求だった。

それでは、フォークロード商会にはなんのうま味もない。

むろんティアムーン帝国としては万が一の時のために、食糧の仕入れ先を確保しておくことに意味はあるのだろうが、それはあまりに一方的で……。

いや、とマルコは思いとどまる。

クロエから聞いた限り、ミーア姫と言う人は、権力を使って無理を通す性格ではないはず。で、あるならば、彼女の言葉の裏には必ず意味があるはず……。

――試されている、ということなのか?

マルコは、背筋が微かに冷たくなるのを感じる。気づかぬうちに彼は引きずりこまれていたのだ。

言葉と言葉で刃を交わす商談の場に。

――ミーア姫の言葉には、必ず意味があるはず。それに気づけるか気づかないかで、私が取引する価値がある人間かどうか、試そうというのか?

考える必要があった。

この取引、マルコが契約を結びたくなるようななにかとは、いったいなんなのか。

「ああ、そうでしたわ。言い忘れていましたが……」

その時、わざとらしく、ミーアが付け足す。

「最低限、決まった分量を買い取らせていただきますわ」

決まった値段、決まった分量を買い取る……。

どのような状況であっても、値段は動かさない。

飢饉であっても……、あるいは。

――そうでなかったとしても……? それはつまり。

ミーアの言ったいくつかの条件がマルコの脳裏で組み上がり、一つの結論を導き出す。

――物価の変動に左右されない商品、ということか?

瞬時に、そのメリット、デメリットを検討し、マルコは戦慄を覚えた。