軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十九話 剣術大会2

「あなたは……、確かアベル王子のお兄さま」

「はは、おぼえていてもらえたとは光栄ですよ。ミーア姫殿下」

慇懃無礼(いんぎんぶれい) に頭を下げて、アベルの兄は言った。

「ところで、聞くところによれば、我が弟のために弁当を作ってくださったとか」

「ええ、腕によりをかけて作らせていただきましたわ」

胸を張るミーアに、第一王子は小ばかにしたような笑みを浮かべた。

「くく、それはそれは、なんというか……。残念なことですな」

「は? なんのことですの?」

「いえね、アベルの初戦の相手は、この俺だったものですから。くくく、つまり、こいつは初戦で負け。負けた後で、食べる弁当の味は、くく、さぞかし美味しいことでしょう。よき敗戦の慰めとなりましょう」

にやにやと馬鹿にしたような笑みを浮かべて、

「いやいや、それにしてもまさか、本当に我が弟に恋をするとは、帝国の叡智などと言ってもしょせんは子ども。見る目がないことだ」

「お兄さま、ミーア姫に失礼なことを言わないでください」

アベルは焦って口を挟む。

兄は、レムノ王国の女性を基準にミーア姫を図っているようだが、それは大きな間違いだ。

確かにミーア姫は寛容で慈愛にあふれた少女(注:アベルから見ると)だが、決して大人しくはない。

不正には敢然と立ち向かう聖女(注:アベル基準では)で、無礼に対してはきちんと立ち向かう自尊心と高い叡智を兼ね備えた少女(注:アベルの曲解に基づいた評価)なのだ。

それゆえ、兄の不平に、ミーア姫が怒りをおぼえないはずがない。アベルはとっさに、ミーアの顔をうかがった。

けれど、ミーアはなにも言わず、そっとアベルの後ろに下がった、身を引いたのだ。

――ミーア姫、なぜ……?

一瞬、怪訝に思うアベルだったが、すぐにミーアの真意に気づいた。

――もしかして、ボクに花を持たせようと言うのか……?

ミーアであれば、ここで反撃しようと思えばいくらでもできるはず。彼女の聡明さをもってすれば、兄のつまらない嫌味など、いくらでも封じることができるはず。

けれど、ミーアはそれをしない。

ミーアが言ったのは、ただ一言。

「どうぞ、お勝ちください。アベル王子」

ミーアは、穏やかな顔で言った。

――ボクが勝つと、信じてくれているのか?

確かに、アベルが兄に勝てば、ミーアの名誉は守られる。けれど……。

アベルは改めて、兄を見た。

ただの一度も勝ったことのない兄。自分より、遥かに剣の才能に勝る兄。

体格だって、兄のほうが自分より頭一つ分は大きい。

――ボクに勝つことが、できるのか?

不安に揺れる心に、一瞬、目の前が真っ暗に染まりかけた時、

「勝って食べたお弁当の方が、美味しいはずですわ」

ミーアの一言が、緊張に固まった心を溶かした。

アベルは小さく笑った。

「ああ……、そうか。確かに、その通りだね」

「あなたは、確かアベル王子のお兄さま……」

名前は、なんだったかしら? と、ミーアは小さく首をかしげる。

ごちゃごちゃとなにか言いつつ敵意を笑みの形に変えて向けてくる少年に、ミーアは小さくため息を吐いた。

――これは、ずいぶんと恨まれておりますわね。少し困りましたわ。

ミーアは、アベルの兄に悪い印象は抱いていない……というか、印象も何も、そもそも眼中にない。

覚えてすらいなかった。

あの時は、シオンから逃げることと、アベルとコネを作ることしか頭になかったし、それ以降も、別に気にするべき人物でもなかったからだ。

しかし、彼がレムノ王国第一王子であるということは、さすがに考慮せざるを得ない。

もともとアベルに近づいたのは、なにかあった時にレムノ王国から援軍を出してもらうためだ。

せっかくアベルと仲良くなっても、第一王子の反対で援軍を得られないなんてことになったら、目も当てられない。

好かれようとは思わないが、あまり反感も抱かれたくないのがミーアの本音だった。

――となれば、表だって敵対しないことが大事ですわ!

ミーアは一歩引いて、彼の敵意をそらしにかかる。ミーアの思考の大部分はギロチン回避でできている。

その行動も言動も、すべてはギロチン回避のための計算に基づいたもの。

――あとはアベル王子が適当に負けて、彼の兄が自尊心を満足させればいいですわ……、それでアベル王子を慰めて仲を深めていけば一石二鳥。

と、ミーアは計算して……でも。

「どうぞ、お勝ちください、アベル王子」

気づけば、本音がこぼれていた。

なぜなら、ミーアはアベルの固くなった手の平を思い出したから。

彼が一生懸命に剣術の鍛練をしていたことを、知っていたから。

そんな彼が負けるのを見るのが、なんとなくイヤだったから。

――あら、おかしいですわ。わたくし、どうして?

不意にこぼれてしまった一言に、ミーアは戸惑い……、やがて一つの結論に至った。

――ああ、そうですわ。せっかく作ったお弁当を暗い気持ちで食べられたくないからですわ。負けて暗い気持ちで食べたら、せっかく美味しく作ったサンドイッチがまずく感じるかもしれませんし……。

きっとそうに違いない、と頷き、ミーアは言うのだ。

「勝って食べたお弁当の方が美味しいはずですわ」

と。