軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百十三話 攻防

蛇の拠点の廃城にて。巫女姫、ヴァレンティナとの会談を終えたシュトリナは、浴場へと案内されていた。

そもそも廃城の中に、風呂があること自体、驚きであったが……。

「蛇の巫女姫なのだから、そのぐらいは用意する、ということなのかな……」

そう納得しつつ服を脱ぎ、中に足を踏み入れる。

正直、敵地で一人で風呂に入ることに抵抗がないわけでもなかったが……。

「まぁ、殺そうと思えばいつでも殺せたんだろうし……」

開き直ることにする。

脳裏に浮かぶのは、友人のベルの顔。そして、帝国の叡智ミーア・ルーナ・ティアムーンの顔だった。

どこか似た雰囲気がある二人。彼女たちであれば、きっと状況はどうあれ、お風呂に入ってもいいと言われれば、それを満喫しただろうと思ったのだ。

――報告によれば、ミーアさまは、レムノ王国の革命軍に捕らえられた時にもお風呂に入ってたと聞いたけど……。

小さな裸足が踏みしめる床は、ゴツゴツして、微妙に痛い。

セントノエルなどと比べ、作りが荒い印象だった。

「これ、お城の城壁と同じ材質の石? ということは、この城を建てた時から、この浴場はあったってことかな……?」

ここまで歩いてくるまでに見た城は、戦用の武骨な作りだったのに、なぜ、お風呂なんか……などという疑問は、もうもうたる湯気によって、すぐに氷解する。

てっきり、どこかで沸かしたお湯を運んできているのだと思ったのだが……どうやら温泉が湧きだしているらしい。

「浴場が必要だから作ったというより、お湯が沸き出る地域だったから、せっかくだから浴場を作ったということか……。でも、お湯が沸き得る場所というと、どのあたりだろう? レムノ王国の近くと言っていたけど……」

などと、頭の中で地図を思い描きながら、浴場の中を確認。

中は、セントノエルほど広くはないものの、それでも四、五人程度ならば余裕で入れそうだった。お湯のあふれる浴槽もかなり広い。

洗い場には、小さな小瓶が三本置かれていた。表面には、文字が刻まれている。高級品だ!

文字を確認してから、シュトリナは、洗髪薬の瓶を手に取った。

そして中身を……心持ち多めに手の上に出す!

……別に、先ほど巫女姫から失礼なことを言われたからではない。乙女に汗臭いだなんて、大変、無礼なことを言ったやつに、目にもの見せてやろうだなんて、全然思っていない。腹いせに全部使いきってやろうなどと心の狭いことを考えているなんて、大きな誤解である。

そうではなく……確かめたかったのだ。

「うん、なかなかの高品質……」

手のひらの上で確かめるかのように、じっくり観察。

やや粘度を持った液体からは、爽やかな花の香りがした。

指先につけ、腕の上に伸ばしてみる、と、とてもよく伸びて、程よく泡立つ。

かなり上質な油が使われていることがうかがわれた。

「ということは、どこかの貴族階級と繋がりがあるか……。もしも、レムノ王国の王女という話が本当ならば、レムノ王国の貴族? それとも、どこかの行商人と繋がりがある? 貴族もしくは行商人自身が蛇ということもあり得るのかな……」

サンクランドで、エシャール王子に接近したのは、騎馬王国風の格好をした行商人だったと聞く。

「リーナを誘拐した男がそれっぽいけど、どうだろう……」

考えごとをしつつ、丁寧に髪を洗い始める。モコモコと泡立つ洗髪薬を存分に味わってから、一度お湯で洗い流し、再度、丁寧に丁寧に洗う。

……もちろん、汗臭いと言われたからではない。気になんかしていない。

ただ、まぁ……また不意を突かれるようなことは避けたいので、できるだけ身ぎれいにしておこうと思うシュトリナである。

ベルに嫌われるからとか、そんなことは決して思っていないのである。本当である。

そうして髪を洗い、今度は、たっぷり 洗身薬(ボディソープ) を使って身を清めてから、浴槽へ。

お湯は無色透明だった。指先で温度を確かめ、手ですくってから、匂いを確認。

「火山の近く……という感じではないかな」

さすがのシュトリナでも、よほど特徴的でない限り、匂いや味だけでは成分の分析はできない。

場所の詮索を諦め、お湯に入る。

浴槽は、体を思いきり伸ばしても大丈夫なぐらいには広い。

ううん、っと体を思いきり伸ばしてから、深くため息。

それから、ふくらはぎ、太もも、と足をもみほぐしておく。縛られたまま運ばれてきたせいで、体が固まっていた。今のうちにほぐして、何があっても対応できるようにしておかなければならない。

もちろん、一人で脱出などはできない。シュトリナは自分の体力が並みの令嬢ぐらいであることをよく知っている。それでも準備を怠ることはない。

「絶対にベルちゃんが、ミーアさまが助けに来てくれるはず……」

一通り、マッサージを終えたところで、彼女はお腹に手を当てて、さする。

「……二日半、ううん、三日ってところかな」

シュトリナがなにも食べなかったのには理由があった。もちろん、毒を飲まされるのを警戒していたのもあるが、それ以上に、空腹の具合で時間経過を図っていたのだ。

食べ物を与えられる間隔によって、体内時計を狂わされることを嫌ったのだ。

くぅうっと切なげに鳴るお腹をさすりつつ、シュトリナは小さく首を振る。

「これを指摘されたら、また動揺していたかもしれないな……」

お腹を鳴らすなんて、はしたない! などと言われたら、心が揺れたかもしれない。

巫女姫は、心を読み、心を揺らして操る。

どんな隙をも見せるべきではない。

「きっとベルちゃんや、ミーアさまなら、こんなことで動揺なんかしない」

ミーアならば、むしろ、なにか食べさせろと要求するかもしれない。

あの胆力がうらやましい、と、ついつい思ってしまうシュトリナである。

「独り言が多くなっているのは、たぶん心が弱くなっているからだ……」

お湯を顔にバシャバシャかけて、気持ちを切り替える。

そうして、シュトリナはたっぷりお湯につかり、しばらく湯船に腰かけて体を冷まし、もう一度、お湯につかる。

言うまでもなく、巫女姫に対する嫌がらせである。

思いっ切り! 長風呂をして、待たせてやろうという小さな復讐なのである。

乙女に、汗臭いとか失礼なことを言ってはいけないのだ。

それから、脱衣所へ戻る。

と、先ほどまで着ていた服がなくなっていて、少しだけ慌てる。

よく見れば、すぐそばに、真新しいドレスが置かれていた。

「驚かさないでほしいな……」

別に、風呂上がりに着替えを用意するのは、ホストとしては当然のこと。にもかかわらず、なんだか、一瞬焦ってしまったのが、手玉に取られたようで腹立たしい。

ややサイズが大きいドレスは、恐らく巫女姫のものなのだろう。

あまり着るのは気が進まないものの、寝間着でいるよりはマシか、と割り切る。

そうして、ちょうど着替え終わったところで、迎えに現れた人物を見て……シュトリナは一瞬、息を呑んだ。

「ひさしぶりだな。シュトリナ・エトワ・イエロームーン」

因縁の相手、狼使いが、そこに立っていた。

狼使いに連れられて、シュトリナは再び、巫女姫のところを訪れた。

シュトリナの姿を見た巫女姫、ヴァレンティナは、嫣然とした笑みを浮かべた。

「お風呂、気持ちよかったかしら? ずいぶんと長かったわね」

「ええ。とてもいいお風呂でした。すっかり旅の汗を流させていただきました」

シュトリナは、気取ったしぐさで、スカートの裾をちょこん、と持ち上げる。

「ふふふ、よく似合ってるわよ。さ、どうぞ」

そうして、ヴァレンティナは、テーブルのほうへとシュトリナを誘う。テーブルの上には、湯気の立つカップと、お茶菓子が並べられていた。

「ちょうど、お茶を淹れたところだから、さっそくいただくとしましょうか」

勧められるまま、椅子に座ったシュトリナは、場を支配すべく、先制の一撃を放とうとする。が……。

「お茶の前に一つ、いいでしょうか? 巫女姫さま」

「そんな他人行儀にならないで。ヴァレンティナと呼んでいただきたいわ。リーナさん」

親しげに呼ばれ、ぞわり、とシュトリナの胸が疼いた。

「シュトリナとお呼びください。その名は、親しい方のみの呼び方ですから」

愛称を、巫女姫に呼ばれただけなのだ。にもかかわらず、これほど心が揺れたことに、シュトリナは小さく舌打ちする。

「うふふ、それならば、やはり親しみを込めてリーナさんとお呼びするわ。だって、あなたは、元蛇、私たちの仲間だったのだから」

相手が、言葉によって心を揺さぶってくることは覚悟していた。けれど、それでもなお、巫女姫の言葉は、シュトリナの心をじわり、じわりと責め苛む。

このままペースを握られるのは避けたいと、シュトリナはあえて無視して、攻撃を繰り出す。

「質問があるのですが、いいでしょうか?」

「もちろん。約束ですものね。なんでも聞いて」

涼しい顔で微笑むヴァレンティナに、シュトリナは思い切り……踏み込む!

「では、混沌の蛇をつぶすためには、どうすればいいですか?」

その質問に、ヴァレンティナは目をまん丸く見開いた。

「あら。ふふふ、なかなか厳しいところを聞いてくれるわね」

「なにを聞いてもいいって、言っていただけたので」

すまし顔でお茶をすするシュトリナ。そんな彼女に、ヴァレンティナは首を振った。

「残念ながら、その質問には答えることはできないわ。ああ、別に意地悪してるんじゃないのよ。ただ、私自身にもわからないことは答えられないでしょう?」

「わからないんですか? 巫女姫なのに」

挑発するように、上目遣いに見つめるシュトリナ。そんな彼女に、ヴァレンティナはあくまでも笑みを返す。

「ええ。なにしろ巫女姫なんて、言葉だけのものだもの」

肩をすくめて、ヴァレンティナは続ける。

「巫女姫とはなにか……? 蛇の教典『地を這うものの書』には、どこにも記載がない。巫女を立てよとも、統率せよとも書かれていない。だから、私はこう考える。蛇の巫女姫とは、火の一族の族長が、その権力を維持するために作り出した仮初の権威である、とね」

「仮初の権威……」

「ただまぁ、良いアイデアではあったのでしょう。巫女姫は、火の一族を母体として、多くの蛇導士を産み出したわけだしね」

そう言って、ヴァレンティナは、目の前のクッキーを美味しそうに口に入れた。