軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百九十一話 帝国のウマニア、語り倒す!

――ううむ、これは少々まずいことになってきたかもしれませんわ。

すっかり小驪を怒らせてしまったことで、ミーアは若干の不安を覚えていた。

――あんなに怒っていたら、腹いせ代わりに東風が欲しい、などと言い出すかもしれませんわ。うう、失敗しましたわ。最初から勝っているなどと、余計なことを口にしなければ……。

後悔するも後の祭りである。

ここは、万が一のことも考えておかなければ、と、ミーアは、皇女専属近衛隊の馬の世話を一手に担う男、ゴルカのところに向かった。

林族が滞在している建物のすぐそば、厩舎にいたゴルカに、ミーアは恐る恐る声をかける。

「ゴルカさん、少しよろしいかしら?」

「ああ、これは、ミーア姫殿下……なにか?」

笑顔で出迎えてくれたゴルカであったが、ミーアの様子を見てわずかに首を傾げる。

ああ、言いづらいなぁ、言いづらいなぁ、と思いつつも、ミーアは意を決して口を開く。

「実は、騎馬王国の乗り手と乗馬勝負をすることになってしまいましたの」

それから、ミーアは、族長会議での一幕を慎重に説明した。

そのうえで、これが仕方のないことなんだと、貴重な犠牲なのだと、ぐっと拳を握りしめ、力を込めて訴えた後……。

「ただ、わたくしのミスで、東風がとられてしまうかもしれない……そんな危険に晒してしまうことになったのは、申し訳なかったと思っておりますわ。あなたが丁寧に世話をしてくれている馬ですのに……」

しょんぼりうつむいて見せてから、ちらり、と、上目遣いにゴルカのほうを探る。と、予想に違わず、ゴルカは苦い顔をしていた。

――ああ、やっぱり怒りますわよね……。当然ですわ。

ミーア、ここで思案する。

相手は、自身が頼りにする皇女専属部隊の一員。しかも、馬の世話を一手に見ている重要人物である。いざという時に機嫌を損ねられると面倒なことになるかもしれない。

ここは、重ねて謝っておいたほうがいいかしら? と、ミーアが思った……まさにその時だった。

「ミーア姫殿下の決定です。そのことについて、私からはなにも文句はありません」

ゴルカはムスッとした顔で言った。怒りを隠せない様子だったが、まぁ、仕方ないな、とミーアは思った。思ったのだが……。

「それに、こいつは軍馬です。いついかなる時に命を落とすかもしれない、そういう境遇の馬です。ミーア姫殿下のために体を張るのも当たり前のこと。それについては納得できます。でも……こいつが騎馬王国の馬に負けると最初から思ってることだけは、納得がいきません」

この辺りから……微妙に話がおかしくなってきた。

――はて……? これは、ゴルカさん、何に怒っているのかしら?

首を傾げるミーアの目の前で、ゴルカはググっと拳を握りしめて言った。

「それはもちろん、騎馬王国の月兎馬はいい馬ですよ。私だって知ってます。あれは実に見事な駿馬だ。見栄えもいい。間違いなく名馬と言って一番に想像するのは月兎馬だ。でもね、うちの東風だって……帝国の馬だって負けちゃいませんよ」

そう言って、ゴルカは、目の前でのんびーりと草を食んでいる東風の太ももを軽く叩いた。

「我らが帝国の“テールトルテュエ種”が騎馬王国の馬にかなわないって、そう思い込んでいらっしゃるんだとしたら、姫殿下にしては珍しい不見識だと言わざるを得ません」

そうして、帝国の隠れウマニア、ゴルカは熱い口調で語り出した! 帝国の馬事情を!

そもそも、ミーアが忘れている事実があったのだ。

東風とはなにか? なんであったのか?

そう、東風は“軍馬”である。ただのボーっとしている馬ではない。帝国騎兵が乗るための、れっきとした戦闘馬なのである。

ところで、レムノ王国に 戦闘教義(ドクトリン) があるように、ティアムーン帝国にもおぼろげながら戦闘教義は存在している。

といっても、帝国のそれはあまりにも基本的過ぎて、あまり言及されないような代物ではあるのだが。

帝国の戦闘教義、ずばりそれは「敵に倍する兵を揃え、物資を揃え、大軍でもって押しつぶす」というもの。軍事の基本原則にして、王道を行く、その理こそが帝国軍の基礎にある思想である。

そして、帝国軍のすべては、その教義に基づき選定されていた。

さて……そんな帝国軍が軍馬に求めたのは、なんであっただろうか?

相手より多く兵を揃えることをモットーとする帝国軍が馬に求めたこと……それは、一頭の馬が二頭の働きをすること……ではなかった。

帝国軍は名馬を求めない。一の騎兵に二の騎兵の働きを求めるようなことはしない。なぜなら、敵より大軍を揃えることが、帝国軍の方針だからだ。

それゆえ、彼らが馬に求めるのは“きちんと一の働きをすること”だった。

どのような環境下にあっても、どのような戦況にあったとしても、期待された働きを淡々とこなすこと。期待以上の働きは求めない代わりに、一定の働きはきちんとこなすこと、それをこそ、帝国は求めたのだ。

そして、その求めに応じて選ばれた馬こそが、テールトルテュエ種と呼ばれる馬である。

圧倒的なタフさと、どのような環境においても安定的な働きを見せる献身さ……、さらに、どのような状況においても冷静さを失わない図太さには定評がある、帝国軍が誇るワークホースである。

そして東風はごく標準的な、まごうことなき、テールトルテュエ種であった。テールトルテュエ種のど真ん中を行く馬と言っても、過言ではないだろう。

どのような時にも決して動じず、ただ黙々と仕事をこなす、いささか図太過ぎるのが玉に瑕な、堅牢なる騎士馬なのだ。

などというアツーイ話を、微に入り細を穿つ勢いで聞かされたミーアは……嫌な予感を覚えた。

――そういえば、先ほども……。

思い出されるのは、先ほど、ルードヴィッヒとの会合の際、そばにいた近衛の言葉。

ミーアが負けるなどと、微塵も疑っていない、あの口調だった。

ルードヴィッヒが言葉の最後につけた「いや、しかし……」だった。

そうなのだ。彼らは自分たちの誇る軍馬が、そしてなにより、自分たちが大いに誇りとする帝国の叡智が負けるなどとは、まったくもって思っていないのだ!

いや、それどころではない。

ミーアは、ふと視界の外れで、自らを護衛する近衛兵に目をやった。二人の兵士はやっぱり、どこか興奮した様子で会話をしていた。漏れ聞こえる話では、どうやら馬の話をしているらしい!

――こっ、これは……。この熱は……。

ここにきて、ミーアは自らの失敗を悟った。

見たところ、近衛兵たちは、みんな、馬の競争が大好きっぽいのだ。彼らの血を沸かせるなにかが、きっとそこにはあるのだ。

にもかかわらず、である。皇女専属近衛隊、忠義に厚い彼らの前で自分が無様に負けることがなにを意味するのか……?

それは彼らの士気をくじき、万が一、狼使いらと戦闘になった際には圧倒的な危機を呼び込むことに繋がりかねないわけで……。

――ぐ、ぬぬ……。こ、これは、計算外ですわ! 計算外極まりますわ。

ぐるぐる思考を始めたミーアの横では、未だにウマニア、ゴルカの馬談義が続いていた。

そんな光景を、東風がほげーっと眺めているのだった。

……実に平和な光景だった。