軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百五十九話 ミーア姫、動き出す

翌日、ミーアたち一行は林族の集落を後にした。ミーアたちご令嬢たちとアベルはそれぞれ馬車に分乗し、その周りを皇女専属近衛隊の面々が固める。さらに、その後ろに林族の者たちを率いた馬龍が続く。

さて昼過ぎに、休憩のために立ち寄った場所で……、

「そろそろかしら……」

頃合いを見計らい、ミーアは静かに動き出した。

ミーアには、達成すべき目的があったのだ。それは……、

「アベル、ちょっといいかしら?」

「ん? なにか用かい?」

突然、話しかけられたアベルは、きょとん、と首を傾げる。

「ちょっと遠乗りに行きませんこと?」

ミーアはそっと空を仰ぎつつ言った。見上げた先は一面の青。輝く日の光にかすかに目をすがめつつ、ミーアは微笑んだ。

「ほら、こんなに良い天気ですし。きっと気持ちいいですわよ?」

もちろん、ミーアはただ遠乗りがしたかったわけではない。

昨夜、ホットミルクを飲みすぎたので、その腹ごなしをしようなどというのももちろん違う。言うまでもないことではあるが……。

そうではなく、アベルにゆっくり話を聞きたかったのだ。いったい、馬龍からなにを言われたのか? なぜ、元気がないのか……。

「いや、しかし……」

と気が進まない様子のアベルの先手を打って、ミーアは自らの護衛に話を振る。

「ねぇ、ディオンさん、ちょっと遠乗りに行きたいんですけど、よろしいかしら?」

「遠乗りですか?」

それを聞いた、ディオンは、なんとも呆れた顔をする。

「先日もそれで痛い目を見たと思うんですけどね……」

肩をすくめるディオンであったが、すぐにミーアの顔を見て表情を引き締める。

「それは、どうしても行かなければならないんですか?」

「ええ。大切なことですの」

ミーアは、しっかりとディオンの顔を見つめ返して言う。負けないように、気をしっかり持つ。

基本的に、ディオン・アライアと話をする時には、しっかり目を見て、視線を外さないことが大事なのだ。

目を逸らした瞬間に襲ってくる可能性が高いので、もしも森の中でディオンと出会った時には、視線を外さずゆっくりと後ずさって逃げよう……などと心に決めているミーアなのであった。

まぁ、それはさておき、

「やれやれ、わかりました。それじゃあ、少し離れたところで僕が護衛を……」

「ああ、それならば、問題ないぞ。我が戦狼が周囲の警戒を行っているからな」

なぜだか、ドヤ顔でそう言ってきたのは、慧馬だった。

林族の集落に着くまでは盗賊扱いだった慧馬ではあるのだが、今は、火の一族のところへの案内として、すでに拘束は解かれている。

「それ、逆に信用できないと思うけどね?」

そんな慧馬に、ディオンがチラリと鋭い視線を送った。が、慧馬は……それを見ない。視線を向けない。

ミーアとは違い、視線を合わさないことで、ディオンをやり過ごそうとしている慧馬であった。なるほど、そんな手もあるのか、と思わず感心するミーアである。

慧馬は気分を落ち着けるように、ほふぅっとため息を吐いてから、改めてミーアの目を見つめてきた。

「……我は感謝しているのだ。ミーア姫。我が一族にしてくれたことの恩を、少しでも返せればと思ったんだが……」

「ふむ、そうですわね。そういうことであれば、まぁ……」

これまで見てきた慧馬の性格からすれば、恐らくは大丈夫だろう。ここでミーアたちを狼に襲わせても、彼女にはあまり得はないだろうし、それに、アベルがいれば大丈夫だろう、という安心感もあった。

「ということで、どうかしら? アベル」

「……わかった。それじゃあ、僭越ながら、お付き合いするよ」

そんなわけで、ミーアは早速、遠乗りに使う馬を見て回り、

「ふーむ、そうですわね。ああ、この子がいいですわね」

一頭の馬へと近づいた。それは、もうお馴染みとなった馬版ミーアだった。

のんびり、もそもそと草を食む馬に、ミーアは笑顔で近づいた。

「この子、なかなかの紳士なんですのよね。わたくしを身を呈して守ったあたり、なかなか見所がございますわ。素晴らしい」

ひとしきり褒めた後、ミーアは馬にブラシをかけている近衛兵、ゴルカに言った。

「この子、名前はなんて言いますの?」

ゴルカは、皇女専属近衛隊の中では古参の兵だった。

もともと近衛隊に所属していた彼は剣の腕はそれほどではないものの、馬の飼育の才を持っていた。それをルードヴィッヒに見出され、今では、皇女専属近衛隊の馬を管理する責任者になっていた。

「お褒めいただきありがとうございます。姫殿下。この馬は 東風(とうふう) といいます」

「とうふう? なるほど、変わった名前ですわね。由来はなんなんですの?」

「東から吹く風のごとく、軽やかに駆ける馬になるように……。そのような願いを込めてつけられたのだと記憶していますが……」

「なるほど、実に風流な名前ですわね」

うむうむ、と頷きつつ、ミーアは東風の顔を見た。

……相変わらず、ぬぼぉっとしていた。こう、なんというか、風流とか、そういうのはまるでわからなそうに見えたのだが……、

「うむ。この堂々とした落ち着きが気に入りましたわ。この子にしますわ。ねぇ、ゴルカさん、この馬で遠乗りに行きたいのですけど、大丈夫かしら?」

「ああ。それはよろしいですね。こいつなら、きっとのんびり遠乗りができますよ」

名前を呼ばれたことに対して、ゴルカは特に驚きはしなかった。

皇女ミーアは、皇女専属近衛隊の名をすべて覚えている。それは、隊に所属する兵の間では有名な話だからだ。それゆえ、驚きはしないのだが……、心地よくはあるもので……。

「少しお待ちください。今、鞍を付けますから」

気持ちよく乗ってもらおうと、鞍をつける手つきも自然と丁寧になる。やがて、完璧な仕事を終えたゴルカは、ミーアに深々と一礼する。

「楽しんできてください」

「ええ。ありがとう」

そうして、ミーアは、アベルとともに草原に駆け出した。

……ちなみにその後を少し離れて、護衛としてディオンと慧馬が、野次馬としてベルとリーナとラフィーナが、さりげなくついていくわけだが……。

まったく気付かないミーアであった。