軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十六話 ミーア姫の体験入部

セントノエル学園には無数のクラブが存在している。

各種の学術探究を目的とした学問系のクラブに、剣術、槍術などの技術向上を目的とした武術系のクラブ、さらに、令嬢たちに人気なお茶会クラブをはじめとした趣味系のクラブに至るまで。

授業のみならず、セレブな生徒たちの要望に応えられるように、さまざまなものがそろっている。

そんな中、ミーアには目を付けているクラブがあった。

それは……、

「ここですわね」

ミーアがやってきたのは 厩舎(きゅうしゃ) だった。

「なるほど、さすがはセントノエル学園ですわ」

厩舎には三十頭以上の馬がいる。これは、帝国の近衛部隊の一隊に匹敵するほどの量だ。

きょろきょろ興味深げに馬を眺める小さな姫君を見て、馬術部の生徒たちは一様に緊張していた。

厩舎に女生徒がやってくることは滅多にない。

馬特有の臭気は、この島ではあまりなじみのないものであり、それを嫌う女子は多いのだ。にもかかわらず、大帝国の姫君がやってくるなど、よほどのことに違いない。

誰もが話しかけるのを躊躇う中、一人の男子がミーアの前に歩み出た。

「こんな場所になんの用だい、お嬢ちゃん? 道に迷ったのか?」

臆することなく話しかけてきたのは、ミーアより五つ年上の高等部二年の少年だった。がっちりとした体格で、こんがり日焼けした彼に、ミーアは見覚えがあった。

「あら……? あなたは、確かパーティーの前に馬を連れてらした方かしら?」

「あー、あの時のお嬢ちゃんか」

少年の方も思い出したらしい。おでこをぴしゃっと叩いて、豪快に笑った。

あの日、パーティーの直前、ミーアをくしゃみに巻き込んで散々な目に遭わせた馬、それこそ彼が連れていた馬だった。

「あの時はすまなかったな。俺は、高等部二年で馬術クラブの長、 林馬龍(リン マーロン) だ」

「ミーア・ルーナ・ティアムーンですわ」

ちょこん、とスカートの裾を持ち上げて礼をしてから、

「お名前の響きからすると、もしや、騎馬王国出身の方ですの?」

「おお、ティアムーンの姫君に知られてるとは光栄だ」

馬龍は、にやりと笑みを浮かべる。それから不意に真剣な顔をして、

「んで、今日はどうしたんだい? 今日はあの時の文句でも言いに来たのか? まさかとは思うがあの時の馬を処分しろ、とか」

かつて、 粗相(そそう) を働いた馬を殺処分にしろと怒鳴り込んできた女生徒がいた。文句を言うだけならまだしも、もしそんな理不尽な要求をしてきたら、その時は……。

「処分? はて、なぜですの?」

「いや、ドレスをダメにしちまっただろ?」

「ああ、そんなの、大したことではございませんわ」

ミーアは笑った。

ミーアからすればどちらが貴い存在かは自明のこと。ドレスで革命軍から逃げることはできないが、馬はそうではない。

「今日は、ただ、馬術クラブの見学に来ただけですわ」

ミーアには馬に乗れるようになりたい切実な理由がある。

かつて、革命軍に追われた際、馬車で脱出を図った彼女は、あっさりと捕まってしまう。重たい馬車を曳いて騎馬兵から逃げ切ることは、いかな名馬にも不可能だったからだ。

革命が起きないことが最も望ましい。けれど、もし起きてしまったならば、速やかに逃げて隣国に脱出する。

そのためには、馬に乗れるようにならなければならない。

ギロチンを回避するためならば、例え鼻水を引っかけてきた馬でも、自分を乗せて逃げてくれるのであれば笑って許せる寛容さをミーアは持ち合わせているのだ。

「見学、ねぇ……」

馬龍は、首を傾げた。

生まれた時から馬に乗っていると言われる騎馬王国の出身者ならばともかく、ティアムーン帝国の姫君が馬術クラブに興味を持つなど、にわかには信じがたいことだった。

そもそも、貴族の子弟にとって乗馬とは、優雅な趣味に類するものではない。乗馬とは、軍馬に乗るための技術であり、実践的な戦争のための技術なのだ。

そのため、男子ならばともかく、女子生徒には不要の技術と言える。ごくごくごく稀に、狩猟が趣味だという女子生徒はいないではないが……。

馬龍が見たところ、ミーアは弓をたしなむようにも見えない。

「別に見るのは構わないが、もしかして、入部も考えてるのかい?」

「入部すれば、わたくしでも馬に乗れるようになりますかしら?」

「そりゃあ、もちろんだが……。馬に乗りたいのかい?」

「ええ、ぜひ」

「なぜだい?」

「どこまでも遠くに連れて行ってくれるからですわ」

できるだけ、革命軍から遠い位置まで運んでもらえるから。

馬は現実的な脱出手段、ミーアはそう信じて疑わない。

「ほう……」

ミーアの答えは、馬龍の心に響いた。

なぜなら、それは、彼の民族が幼いころから刻み込まれる真理だったからだ。

馬はどこまでも遠くに、自由に、自らを高めてくれる相棒。それは、馬を戦争の道具としか見ていない者や、愛玩用として可愛がるだけの者は決して口にできない言葉だった。

――このお嬢ちゃん、見かけによらず、ただのお姫様ってわけでもなさそうだな。

「ミーア姫、なぜ、ここに?」

その時、聞き覚えのある声が、その場に響いた。