軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十五話 シュトリナの帰還

「あら? リーナさんが……? 夜に一人で出かけたんですの?」

ミーアは驚きの声を上げた。

なにしろシュトリナは、あのイエロームーン公爵家の一人娘である。あの、暗殺のエキスパート、ローレンツ・エトワ・イエロームーンが、目に入れても痛くないほどに可愛がっている、愛娘なのである!

もしも、なにかあったらヤバイ毒を盛られること、疑いようもない!

大慌てで立ち上がろうとするミーアであったが、

「ディオン殿の姿も見えませんから、おそらく、シュトリナさまと一緒に行ったのではないかと……」

「ああ、なるほど……。ディオンさんが一緒なんですのね。それならば、まぁ……」

ホッと安堵のミーアである。

なにしろ、あのディオン・アライアが一緒にいるのである。

あの、百人の敵を一人で斬り伏せ、千人の敵の包囲を崩し、万人の追手から鼻歌交じりに逃げてくるような男が、である。

ミーアの頭の中では、すでに、 伝説の英雄(スゲーヤベェやつ) 扱いのディオンなのである。

むしろ心配なのは、シュトリナがディオンに影響されて、過激な思想に目覚めてしまわないか、ということぐらいだった。それはそれで、イエロームーン公爵から、刺客を送られてしまいそうな気がしないではないミーアであるが、ともあれ……。

「それならば、心配することはありませんわね」

「なるほど。たしかに、ディオン将軍が一緒にいらっしゃるなら安心です」

ベルも、納得した様子でニッコリした。っとその時、タイミングよく部屋のドアがノックされた。

「失礼いたします。ミーアさま、ただいま戻りました」

「あっ、リーナちゃん!」

入ってきたシュトリナを、ベルが嬉しげに出迎えた。

「あれ? ベルちゃん、まだ起きてたの?」

シュトリナはびっくりした顔でベルのほうを見て、それから……、

「もしかして、今日の分のお勉強をサボってたから、こんな夜遅くまでやらされてたんじゃ……」

ジロリ、と剣呑な視線をルードヴィッヒに向ける。

そんな友人に、ベルは、ぷくーっと頬を膨らませて見せた。

「むぅ……、リーナちゃん、もしかしてボクのことを、なまけ者と思ってませんか? リーナちゃんがいないと、一人で勉強もできないような……」

……事実、そうなのだが……。

「え、あ、そんなことないわ。ベルちゃんは、やる気になればできる子だってこと、リーナはちゃんと知っているもの」

大慌てで、手をぶんぶん振るシュトリナ。それから、不安そうにベルの顔を覗き込む……、と、突然、顔を上げるベル。その顔に浮かんでいたのは、悪戯っぽい笑みだった。

「えへへ、なーんちゃって……。冗談に決まってるじゃないですか、リーナちゃん」

などと、小さく舌を出す。

「なっ、ぁっ! もう、ひどい! ベルちゃんの意地悪!」

怒ったような、すねた顔をするシュトリナだったが、すぐにその顔にも無邪気な笑みが戻り、キャッキャッと笑顔を浮かべつつ、じゃれ始める。

ちなみにシュトリナが言ったのは「ベルは、やる気にならなければダメな子である」ということと、ほとんど同義の言葉であるのだが……。そのことにつっこむような、真の意地悪は、その場にはいなかったのだ。

そんな優しい世界で、ひとしきりベルとじゃれあってから、改めて、シュトリナはミーアの前に歩み寄る。

その顔には、いつもと変わらない、花のような笑みが浮かんでいた。

――この切り替え、すごいですわね……。

感心するミーアの前で、シュトリナが報告を始める。

「今夜、開放市場を調べてまいりました。ディオン・アライア殿にも協力していただきました」

――はて? 開放市場?

と首を傾げそうになるも、我慢、我慢……。腕組みして考え込む……ふりをする。

「ふむ……開放市場にディオンさんと……。それで、なにかわかりましたかしら?」

「はい。端的に言ってしまうと、エシャール王子に接触した者がいるようです」

「ほう、エシャール王子に……」

ミーアは、ううむ、とうなり……、さぁて、これはまずいことになったぞ……、と内心でつぶやく。

正直、シュトリナがなんのことを言っているのか、まったくもってわからなかった。というか、開放市場ってなんのことだろう……? と首をひねるレベルである。さりとて、それを口に出すわけにもいかず、しかし放置するのも危険そう。さて、どうやって聞き出したものか、と考え込んでいると……。

「あの、ミーアさま?」

ふいに、シュトリナが顔を覗き込んできた。

まさか、状況をなーんも理解できていないことがバレたか!? などと焦るミーアであったが……、

「このお話、彼らに聞かせても問題ありませんか?」

シュトリナが視線を向ける先には、ルードヴィッヒやアンヌの姿があった。

「ああ、ええ、もちろん、彼らは……」

と言いかけたところで、ミーア、起死回生の一手が閃く!

「彼らはわたくしの忠臣。なんらの隠し立てもする必要はございませんわ。むしろ、今の状況を説明してあげてくださらない? いきなり開放……市場? のことを話してもわからないでしょうし……」

ミーアの視線を受けて、ルードヴィッヒが重々しく頷く。

「お気遣い感謝いたします。できれば、我々としても情報を把握しておきたく思います」

ルードヴィッヒの言にシュトリナは小さく頷いた。

「わかりました。では、ミーアさま、ディオン・アライアもこの場に呼んでもかまいませんか? 彼にも、今夜あった出来事を話してもらいたく思います」

「ええ、ぜひ、お願いいたしますわ」

ミーアは小さく頷いて……、ふわぁ、っとあくびを噛み殺した。

すでに時刻は深夜を回り、日付が変わろうとしていた。