軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十五話 それがベルの生きる道

――ふぅ、昨夜は少し食べすぎたかしら……。

馬車に揺られつつ、ミーアは小さくため息を吐いた。

収穫感謝祭の二日後、ミーアは帰路についていた。

セントノエルまで帰ると、すぐに夏休みになってしまうため、直接、帝都ルナティアに帰る予定である。

ちなみに、シャローク・コーンローグとマルコ、クロエのフォークロードの親子は、ペルージャンで商談があるらしく、もうしばらく滞在するらしい。また、タチアナもシャロークに付き添うと言う。

――セントノエルには、クロエと一緒に帰ると言ってましたし、問題ありませんわね。

ペルージャンに残ったメンバーの間で、非常に壮大な歴史の流れが生み出されつつあることなど、知る由もないミーアである。

ともあれ、現在、馬車には、ルードヴィッヒ、アンヌとベルが乗るばかり。

ラーニャやクロエ、タチアナがいなくなってしまうと、すっかり静かになってしまって……。

「なんだか、ちょっと寂しくなりましたわね」

祭りの後のような、何とも言えない切なさを感じてしまうミーアである。

「にぎやかでしたものね、タチアナさんとの旅行は」

アンヌも、しんみりした様子で言った。

「そうですわね。とっても楽しかったですわ」

果物狩り、王都、黄金の天の都での日々、演舞の練習……、その一つ一つが夏の思い出として、キラキラ輝いているように感じられた。

「はい。大変、有意義な時間でした……」

ルードヴィッヒが、軽く眼鏡を押し上げながら言った。

「できれば、もう少しペルージャンに残りたいぐらいでしたが……」

珍しく、そんなことまで言っている。

――あら、ルードヴィッヒにしては珍しいですわね。夏の思い出とか、そういうのには興味がない方なのだと思ってましたけど……。

などと首を傾げつつも、ミーアはベルに目を向けた。

「そう言えば、ベルも良かったですわね。今年の夏は帝都で過ごすことができますし、リーナさんとも遊べますわよ」

昨年は、追試で涙目になっていたベルだが、今回はテストを受けに帰ることもなし。まぁ、夏休みが終わったら、地獄のテストが待っていると思うのだが、今を刹那的に生きるベルは、そんなの気にしないんじゃないかしら……などと思いつつ話しかけると……、

「あの……ミーアお姉さま、ボク、わかりました」

ベルは、神妙な顔で言った。

「わかった? はて? なにがですの?」

「お金でお礼をすることの危なさが、です」

そう言って、ベルは、まっすぐな視線をミーアに向けてきた。

「…………ふむ」

ミーアは、一瞬、なんのことやら……と思ったが、もちろん、それを口に出すはずもなく。腕組みして、とりあえずベルの話を聞く体制に入る。

「シャロークさん、あの方は……、お金の魔力にとらわれて、なにより大切なものと考えて、道を踏み外してしまっていました。働くことの目的がお金になってしまいました」

「たしかに。労働と賃金の不均衡は、人々から働く意欲を奪う。過ぎたる大金を得てしまった者は、えてして、楽をしてたくさんのお金を儲けようと思うもの。少ない労働で多くの賃金を求めるようになります」

ルードヴィッヒが補足する。それを受けて、ベルは静かに頷いた。

「だから、安易に大金を渡したらいけない。それが結果的に相手を不幸にするかもしれない、って、よくわかりました」

それから、ベルは改めてミーアを見つめる。

「ミーアお姉さまは、ずっとずっと、大事なものはお金ではないんだって言ってきました。お金以上に大切なものがあるんだって、そうやって行動されてきました」

そう言われ、ミーアは自らの行動を思い出す……。

――なるほど、たしかに、お金がすべてじゃないって言ってきましたわ……、シャロークさんを見返すためですけど。

いささか、孫娘には見せづらい動機であった。まぁ、正直にそれを口にするミーアではないが……。

「もしかして、自らの行動を通して、ボクに教えてくださろうとしていたのですか? 帝国の姫としての、在り方を」

――はて……? 帝国の姫としての在り方……?

内心で首を傾げっぱなしなミーアである。なんなら、肉体のほうもそれにつられて、若干、首が傾いていたが……、それをごまかすように、ミーアは首を動かして誤魔化した。

それは……、まるで、深々と頷いているかのような動きだった!

「やっぱり……そうなんだ」

「ベルさま、僭越ながら、ミーアさまは、よくそのようなことをなされます。けれど、時折、そのお考えは二重、三重の深みを持っていることがあります。念のために、間違いがないかどうか、聞いたほうがよろしいかと思いますが……」

ルードヴィッヒが、くいっと眼鏡を押し上げながら言った。帝国の叡智との長い付き合いを誇る、先達としての自負が溢れる……そのような口調だった。

「はい、わかりました。ルードヴィッヒ先生」

ベルは、しれっと、迂闊にも先生呼びをした後に、ミーアに言った。

「ミーアお姉さまは、帝国の姫は、恩を受けた者に相応しく生きよと、そう教えておられるのですね」

ベルは胸に手を当てて、そっと瞳を閉じた。

「あの演舞、そして、帝国とペルージャンとの間に結ばれた条約の改定……、新しい関係の構築……、それはすべて、ペルージャンの民から恩を受けた者に相応しい行動だったと、ボクは思います。良くしてもらったことを忘れず、それに相応しく生きる……、ミーアお姉さまはそれを実践しておられました」

澄み切った瞳で、ベルが見つめてくる。

ミーアは、

「…………ぇ? あ、お? あ、ええ、も、もちろんですわ、おほほ」

目を泳がせまくりながら、言った。

「……でも、そうですわね。結局のところ、それしかないのだと思いますわ。ベル、あなたは、受けた恩を返すべく、精一杯、生き抜くこと、それに相応しく生きること。そして、幸せになること……。それが、あなたに優しくしてくれた人たちの望むことなのではないかしら?」

難しいことはわからない。でも、ベルのことを見ていると、きっと未来のアンヌもルードヴィッヒも、エリスも、その他のベルに愛情をかけてくれた人たちも、それを望んでいるのではないかと、ミーアは思うのだ。

「まぁ、あなたが返せなかった恩は、わたくしが国を良くすることで返しておきますわ。あなたは、もう少し気楽にしていいと思いますわ」

優しく微笑むミーアに、ベルは……、

「はい、ミーアお姉さま!」

力の抜けた、なんとも無邪気な笑みを浮かべて頷くのだった。