軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十九話 ミーア姫、タチアナに刺される(……精神的に)

「ここがクロリオの池……。なるほど、綺麗な場所ですわね」

ラーニャに案内されたそこは、人工的な池だった。

木造の城とは違い、石が敷き詰められていて、整備が行き届いている。

池の水は澄み渡り、そよそよと流れる水音は、聞いているだけで眠気を覚えるような、平和な音だった。

「他の者には入らないように言っておきましたから、こちらで汗をお流しください」

池は、四方を壁で覆われており、外からの目が届かないようになっていた。

「ふむ、まぁ、お風呂みたいなものですわね。屋根がないのは少し気になりますけれど……これならば、汗を流すことはできそうですわ」

そうしてミーアは、そそくさと靴を脱ぎ、着ていた服もチャチャっと脱ぎ捨てる。

傍らに控えていたアンヌに手伝ってもらい、水浴用の、上下一体の服に着替えたミーアは、

「ほら、ベルも汗を流しておきますわよ。タチアナさんも、今夜は晩餐会に出ていただくのですから、しっかりと体を洗っておいてくださいませね」

などと、いささか“できるお姉さん”ぶったことを言う。が……、ふと、ベルの足元を見た瞬間、ミーアの体が固まった。

「はい、わかりました、ミーアお姉さま!」

元気よく返事をしたベルは、服をすべて脱ぐと綺麗に畳んで置いていた。

その隣でお着換え中のタチアナもまた、畳んでいる。医の道を志すものとして几帳面な性格なのか、ベルよりもさらに丁寧に畳んである。

「…………」

一方のミーアの足元……、そこには、脱ぎ散らかされたドレスがあった。

ミーアは帝国皇女である。大国の姫である。

顎で使用人を使える立場で、だから、脱いだ服とか気にする必要は微塵もない。後でアンヌが整えておいてくれることに、疑いの余地はない。ないのだが…………、ミーアは二人にバレないようにササッと服を整えた。

必要の有無ではない。二人よりもお姉さんであるというプライドが問われているのだ!「では、参りますわよ!」

最初から、自分も畳んでましたよー? という風を装って、何食わぬ顔で、ミーアは池のほうへと向かった。

水面に、ちょこんとつま先をつけてみる……、と、水は思ったよりは、冷たくはなかった。けれど、歩いてちょっぴり熱くなった足を冷やしてくれて、なんとも心地よかった。

さらに、膝の辺りまで沈めてみると、先ほどまでのチリチリと感じていた足の裏の痛みが、嘘のようにスッと引いていった。

「ああ、なるほど。たしかに効きますわね……。これは、どうなっているのかしら……?」

「湧き水の中には傷に効くもの、疲れをとるものなど、いろいろな効能を持ったものがあると聞きます」

遅れてやってきたタチアナが説明してくれる。

「まぁ、そのようなものが……」

などと言いつつ、ミーアは自分の足の状況を確認する。

見た感じでは……よくわからなかった。

――まぁ、地下牢のあの石のゴツゴツした床で切ったりしたこともありましたし、このぐらいは大したことでもないのですけど……。

地下牢とギロチンによって鍛えられたミーアは、小麦程度では動じないのである。

「ミーアさま……、大丈夫ですか? 私……」

アンヌが心配そうな顔で近づいてきたが……、

「あ、よろしければ、私が見ましょうか?」

そこで、タチアナが小さく手を挙げた。

「ああ、そういえば、医学の知識があるのでしたわね。そうですわね。でしたら、アンヌはベルのほうを見てもらえるかしら? きちんと恥ずかしくないように、洗ってあげて」

「あ…………、はい。わかり、ました」

アンヌは、一瞬息を呑んだように黙ってから、小さく頷いた。

――はて? 変ですわね……。

と、そこでミーアは気が付いた。なんとなくだが、アンヌに元気がないような……。

――ただ疲れているだけであればよろしいのですけれど……、これは池から上がったら確認しておく必要がありますわね。

夜にはシャロークとの対決が控えているのだ。後顧の憂いはとっとと断っておくべきだろう。

などと思いつつ、ミーアは足を引き上げた。

タチアナは、足の裏の様子を見てから、ミーアのふくらはぎを軽く揉んだ。眉間にかすかにしわを寄せ、難しい顔をする。

「あら? もしかして、そんなところにまで腫れが?」

「いえ、旅の影響で、少しこっているのではないかと思いまして……」

と言いつつ、ふにふに、ふくらはぎを揉み解してくれる。

「まぁ、そんなこともできますのね。それにしてもいい気持ちですわ」

試しにミーアも、反対のふくらはぎを揉んでみる。……と、なんだか、前よりちょっぴりFNYっとしたような気がしたが……、まぁ、たぶん、気のせいだろう。

そう気楽に考えていたのだが……。

「あの、ミーアさま……、このようなことを言っては、失礼に当たるとわかってはいるのですが……」

ふと顔を上げると、タチアナが真剣な顔で見つめていた。

もしや、小麦のトゲが思ったより大変なことになっていたのだろうか……? などと若干心配になりつつ、ミーアは尋ねる。

「なにかしら?」

「この旅が始まってから、ずっとミーアさまのお食事を見させていただきましたが……、食べ過ぎだと思います」

「…………はぇ?」

ぽかん、と口を開けるミーア。そんなミーアのふくらはぎを、ふにふに揉んでから、タチアナは、なにかを確認したように頷いて……。

――なっ、なにを確認したのですのっ!?

「甘いものを食べすぎると、お体に障ります。肥満は健康を害することにつながります」

「ひっ、肥満……ですの?」

「はい。今はまだそこまでではありませんが……。甘いものをたくさん食べると、太って、健康を害するのです」

まだ、そこまでではない……。

まだ……、ということは、いずれ、というのがあるということで……。

そこまでではない、というのは、ちょっとはそうであるということで……。

タチアナの容赦のない、衝撃的な言葉を、一言一言反芻しつつ……、ミーアは無言で、そばにいたベルの二の腕を掴んで、ふにょふにょした。

「ひゃんっ! み、ミーアお姉さま、くすぐったいです」

孫娘の悲鳴のような笑い声を聞きながら、ミーアは自らの二の腕をふにょふにょしてみた。FNY比べの結果……、

「…………っ!」

自分のほうが……FNYっとしていた!

ここに来て、ミーアはついに認めざるを得なくなった。

自分は失敗した……。食べ過ぎたのだ!

「食べものには気を遣われたほうが良いと思います。大切なお体なのですから……」

そうして、タチアナは真面目な顔で言うのだった。

「ふ、ふふふ、ええ、そうですわね。あなたのその、物怖じせずに必要な注意ができるところは、とても素晴らしいと思いますわ。医師として、きっと必要になってくる資質だと思いますし……」

ミーアは、若干震える声で、そう言った。

「ぜ、ぜひ、その率直さを失わずにいていただきたいものですわ。ああ、もしも、あなたが、その、言葉を選ばない実直さで窮地に陥ったりした時にはわたくしを頼りなさい。必ず助けてあげますわ」

基本的にミーアは、助言をしっかりと聞くことができる人である。

けれど、同時に「ミーアさま、ちょいFNYだから気を付けたほうがいいですよ!」などという助言で傷つくのが自分だけだなんて、許せない! と考える、ちょっぴりアレな人でもあるのだ。

ということで、ミーアはタチアナが気兼ねなく助言できるように、フォローを入れておくことにしたのである。

周りを積極的に巻き込んでいくスタイルである。

――きっとエメラルダさんあたりも、隠れFNYですわよ。そうに決まってますわ! ふふ、わたくしと同じ、屈辱に震えると良いですわ!

それから、ミーアは考える。

――ふむ……、とはいえ、ペルージャンのお野菜は新鮮なものですし、果物もとても体に良さそうな……みずみずしいものでしたわ。晩餐会までも時間がありますし、少しぐらいなら食べても大丈夫なんじゃないかしら……? この国の王都に来て買い食いをしないなど、それこそ失礼な話ですし……。

などと悪だくみを始めるミーアだったのだが……。