軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十九話 黄色の詐欺師は小心者(チキンハート)

「おや、余計な口を挟まないでいただけますか? お館さま」

そう言ってバルバラは、ローレンツの首筋に刃を突きつける。

「せっかく無傷でミーア姫殿下に裁きをいただこうというのに、邪魔をしないでいただきたいものです」

だからこそ、無駄な戦いをせずに、ここまでミーアたちを招き入れたのだ。

下手に乱戦になり、彼女の部下たちにローレンツが暗殺でもされたら意味がない。重傷を負った者にとどめを刺して楽にしてやるという形でも駄目だ。

無傷の、健康な状態にある彼らを、なにもなければこの先、何十年も普通に生き続けるであろう者たちを、ミーアの手で処罰させる。そのことに意味があるのだ。

「でも、まぁ、仕方ありませんか。しばし黙っていていただくためには、少々、血の気が多いようですので、抜いておいたほうがよいかもしれません」

そうして、バルバラは刃を振り下ろす。

「お父さまっ!」

シュトリナの悲鳴が響く中、凶刃は、ローレンツの肩に向かっていき……、途中で止まった。

「なっ!?」

驚愕に眼を見開くバルバラ。その傍らには、一人の初老の男が立っていた。黒い執事服をまとい、綺麗に整えられた口ひげが特徴の男、それは……。

「いけませんね、バルバラ。ローレンツさまに、無礼を働くなどと……」

「あらあら、ビセット。てっきり逃げたと思ってましたが、どこに行っていたんですか?」

バルバラは、自らの腕を掴む初老の執事に、皮肉げな笑みを浮かべる。

「ビセット……?」

そのやり取りを眺めていたシオンが、つぶやくのが聞こえた。

「その名前……どこかで」

断罪の大鎌を振り上げていたミーアは……、おずおずと鎌を下す。

なんとなく、流れが変わったことを察したのだ。ミーアは空気が読める、できる女なのである。

「ローレンツさまのお言葉を遮るなど、礼を失することこの上ない。黙るのは、あなたのほうですよ、バルバラ」

バルバラの手から刃を奪い取ると、ビセットは静かに頭を下げる。

「遅くなり、申し訳ありません。ローレンツさま。害虫の駆除に、少々手間取っておりました」

それから彼は、自らの主を守るようにバルバラを、そして、三人の男たちを睨みつける。

その様子を見たバルバラは、小さくため息を吐いた。

「ふふん……まぁ、いいでしょう。ここで荒事を起こしても仕方のないこと。今さら言うべきことがあるとも思いませんが……、どうぞ、せいぜい見苦しい自己弁護をなさるがよろしいでしょう」

そう言って、一歩後ろへと下がる。

それを見て、ローレンツは、ホッと安堵の息を吐いた。

「そう。なら、遠慮なく言わせてもらおうか……。ミーア姫殿下……」

ローレンツは、ミーアの方を見つめた。

対してミーアは、急に話題が飛んできて、ワタワタした。

しかし、それはそれ。さすがにミーアも慣れたもので、すぐさま、なにが来ても良いように、心を整える。

「なにかしら、イエロームーン公爵」

ローレンツは、ミーアの目を真っ直ぐに見つめたまま……、とんでもない劇薬を投入する。

「先ほど、バルバラが言ったことはすべて誤りでございます。私も、そして、我が娘シュトリナも、ただの一人の人間にも手をかけたこともございません」

「…………はぇ?」

驚愕のカミングアウトに、その場の一同が静まり返る。そんな刹那の静寂を破ったのは、バルバラの嘲笑だった。

「なにを言い出すかと思えば……くだらない戯言を。いくらなんでも、その言い訳は無理筋ではありませんか?」

呆れた様子で言うバルバラ。これにはミーアも同意だった。

――それは、さすがに無理があるんじゃないかしら……?

と、思ったミーアは……けれど、そこで気付く!

彼女の忠臣ルードヴィッヒが……黙っている。

あの、前時間軸において、誰よりも鋭くミーアにツッコミを入れ、えぐりにえぐってきたあのクソメガネが……、黙っているのだ。

否、なんの疑問も抱いていないような穏やかな顔で、成り行きを見守ってさえいる!

――これは……、ふむ……。

ミーアは、開きかけた口を閉じて腕組みをする。様子見の構えを取りつつ、やってくる波に備える。

そんなミーアに一瞬だけ目をやったローレンツは、小さく息を吐き……、

「ご存知のように、我がイエロームーン公爵家は、ティアムーン帝国建国以来、この帝国の発展を邪魔する者たちを、陰で葬ることを務めとしてまいりました。初代皇帝陛下との盟約に従って……。けれど、この数十年、帝国は安定の時期を迎えておりました。その上、今代の皇帝陛下もまた、温和なお人柄。暗殺の依頼はただの一度もされてはおりませぬ……」

「ふむ……」

ミーアは小さく頷いた。

なるほど、ローレンツの言うことは、納得できた。

――温和かどうかは微妙なところですが、お父さまは、わたくしの好感度にしか興味がないような方。それに、確かにわたくしが知る限り、ここしばらくの帝国は戦乱とは無縁でしたわ。

その分、裏では貴族同士の権力闘争はあったのだろうが……。四大公爵家の一家が直々に動かざるを得ないような、国家の敵と呼べる者は存在しなかった。

「ふふふ、なお悪いではないですか。暇そうにしておりましたから、その分、蛇としてしっかり働いてもらいましたよ」

ローレンツの言葉を受けて、バルバラは勝ち誇ったように笑った。

「帝国を崩し、この地を呪われた地とするために、知恵ある者を葬り、蛇に背く者を葬っていった。帝国の剣として暗殺を担ったならば、その罪もあるいは赦されましょう。けれど、蛇の手先として働いた件は……」

「私は……小心者なのだよ。バルバラ。ミーア姫殿下とは違い……、勇気がないのさ。暗殺など、とてもとても、恐ろしくてね。ゆえに……だましたのさ、君たちをね」

「馬鹿馬鹿しい。愚劣な自己弁護もここに極まれりですね。そのようなことをしてなんの意味があります?」

首を振りながら、バルバラは言った。

「お館さまが臆病者というのは、私も否定はいたしません。だからこそ、蛇を裏切るような真似をするとは思えません。あるいは、今日のように、蛇に対抗する者たちがいるのであれば、蛇の言いなりにならぬ理由にはなりましょう。けれど今日の事態は、すべて帝国の叡智、皇女ミーアがいたからこそ生まれた状況。このような状況になることを予想して、暗殺の対象者を生かしておくなど、非合理なこと」

「らしくもない言いようだ。バルバラ、少し考えればわかることだろう。蛇に暗殺を命じられたということは、蛇にとって邪魔な存在であるということ」

ローレンツは強い口調で言い切る。

「それは裏を返すならば……、蛇と戦うのに有益な者たちと言えるだろう? 我が仲間として、共に蛇に反旗を翻してくれるかもしれない。将来のために、生かしておく意味は十分にあるだろう」

バルバラはローレンツを小馬鹿にしたように、笑った。

「それでもあり得ぬこと。あなたの周りの臣下はみな、我々の息のかかった者ばかり。近年、イエロームーンと協力関係にあった風鴉、いえ、白鴉の者たちも、ジェムに掌握されていた。お前が私たちに隠れて行動することなど不可能。たった一人で、そのような大仰なことをしたと? 標的を死んだように見せて、どこか安全な場所に逃がしたと? 無能者で半端者のあなたが、どうやって?」

鋭い揶揄に、ローレンツは力なく、肩をすくめた。

「ああその通りだ。あいにくと私には、力はないよ。君たちに逆らう力もなければ、娘を悲しませずにいることもできなかった。悔しいよ……」

そこで言葉を切って、それから、ローレンツは、穏やかな顔でバルバラを見つめた。

「しかし、君は見過ごしたね。彼……、ビセットのことを」

その時だった。ふと、思い出した、といった口調で、ルードヴィッヒが口を開いた。

「そう言えばシオン殿下……、お尋ねの件をお伝えするのをすっかりと忘れておりました」

「ん? 尋ねたこと、というと……」

「以前、ミーアさまを通してお聞きいただいた件です。イアソン、ルーカス、マックス、タナシス……そして、ビセット」

その名前の羅列を聞いた時、シオンは微かに瞳を見開いた。

「……まさか」

驚いた様子のシオンに、近くにいたモニカが頷いて見せる。

「そう……。あの方、ビセット殿は、かつて風鴉に属していた者……。帝国内に、サンクランドの諜報網を築いた伝説の人です」

その言葉に、ビセットは、少々困り顔で首を振った。

「誇張が過ぎる評価です。それに、ずいぶんと昔の話ですね」