軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十二話 蔓延する……味方にも

やがて……、体を洗い終わったラフィーナがゆらり、と立ち上がった。

ひた、ひた、と浴槽に歩み寄ってくるその姿は、さながら怒れる獅子のようだった!

――ひぃいいっ! まっ、間違いありませんわ。ラフィーナさま、めちゃくちゃ怒ってますわ!

一気に、ミーアの脳みそが回転を始める。

一体なにゆえ、ラフィーナはこんなにも怒っているのか!?

刹那の思考、その後、ミーアははたと思い至る。

――そっ、そうでしたわ! 鍋パーティー! ラフィーナさま、今日の鍋パーティーを楽しみにしておいででしたわ!

今夜、生徒会で企画されていた鍋パーティーのことを、ものすごく楽しげに話していたのをミーアは思い出した。

きっと、それがなくなってしまったから、ラフィーナは怒り心頭なのだろう……とミーアの推理は冴えわたる。

ぶっちゃけ、その責任は自分にはないんだけどなぁ、などと思わないでもなかったのだが、それはそれ……。

怒っている人間の前では、理屈を説いても無駄というものである。

――まぁ、鍋パーティーが潰れたのであれば、冷静さを失うほど怒っても仕方のないことですわ。あれは、とても美味しいものですし。ふむ、恐らくラフィーナさまはわたくしと同じ、隠れ 食道楽(グルメ) なのですわ!

そうして、ミーアは、チラリとラフィーナの脇腹を盗み見た……!

「…………っ!」

なんか、シュッとしていた!

――妙ですわ……。もしもラフィーナさまが 食道楽(グルメ) であれば、わたくしと同じようにもっと……。

ミーアは、自らの脇腹をつまんでみてから、小さく首を振った。

世の理不尽を嘆くように、ほふぅと、ため息を一つ。それから思考を元に戻した。

――ああ、失敗いたしましたわ。わたくしは、こんなところでゆっくりお風呂になんか入っているべきではありませんでしたのに……。みなさんと一緒に、ラフィーナさまにお会いして、謝らなければいけなかったのですわ!

けれど、それも後の祭りというもの。しかも、この、二人きりの空間で顔を合わせてしまうという間の悪さである。

――いえ、違いますわ。間が悪いのではなく、待ち伏せを受けたのですわ。入浴剤を用意したと言ってましたし。つまり、わたくしは、ラフィーナさまの罠に、まんまと踏み込んでしまったと……ひっ!

その時、ちゃぽんっとお湯が揺れる音が聞こえた。

恐る恐るそちらに目を向けると、今まさに、ラフィーナが浴槽に体を沈めるところだった。

「ふぅ……。確かに、いい香り。なんだか落ち着くわね……心が」

小さく息を吐き、ぐぐぃっと体を伸ばすラフィーナ。

――そっ、それは、つまり、入浴剤で静めなければならないほど、ラフィーナさまの怒りが激しいということなのでは……。

ちゃぽちゃぽお湯を揺らしつつ、震え上がるミーアである。

「さ、さーて、では、わたくしは、そろそろ……」

そうして、ミーアは早々に逃げにかかる。後のことなどは知らない。ともかく、怒れるラフィーナと二人っきりという状態だけは避けなければ、という判断からである。が……、

「あら? ミーアさん、まだ、いいじゃない? もう少しゆっくり入りましょう?」

すぅっと伸びてきたラフィーナの手が、ミーアの手首をつかむ。それから、ラフィーナはクスクス、笑いながら言った。

「お友だちと一緒に、楽しいお風呂なんだから、そんなに急ぐこともないんじゃないかしら? それとも……」

っと、不意に、ラフィーナが体の向きを変える。真っ直ぐにミーアの方を向き、若干、上目遣い気味に、ミーアを見つめて……、

「それとも、ねぇ……ミーアさん、私は、ミーアさんのお友だちじゃなかったのかしら?」

そう尋ねてきたラフィーナは――、すでに笑っていなかった!

じっと見つめてくる瞳は……明らかに睨んでいる!

「い、いいええ、そ、そのようなことは、決してございませんわ。ラフィーナさまは大切なお友だちですわ」

慌ててミーアは浴槽に浸かりなおした。

だらーりだらりと背中から、いやぁな汗を垂らしながら……。

「そうなの? てっきり私は、ミーアさんに見限られてしまったのかと思っていたのよ」

きょとん、と首を傾げるラフィーナに、ミーアは必死に主張する!

「そっ、そんなこといたしませんわ。ラフィーナさまは、わたくしの大切なお友だちですわ!」

「それなら……、どうして……、どうして、なにも言わずに、危険なところに行ってしまったの?」

その時、ミーアはふと気づいた。じっと見つめてくるラフィーナの瞳、その瞳が、薄っすらと潤んでいるということに……。

「え? あの、ラフィーナ、さま……?」

「ミーアさんが言ったのよ? 一人でなんでも背負い込むなって……、それなのに……酷いわ。どれだけ心配したと思ってるの?」

そう言って、ラフィーナは声を震わせた。

……ミーアは混乱した!

一人で背負い込むな、なんて言ったかしら? などと、思わず疑問に思ってしまう。

なにせ、上手くやってもらえるなら、全部、背負ってもらってサボっていたいミーアである。

けれど……、もちろん、そんなことは口に出したりはしない。

覚醒したミーアの危機察知感覚が告げている。ここは、余計なことを言ったらヤバい、と。

――と、とりあえず、話を合わせておくのが、よろしいですわね。心配していただいたのは事実のようですし……。

うんうん、と頷き、ミーアは口を開く。

「この度のこと、とても申し訳なく思っておりますわ。仕方のないこととはいえ……、ご心配をおかけして……」

そんなミーアをジッと見つめていたが……、やがて、小さく首を振った。

「わかっているわ。ミーアさんは悪くなかったって……。ベルさんを助けるために……、ミーアさんは一人で行かざるを得なかった。それはわかってるの……。でも、せめて、一言でも相談してほしかった……。ここ最近、あなたが悩んでいることはわかってた。それなのに、私はなにもできなかった。それが、私は悔しいの」

ラフィーナは、小さくため息を吐いて言った。

「ラフィーナさま……」

ミーアは、思わず感動してしまった。ラフィーナが自分のことをこんなにも心配してくれているのが嬉しかったから……。

「ベルさんにも少しだけど聞かせてもらったわ。不安だったでしょう? 自分に対して暗殺が企てられていることを知ってしまった時は……」

「ああ、そうですわ。わたくし、とても不安でしたわ……」

ここしばらくの悩みをわかってもらえた! それがとても嬉しくて、ミーアの瞳がウルウル潤みだして……。けれど……、

「でも、誰にも言えなかったのよね。シュトリナさんを、取り戻すために」

「…………ん?」

ちょっぴり雲行きが怪しくなってきたことに……、ミーアは気が付いた。

――取り戻すため? はて……? なんのことかしら?

首を傾げるミーアであったが、ラフィーナは止まらない。

「ここで、あの煙が出る入浴剤をばら撒くことで、シュトリナさんに機会を与えた。成功するかどうかじゃない。彼女に悔い改める機会だけでも与えようとした。それであえて、敵の暗殺計画に乗るような危険なことをしたのね?」

「…………はぇ?」

なんのこっちゃ? と首を傾げるミーアに、ラフィーナは寂しげな笑みを浮かべた。

「あなたの……、そのお人好しで、誰かを助けるためなら命を懸けようという姿勢はとても素敵だけど……、それでこそ私のお友だちだってわかってるけど……、でも、やっぱりなにも言わずに一人であなたを行かせてしまったことが悔しかった。相談されてもなにもできなかったと思うけど……それでも悔しかったの……」

そうして、ラフィーナは、そっと瞳を閉じて言った。

「だから……ね、これはただの愚痴なの。ごめんなさい、ミーアさん。あなたが無事で帰ってきてくれて、とても嬉しいわ」

「ラフィーナさま……」

ミーアは、そんなラフィーナを見て……、とりあえずホッとする。

――よかった! ラフィーナさま、怒ってなかった!

「ミーアさん。私、頑張るわ。あなたの隣に並べるような、いつでも相談したくなるような、そんな人になれるように」

そうして、ラフィーナは笑みを浮かべた。

ミーアは……、なぜだろう、漠然とした不安が胸を過ぎった。

なんだか……、ものすごい誤解をされてるような……、自分に対する期待値がものすごいことになっているような、そんな気がするけれど、気のせいだろうか?

不安そうな顔をするミーアに、ラフィーナは大きく頷いて見せた。

「後のことは、私たちに任せて、今日はゆっくり休んでね。今、モニカさんが、動いてくれているから……、安心してちょうだい」

「え、ええ……では、お言葉に甘えさせていただきますわ」

ミーアは、そこで深く考えるのをやめた。

ともかく、危機は脱したのだ。

――まぁ、気にしても仕方がありませんわね。

お風呂から上がったミーアは、ポカポカの体のままベッドに入り、丸一日眠るのだった。

……寝すぎである。