軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十四話 闇夜に燦然と輝くミーア姫!

その瞬間……。

大量の煙が発生する瞬間を、ベルは間近で見ていた。

それは、まさに突然の出来事だった。

バルバラの注意が逸れた瞬間に、シュトリナが焚火の近く……、お茶を入れようと沸かしていたお湯のところに近づき、そして、なにかを入れたのだ。

直後、もくもくとした白い煙が、爆発的に辺りに満ちた。

視界を塞がれて誰もが動けなくなっていたところで、突如、ベルの両腕を縛っていた縄が切られた。

「え……?」

驚いて、後ろを振り返ろうとしたベルだったが、その瞬間にトンっと背中を押されて、バランスを崩した。

そのまま、たたらを踏むように、ベルは前方につんのめって……。

その背を追って……、

「……さよなら、ベルちゃん。元気でね」

煙の中、声が聞こえた。

「……え? リーナ、ちゃん? あっ!」

思い切り、煙の中に突っ込んでしまったベルは、次の瞬間、誰かとぶつかった。

「うひゃあっ!」

ちょっぴりヘンテコな悲鳴を上げた人物、それは、自分を助けに来てくれた人で……。

「あっ……、ミーアお祖母さま……?」

「なっ? ベル……!? どうして……」

などと、呆気にとられたのは、一瞬のこと。

――好機到来ですわ! 逃げるのは、今しかございませんわ!

ミーアはすぐに動き出す。切り替えが早いところが、ミーアの良いところだ。

「荒嵐っ!」

指示する余裕などない。ただ、名前を呼んだだけだ。

けれど、そんなミーアの呼びかけにも荒嵐はきちっと反応した。

煙を突破して駆け寄ってきた荒嵐に、ミーアはひらりっと飛び乗ると、流れるようにベルを自分の前に乗せた!

……ミーアのイメージの中では。

実際には、よっこいしょーっと上に乗り、ものすごーく苦労して、ベルを引っ張り上げたわけだが……。まぁ、それでも、火事場の馬鹿力を発揮して、ミーアにしては十分に早かったのだが……。

「で、でも、まだリーナちゃんが……」

煙の方に目を向けるベルに、ミーアは言った。

「どちらにせよ、今のわたくしたちでは、助けることはできませんわ。でも……」

そこで言葉を切ってから、ミーアもまた煙の方に目を向ける。

「絶対に……、ええ、絶対に助け出してみせますわ。だから、今は、逃げますわよ!」

そうして、ミーアは荒嵐に指示を飛ばす。

「さぁっ! 逃げますわよ! 荒嵐!」

ミーアの人生最大の、命を懸けた逃亡劇、その幕が静かに開いた。

ミーアの号令で荒嵐は走り出した。いきなりの全力疾走である。

吹き飛ばされないようにミーアは、前方に乗るベルを抱きかかえるようにして、身を伏せた。

煙によって、若干、方向を見失っていたものの……、まぁ、大した問題ではない。なぜなら……、ミーアは秋に一つの奥義を習得しているのだ。

そう、背浮きの極意である。

荒嵐の走りに身を任せ、自らは、できるだけそれを邪魔しないこと。

要するに、荒嵐さえ逃げる方向を知っていれば……、ミーアはぽけーっとしてても、なんの問題もないわけである。

やがて、煙に覆われた地帯を抜ける。

背後を振り返れば、白く 光(・) る(・) 煙幕が、村全体を包み込むようにして広がっていた。

「あれは……、クロエの持ってきた入浴剤でしたのね……」

そう言えば、ティオーナとお風呂に行った時、後からシュトリナが入ってきたっけ、と思い出す。

――あの後、クロエから分けてもらっていた、ということかしら? ならば、リーナさんは、こうなることを予想して、最初から助ける気でいたということに……?

一瞬、物思いにふけりそうになるミーアだったが、すぐに首を振る。

「今、考えても仕方のないことですわね。なにはともあれ、こうして窮地を脱することができましたし、みなさんの元へ戻った後で助けに行きましょう。あ、でも、島に戻るには船がいりますわね……。あの商人はもういないでしょうし……。それならば、明日の朝になるまで、夜闇に身を潜めるのがよろしいかしら。月が出ているとはいえ、この暗さですし、どこにでも隠れることができ…………あら?」

と、ここで、ミーアは微妙な違和感に気づく。なんだか、あたりが微妙に明るいような……。

月明かりが強くなったのかしら? などと空を見上げようとしたミーアは、直後に気づく。光っているのは、自分自身であるということにっ!

正確に言えば光っているのはミーアとベルのみ。荒嵐は別に光っていない。

ぼんやりとした淡い光が彼女たちの体を照らして、まるで、二人が宙に浮いているようにすら見えた。馬に乗る二人の姿は、闇夜を飛び回る妖精のようで……。もしも、どこかの物書きに目撃されてしまっていたら、愉快なトンデモ皇女伝の材料にされてしまいそうだ。

それはともかく……。

「なっ、こっ、これは、いったい……?」

混乱するミーアであったが直後に原因に思い至る。

余談だが、ミーアには、いくつか脳細胞の働きが活発化するワードというのが存在している。甘い物やキノコ類がそれにあたるが、もう一つ……、ミーアが大好きなお風呂関連のワードに関しても、ミーアの頭脳はキラリと冴えわたる。

そして……、つい最近のお風呂関係のことと言えば……。そう。煙の出る入浴剤。そして、そのかぐわしい香りは……、月蛍草の香り……。

「……月蛍草……、月蛍……? ものすごく光りそう!」

そう……ミーアは知る由もなかったが、その名前の由来……。それは、夜に輝く草であるということ……。

そして、その成分を含んだ入浴剤にもまた、同じような性質があって……。

明るいところでは表われない微妙に厄介な仕様に、ミーアは大いに慌てる。

「これ、暗いところを歩くのには便利でしょうけど、身を隠すのは無理なんじゃ……」

などと考えているところで……、ミーアは見た。

後方、白く輝く煙幕を突き破り……、自分と同じようにほのかに輝く三つのナニカが飛び出してきたことを。

その光が描くシルエット、それはどう見ても馬に乗った男と、巨大な二頭のオオカミにしか見えなくって……!

「ひっ、ひぃいいいっ! 来てますわ! 追っかけてきてますわよ! 荒嵐!」

ミーアに言われるまでもなく、荒嵐は速力をあげている。暴力的な加速に振り落とされないように、ミーアは必死にしがみつく。

そうして、ミーアは風になった!

風になったはず……なのに……。

後ろを振り返ったミーアは、悲鳴を上げた。

「ひぃいいいっ! ち、近づいてますわよ、荒嵐。どんどん後ろから近づかれておりますわっ!」

荒嵐の速さを知るミーアには信じがたいことながら……、男の乗る馬がじわりじわりと近づいてきていた。さながら、白く透き通る亡霊の騎士のごとく……、男は見る間に距離を詰める。

それは、恐るべき速さだった。

一瞬、ミーアとベル、二人分の重さで荒嵐が遅れているのかとも思ったミーアだったが……、

「いえ、わたくしが、そんなに重いはずはございませんし……荒嵐なら余裕のはずですわ」

などと、すぐに考えを改める。

その証拠に、男が連れていたオオカミたちは、いささか遅れ始めている。荒嵐が遅いわけでは決してない。敵が、速すぎるのだ!

「はっ、はっ、速く! 荒嵐、もっと急いでくださいまし」

ミーアの声に、荒嵐は、ただ小さく鼻息をこぼすのみ。

それは、うるせえ、黙ってろ! とでも言うかのような、ちょっぴりムッとした鼻息だった。

月夜の追走劇は、始まったばかりだった。