軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十二話 ミーア皇女、光臨

アベル・レムノは、自分が二流の負け犬であることを自覚していた。

レムノ王国は、剣術の腕が重視される国だった。サンクランド王国のような歴史と格式もなく、ティアムーン帝国のような強大な国力もなく、ヴェールガ公国のような権威も、周辺国からの尊敬もない。

そんな中で、かろうじて、武力を強化することによって、周辺の一流国に対抗しようとしているのだ。

それゆえ、レムノの男たちはみな剣の腕を磨き、武勇を競っていた。

王族であるアベルも幼いころから厳しく剣術を教え込まれた。王に連なるものである以上、一番になれと言われ続けた。

けれど、兄である第一王子には、ただの一度も勝てた試しがなかった。

それでも、彼は努力したのだ。なんとか兄に勝ちたい、一番になりたいと 研鑽(けんさん) を積み重ねた。

けれど、そんな彼は知ってしまう。この世界には、どれだけ努力を積み重ねようとも到達できない才能の領域があるということを。

それはサンクランド王国を訪れた折、シオン・ソール・サンクランドの剣を見た時のことだった。

それは、恐ろしい剣だった。

本職の騎士たちをも圧倒する技の冴え。

体重やリーチ差をものともせず、次々に練習相手の大人を圧倒していく、天賦の才の持ち主は、ただの一度も勝てない兄とすら比べ物にならないほど強い、その少年は、自分と同い年で……。

さらに、彼が一流国であるサンクランド王国の第一王子であることを知った時、アベルの中で何かが折れた気がした。

ああ、神に選ばれた者というのは確かにいて……、そうではない自分は、どれだけ頑張ったとしても、しょせんはそこには到達し得ないのだ、と。

二流にしかなれないのだ、と……。

そう考えたら、なんだか頑張るのがバカバカしくなった。

それならば、なにも苦しいことをする必要はない。幸いにも、彼は母親譲りの端整な顔立ちをしていた。レムノ王国はもともと男尊女卑の傾向が強い国だったから、ほんのちょっとでも優しくしさえすれば、ちやほやしてもらえた。

メイドたちからのアベルの評判は上々なのだ。

そうして、生涯に数十人もの妾をはべらせた稀代のプレイボーイとして、二流王子の運命を辿るはずだったアベルの前に、彼女は 燦然(さんぜん) と 光臨(こうりん) した。

ティアムーン帝国の皇女、ミーア・ルーナ・ティアムーン。

強大な権勢を誇る帝国皇女にして、一部では聖女と謳われる叡智の持ち主の少女は、アベルの軽薄なだけだった未来を正面から張り飛ばしたのだ。

彼女は周囲の生徒たちの前で高らかに言ってのけた。

アベルが自らのダンスパートナーだと。しかも……、

「そういうわけですから、シオン王子、真に残念なお話ではございますが、先ほどのお誘いの件、お受けするわけにはいきませんの」

あろうことか、神に選ばれた者、超一流の王族であるシオン・ソール・サンクランドの誘いを断ってだ。

――じょ、冗談ではない!

アベルは慌てた。

こんな事はあり得ない。自分とミーア姫では、とてもではないが釣り合うはずがない。そんなことはわかりきったことだ。ゆえに、

「ミーア姫!」

騒ぎがひと段落してすぐに、彼はミーアのもとに走り寄った。

「先ほどは、助かりました。けれど、あれで十分。ダンスパーティーではシオン王子をパートナーにしていただきたい」

「あら? わたくしに恥をかかせるおつもりですの?」

「いえ、そうではなく! ボクなどと踊ってもしかたないでしょう。ボクとあなたとでは、とてもではないが、釣り合わない!」

「ならば、わたくしのために、自分を磨きなさい。わたくしに釣り合うように」

「は?」

アベルはぽかん、と口を開いてから……。

「で、でも、残念ながら、ボクには才能がないのです。ミーア姫。どれほどがんばっても、シオン王子はおろか、たぶん兄にだってかなわない……」

血を吐くような声。悔しさがにじみ出たその言葉は、ひさしく見せていなかったアベルの本音だった。

どれだけ努力してもかなわないということが、悔しくないはずがないのだ。

けれど、そんなアベルにミーアは優しく微笑みかける。

「アベル王子、あなたが知っているのは“今のこと”。今彼らにかなわないということ、それだけではなくって?」

「……え?」

「今日釣り合わなければ明日、明日でダメならその次の日に。研鑽を積み上げて至る場所は、どんな人間にだってわからぬもの。あなたの命が終わる時、あなたがシオン王子の上に立っていないなどと、たとえあなた自身にも言えぬことですわ。でも……」

それから、ミーアはそっと瞳を閉じて、

「このわたくしで良ければ、保証をして差し上げますわ。わたくしがダンスパートナーに選んだのです。あなたがシオン王子や、まして、あなたの兄君に勝てぬなど、絶対にあり得ぬこと。このミーア・ルーナ・ティアムーンが保証しますわ」

その言葉は、まるで神託のように、アベルの胸に突き刺さった。

――あのダメ兄に邪魔されて、いざという時に援軍が出せないなんてことになったら困りますし、アベル王子にはがんばっていただかなければ……。ふふ、それにしても公衆の面前でシオン王子の誘いをお断りしたのは、痛快でしたわ!

腹の中は大変ゲスなミーア姫殿下ではあったのだが。

そんな思惑とは裏腹に、かくて、アベル・レムノの運命は大きく変わり始めたのだった。