軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百九話 ミーア姫、ステータスを盛る

「ミーア、今の話は本当なのかい?」

「……本当かどうかはわかりませんけれど、ここには確かに、そのように書かれておりますわ」

こいつぁ、トンデモないものを見つけてしまいましたわ……、などとミーアは頭を抱えた。

さらに、石板の最後には、

『我が血族は忘れるなかれ。その記憶に刻み込め。我らは世界を憎む者。混沌と破壊をもって、世に復讐する者である。 努々(ゆめゆめ) 忘れず、励め!』

などと、ご丁寧にも 激励文(げきれいぶん) がついていた。

――うるさいですわっ!

思わず、ご先祖さまにツッコミを入れてしまうミーアである。

と、同時に、妙に納得する部分も確かにあった。

あの革命の時、ミーアがどれほど頑張っても上手くいかなかったこと。

その原因は、帝国内に潜伏していたサンクランドの密偵「白鴉」のせいだとばかり思っていたが、違ったのだ。帝国は最初から、「混沌の蛇」という滅びの因子を内包した存在であったのだ。

――すべての貴族が、初代皇帝の思惑を受けて行動しているとは思いませんけれど、帝国の長い歴史をかけて醸成された流れを簡単に覆せなかったのは納得ですわ。それに、混沌の蛇に四大公爵家が関係しているというお話も……。

最初、それを聞いた時には「そんな国の重鎮が!?」などと思ったものだが、こうして聞いてみると納得だ。

公爵が混沌の蛇にそそのかされたのではない。

初代皇帝がすでにそそのかされていて、帝室がその初志を忘れていただけなのだ。

――まぁ、忘れても当然とは言えますけれど……。

なにせ、おぼえておく価値のないものである。

こんなものおぼえていたって、百害あって一利なしの、しょーもないものである。

――というか、これ、見なかったことにできないかしら……? 変にこんなの知ったら、騒ぎ出す連中がいそうですわ。

普通の貴族にとって、初代皇帝の思惑は、はっきり言って邪魔な代物だ。

今現在の体制で利得を得られている者にとって、その枠組みを揺るがすような要素は見なかったことにしたいもののはずで……。だからこそ、みんな忘れていったのだ。

――恐らく、お父さまも知らないはずですわ。今を幸せに生きるのに、邪魔でしかないものですもの。忘れて当然ですわ。

けれども、影響はゼロではないのだ。

例えば、没落した貴族などは、初代皇帝陛下の意向が云々などと言って、現在の体制を糾弾する材料にするかもしれない。

あるいは、歴史や伝統を無批判に受け入れてしまうような者に知られてしまったら……。

――これ……、少なくともエメラルダさんには絶対に見せない方が……。

「なっ、なんなんですの、それは……ミーアさま?」

その声に、ミーアは思わず飛び上がった。

思考にふけるあまり、ミーアは気づいていなかったのだ。

神殿の中に入ってきた者たちの存在に……。

「ミーアさま……」

不安げな顔で自身を見つめるのは、ミーアの大切な忠臣の姿で……。そして、彼女に肩を借りるようにして立っていたのは……。

「アンヌ……それに、エメラルダさんまで、どうしてこのようなところに?」

「そんなことより、先ほどのお話ですわ。本当なんですの?」

ミーアは思わず舌打ちしたくなった。

――厄介な方に聞かれてしまいましたわ。

正直な話……ミーアとしては、初代皇帝の意志など知ったことではない。

たとえこの石板の記述が本物で、ティアムーン初代皇帝が、ここに書かれているような動機で国を建て上げたのだとしても……。

ミーアとしては、いちいちそれに従ってやる道理はない。

――というか、馬鹿正直にご先祖さまの言うことを聞いていたら、またギロチンの憂き目にあってしまいますわ!

ミーアとしては、こんなためにならないものなど、とっとと海の底にでも沈めてしまいたいぐらいである。

それは、国民のため?

それとも、内戦で命を落とす兵士のため?

否、もちろん、自分自身のためである。

ミーアは自分ファーストなのだ。

それゆえに国が亡びることなど望まないし、革命が起きることなど望むはずがない。

いつでも甘い物が食べられて、自分はベッドでゴロゴロしていられる生活。

それこそが、ミーアの理想!

その理想の前では、先祖の遺言など戯言に過ぎず。

否! むしろ、害悪ですらある。

帝国がどんな目的で作られたとしても、知ったこっちゃないのである!

目の前に新品のギロチンがあったとしたら、ミーアは処刑に使ったりなどしない。固い果実を割って、甘いジュースを得るために使うのだ。

なんのために作られたかではない。今、なにに使うのが一番役に立つかが重要なのだ。

けれど、そのように考えられない人も当然いる。

その筆頭が、今まさに、ミーアの前に立っていた。

――エメラルダさんに知られてしまったのは、失敗でしたわね。なんてタイミングが悪い。

ミーアは知っている。エメラルダは、貴族の伝統やら親の言いつけやらに縛られがちな人間である。

――エメラルダさん、わたくしと違って、いささかチョロイところがありますから、こんなのでもコロッと影響を受けてしまうかもしれませんわ。

「そんな……、そんなことを、初代の陛下が……」

ふるふると震えつつ、石板の文字をじっと読んでいるエメラルダ。

「こっ、こんなの気にする必要はありませんわ。大丈夫……」

ミーアがそう声をかけても、まったく反応を示さない。

「私たちの帝国が、このようなことを? 初代陛下の御心を行うために……」

――ああ、まずいですわ。ぜんっぜん、わたくしの声が聞こえておりませんわ!

うつろな目で、ぶつぶつとつぶやくエメラルダにミーアは慌てる。

――あああ、もう! エメラルダさんって権威主義的なところがございますし、初代皇帝の権威を持ち出されては、いささか不利かもしれませんわ。

確かに、ミーアは皇帝の娘であって、至尊の皇帝自身ではない。しかも、エメラルダとは血のつながりもある、いわゆる親戚の娘なのである。

"ありがたみ"としては、どう考えても、初代皇帝の言葉の方が上である。

――ううう、これは、なんとかしなければ。エメラルダさんまで、蛇に傾倒していきそうですわ!

ミーアは、今のところエメラルダやグリーンムーン公爵は、混沌の蛇とは無関係であると考えている。

この初代皇帝の極めて迷惑かつ悪質な想いを律義に汲んでいるのは、きっと、別の公爵家の者だろう。

――そもそも、皇女たるわたくしや、お父さまさえ継承していないであろうものを、勝手に実現しようとか思わないでもらいたいですわ!

それはさておき、そんな現在は無害なエメラルダであるが、このまま初代皇帝の言葉に影響されてしまうと、これは極めて厄介である。

どうすべきか……、しばしの黙考…………直後、閃いた!

――そうですわ……、わたくしの、皇女の言葉が軽いというのならば、もっと 重要度(ステータス) を盛ってやればいいのですわ!

権威では勝てない。けれど、ミーアには初代皇帝に勝るものがある。

すなわち、それはっ!

「ねぇ、エメラルダさん……」

ミーアは、エメラルダの正面に立ち、そっとその瞳を覗き込む。

「確かに、初代皇帝陛下のお言葉は、とても重いかもしれませんわ。わたくしの言葉では……到底かなうものではございませんわ。ですから、言い直しますわ。エメラルダさん、耳を傾けていただけないかしら? あなたの……親友であるこのわたくしの言葉に」

そう……、ミーアは自身の皇女という立場に上積みしたのだ。

「親友」という要素を。

確かに、エメラルダは普段から、ミーアの親友を公言している人物ではある。けれど、ミーアはそれを認めたことは、ほとんどなかった。

別に親友とも思ってなかったし……。

けれど、今ここに、ミーアは正式に言うのだ。

「あなたを、わたくしの親友ポジションに認定して差し上げてもよろしくってよ?」

と。

なるほど、確かに初代皇帝の言葉は重い。初代皇帝を大切にし、その言葉を守ることは帝国貴族として当然の、称賛されるべき姿勢なのかもしれない。

けれど、初代皇帝の言葉に接した時、それをするのは別にエメラルダだけではない。

ゆえに、初代皇帝の言葉を忠実に守る忠臣というのは……、別に美味しいステータスではない。だって、当たり前のことだから。

けれど「皇女の親友」というポジション……、これは美味しい。

ミーアの親友を公言できる人間というのは、物理的にはそう多くはない。

茶飲み友だちは百人できるかもしれないが、親友は百人できないのだ。

となれば、レア度はどちらが上かは考えるまでもなく明らか……。

その上で、ミーアは言うのだ。

親友としての言葉の重みを、エメラルダに突きつけるのだ。

「初代皇帝陛下がどのような思惑で、帝国を建て上げられたのであろうと、それは些細なこと。それよりも大切なことがございますわ」

「た、大切な……こと?」

「民を安んじて治めることですわ」

それが……、それこそが、食べたい時に甘い物を食べられる環境を維持するということ。

ゴロゴロとベッドに横になっていても、あまり文句を言われずに済む環境を維持するということ。

ミーアの理想! 黄金郷のヴィジョンにして、真に価値ある未来だ。

「もしも、ティアムーン帝国が、そのような悪しき目的のために作られたのだとしたら……、今、この時、わたくしが、それを破棄いたしますわ」

そう言ってから、ミーアは笑みを浮かべた。

「ねぇ、エメラルダさん、初代の皇帝陛下ではなく、わたくしの言葉に耳を傾けていただけないかしら? 過去の盟約に縛られて初代皇帝に忠義を尽くすのではなく、親友であるわたくしとの友誼を選んでいただけないかしら?」

そうすれば、公式に皇女の親友と名乗ってもいいのよ? と、ちょっぴり媚びたような、ゲスい笑みを浮かべるミーアなのであった。