軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百二話 生きるべきか、死すべきか……

森の中、木々の間を縫うようにして伸びる曲がりくねった獣道を行く。

ただでさえ木の根が顔を出し、ボコボコとしている上に、土の部分も微妙にぬかるんでいて……、ミーアは幾度となく足を取られそうになりながらも懸命に足を動かした。

「昨日、ボクたちが寝ている間に、また一雨降ったみたいだね。足元に気を付けて」

そう言って、アベルが差し出してきた手をしっかりと握って、ミーアは笑みを浮かべた。

「ありがとうございます、アベルはやっぱり紳士ですわね」

ミーアの言葉を聞いて、アベルは、微妙に視線を逸らした。

「こ、転んだら大変だからね。大したことはしていないよ。それより、今年はよく雨が降るね」

空を見上げながら、アベルは言った。

それでミーアは思い出す。アベルにも話しておかなければならない大切なことを。

いや……思い出すというのは正確ではない。

実は、少し前から考えてはいたのだ。

アベルに、未来の知識にまつわることを教えるべきか否か、ということを。

先に起こることを知っている……などと、そんなことを言い出したら、どんな風に思われるのか……。特に、アベルにだけはどうしても信じて備えていてほしかったから、失敗はできない。

ついつい不安になってしまって、今まで言い出すことができなかったのだ。

だが、タイムリミットは迫っている。

ミーアは意を決して、アベルに言った。

「そうですわね。ねぇ、アベル、キースウッドさんにはすでに言ったことなのですけど、あなたにもきちんとお話しておきますわね。近いうちに大きな飢饉が来ますわ」

ミーアは、あえて淡々とした口調で、それを伝えた。

正直な話、サンクランドはどうなろうと知ったことではないが、レムノ王国は心配なのだ。なにしろ、少し前に革命騒ぎが起きているし、アベルの故郷でもある。

できれば、平和であってもらいたい。

ゆえに、あえて大げさではなく、事実を伝えるようなさりげない口調で告げたのだ。

それを聞いたアベルは少しだけ驚いた顔をしたが……。

「それは、確かなことなのかい?」

「無論、確たる証拠は提示できないのですけど……でも」

言葉を続けようとするミーアに、アベルは優しげな笑みを浮かべた。

「いや、ミーアが言うのだったら、そうなんだろう。信じるよ」

その答えが、ごくあっさりとしたものだったから、ミーアは逆に驚いてしまった。

「え……? あ、し、信じてくださいますの?」

「ああ、この島から出られたら信用のおける者たちに話して、それから父上にも話を通しておこう。信じてもらえるかは微妙なところだけど、この夏の様子を見れば動く者は必ずいると思う」

「いえ、でも……どうして?」

きょとん、と首を傾げるミーアに、アベルは苦笑いで肩をすくめた。

「君がボクを騙す理由がないしね。それに、もしも飢饉が来なかったとしても、ミーアの言ったことだ。なにか意味があるのだろう。あるいは、たとえ意味がなくっても……君が優しさから警告してくれたのだと、ボクは信じるよ」

「え、あ……、はぇ……?」

自らを真っすぐに見つめてくるアベルに、その澄んだ視線に、ミーアは言葉を失った。

アベルが合理性ではなく、ただ純粋にミーアへの信頼から、その言葉を受け入れると言ってくれたから……。

そのことを理解して嬉しいやら、なんやらで、頭がポーっとしてしまったのだ。

「さぁ、行こう」

ぷいっと前を向き、ミーアの手を引くアベル。どうやら、彼も言った後で自分の言葉が恥ずかしくなってしまったらしく……。その耳が少しだけ赤くなっていることに、ミーアは気づいた。

――もっ、もう、ぐいぐい来すぎですわ! アベル。でも、そこが素敵ですわ……。

ミーアの脳内には今、ぽやぽやと大輪の花が咲き誇っていた!

そんな幸せ気分を満喫していたミーアの目の前に、昨日も来た岩場が現れた。

森の緑が唐突に失せ、茶色っぽい地肌がむき出しになっている。地面の岩は無数のヒビが入り、砕けて、実になんとも歩きづらそうだ。

「ここには、さすがに入っていかないんじゃないかな?」

疑問を呈するアベルに、ミーアは静かに首を振る。

「確かにいかにも、危なそうですわ。進む意味などなさそうですし、無駄な労力といえるかもしれませんけれど……、だからこそ、エメラルダさんならあえて行きそうですわ!」

そもそも、ミーアが知る限りエメラルダという人は、自分より目上の者、例えば親などに言われた言いつけはきちんと守るくせに、自分と同じか下だと思っている者の言葉には、積極的に逆らいたくなる厄介な性格をしている。

――とっても面倒くさい性格ですものね、エメラルダさんって……。

ちなみに、ミーア自身も手を出すなと言われているキノコにこそ、積極的に手を出したくなってしまう性格なわけだが……。

人は、自分の欠点にはあまり目がいかないものなのであった。

二人は似た者同士なのだ。

「昨日、わたくしの口からきちんと注意しておけばよかったのですけど……、キースウッドさんに説明を任せたのは失敗だったかしら……?」

イケメンならば、きちんと話を聞くかと思っていたが、甘かったかもしれない。

「先がどうなっているかわかりませんが、注意しながら行きましょう」

そう言って、ミーアは岩場に足を踏み入れて……。

がらり……。と、どこかで、なにかが崩れる音がした。

……どこで?

ミーアは不思議に思いながら、足元に目を移し……、真っ暗な闇を見つけた。

まるで、大地が口を開けて自分を飲み込もうとしているみたい……などと思ったところで。

「…………はぇ?」

ぐらり、と体が投げ出される感覚があった。

――ああ、この感じは……ひさしくなかった浮遊感。また、わたくし、落ちるのですわね……。あら? でもこれ、下が川とかじゃないと死んじゃうんじゃ……?

「ミーア!」

直後に聞こえたアベルの声。次の瞬間、ミーアは自分が力強く抱きしめられたことに気づく。アベルが、ミーアを守るべく、自らも虚空に身を投じてくれたのだ。

「きゃっ、あ、アベル……?」

アベルの胸に頬を押し付けるような形になりながら、ミーアは思った。

――これって、死に方としては結構、ありかもしれませんわ!

割と……しょーもないことを。

――うーむ、生きるべきか死ぬべきか……、これは大変な問題ですわ……。

過去最高にステキな死に様を前に、若干哲学的なような、そうでもないようなことで頭を悩ませつつも、ミーアは落ちていくのだった。