軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十二話 転覆!~ミーア姫、魔性の妙技を披露する~

ミーアたち一行は順調に海を進んでいった。

エメラルドスター号は、とても足の速い船だった。

波を切り裂く刃のように尖った船首、海上を吹く風を極めて効率的に推進力へと変えるマスト。

しかも、船底に施されたいくつかの細工によって、揺れもかなり軽減されている。

結果、ミーアは極めて快適な船旅を満喫していた。

「あ、ほら、見えてきましたわよ。あれが私が毎年夏を過ごす無人島ですの!」

甲板に敷いた敷物の上で、ダラダラ昼寝をしていたミーアは、エメラルダの声で目を覚ました。

「……あら、着きましたのね……」

こしこしと目元をこすって起き上がる。と、ボヤけた視界の中に、その島が映り込んできた。

大きさは、セントノエル島よりも、だいぶ小さいだろうか。

それでも、住民がいても不思議ではない規模の島だった。山のように中央部がせり上がっていて、島全体を濃い緑が覆っている。

白い砂浜も見えはするが、その途中には、まるで船の侵入を拒むかのように、海面からそそり立つ岩がいくつも見えた。

そのだいぶ前で、エメラルドスター号は錨を下した。

島までの距離はおよそ三〇〇 m(ムーンテール) といったところだろうか。

当然、泳いで行ける距離ではないので、小舟を出していくことになるのだが……。

「結構、離れておりますのね……」

ミーアは少し心配そうに、小舟に掴まる。

エメラルドスター号に搭載されている小舟は三艘あった。

最初のものにエメラルダとミーア、ニーナとアンヌ、さらに漕ぎ手とエメラルダの護衛が一名同乗する。

二艘目にシオンとアベル、キースウッド、さらにミーアの護衛と漕ぎ手が、三艘目は少し大きくて、そこには島で滞在中に使う荷物が載せられている。

こうして、島への上陸が開始されたわけだが……エメラルダはここで仕掛ける!

そう! 作戦の一つ目。泳げないミーアに無様な姿を晒させるために!

「ほら、ミーアさま、あれをご覧になって!」

ふいに、エメラルダが身を乗り出して島の方を指さす。

「はて? なんですの?」

きょとーんと首を傾げ、エメラルダの方に身を寄せるミーア。

「ほらほら、あれですわ、あれ……」

近づいてきたミーアを見て、エメラルダは意地の悪い笑みを浮かべる。

――おほほ、小さい舟ってバランスをとるのが難しいんですのよね。だから……。

直後、ぐらりと舟がバランスを崩した。

「……はぇ?」

間の抜けた声を上げながら、ミーアはどっぼーんと海の中に投げ出された!

「ひっ、ひぃいいっ! お、おぼれますわ。お、おぼれ……がぼぼっ……」

「ミーアさまっ!」

アンヌの悲痛な悲鳴が響く中、ばっちゃばっちゃ、と海面を叩き、パニックに陥っているミーア。それを見て、けれど、エメラルダは余裕を崩さない。

――島までは遠浅ですし……落ち着けば足もつきますわ。ですから、存分に慌てふためいた無様なお姿をさらすとよいですわ!

ここまでは、見事にエメラルダの作戦は当たっていた。

さすがに王子たちが同乗していれば、そんなことはできないが……、彼女たちの乗る舟には、エメラルダの手の者とミーアの従者であるアンヌしかいない。

従者のことなど完全に無視したエメラルダの、自ら海に落ちることも覚悟の捨て身の作戦に、ミーアは見事に陥り、無様な姿をさらして……。けれど……。

直後、エメラルダは目にすることになる。

かつてキースウッドが小悪魔と評したミーアの魔性の妙技を!

「だっ、誰か、たたた、助け、がぼぼ……」

「ミーア、今行く!」

「落ち着け。すぐに助ける!」

勇ましい声と同時に、小舟に乗っていた二人の王子が一斉に海に飛び込んだのだ。

どうやら王子たちはどちらも泳げるらしく、見る間にミーアへと近づいていく。

「ミーア、落ち着け。ボクの方を見るんだ!」

正面から近づくアベル。けれど、その直後、ミーアに抱き着かれてバランスを崩す。

溺れる人間に正面から近づいてはいけない。鉄則である。

一方のシオンは、ミーアの後ろから近づいて来て、ミーアを支えるように腕を伸ばした。

「ミーア、落ち着け。力を抜け。人間は浮くようにできてい……、ん?」

っと、ふいに何かに気付いたのか、シオンが動きを止めた。

それから、小さくため息を吐いて首を振る。

「おい、二人とも、本当に落ち着け。どうやら、足がつくようだぞ」

「……はぇ?」

その声に、ミーアが動きを止めた。それから体の力を抜く。と、その靴の先が海底について……。

「ま、まぁ、本当ですわね……。お、おほほ、いやですわ、わたくしったら……」

などと笑っていたが……、その顔を上げた時……、

「…………っ!」

とてもとても真剣なアベルの顔が見えた。しかも、ものすごく近い!

それでようやく、ミーアは気づいた。

自分が、思いっきりアベルに抱き着いているということにっ!

しかも、後ろからはシオンが身を寄せている。つまり今のミーアは、水も滴るイケメン王子二人に抱かれて、海の中にたたずんでいるのだ!

かつて、これほどまでにミーアの人生が充実していたことはあっただろうか? いや、ない!

そのあまりの豪華さに、一瞬、ミーアはクラっとして……。それを慌てて王子たちが支える。

シオンはアベルの方に目を向けて、

「これは、このまま俺たちがエスコートした方がよさそうだな。舟の他の者たちはキースウッドに任せて、俺たちはミーアを浜辺まで連れて行こう」

「ああ、そうだね。それがいいだろうな」

それから、アベルはミーアの方を見て言った。

「しかし、ミーア、あまり心配をかけないでくれたまえ」

「ええ、申し訳ありません。お二人とも……」

シュンとうつむくミーアであったが、その頬は未だに紅色に染まっていた。

――アベルもシオンも、なんだか、前よりさらにたくましくなってますわね……。

などと……、まったく反省していないミーアなのであった。

それを遠くで見ていたエメラルダは混乱の中にあった。

「どっ、どういうことですの? ミーアさまは無様な姿を晒したはず……。それなのに、なぜ、あのようにいい雰囲気に……、ニー……じゃない、あなた、説明してくださらない?」

エメラルダはそばで眺めていたニーナに説明を求める。

っと、ニーナは生真面目な顔で言った。

「……僭越ながら、エメラルダさま。殿方というのは、女性のできない部分にもときめいてしまう生き物なのだと聞いております」

「それは、どういう意味ですの?」

「なるほど、エメラルダさまは泳げます。ですから、このように舟が転覆しても慌てずにいられますし、顔に水がかかっても動じずにいられます。ご立派なお姿です。が……」

ニーナはそこで言葉を切ってから、小さく首を振った。

「それならば、別に助ける必要がないではありませんか?」

「……あ」

意表を突かれたように、口をぽかんと開けるエメラルダ。そんな彼女に追い打ちをかけるように、ニーナは言う。

「適度に隙を見せることも大切なことなのです。ゆめゆめ、お忘れになりませぬように」

その助言は、なんちゃって恋愛軍師のアンヌとは違い、実に的を射たものだった。

エメラルダは考え込むようにうつむいてから、改めてミーアの方に目を向けた。

ちゃぽちゃぽと波を受けつつ、二人の王子に支えられるようにして進むミーア。

輝くような笑みを弾けさせるその姿に、エメラルダはすごみのようなものを感じてしまう。

「……なるほど、あれが、お二人の王子たちを 誑(たら) し込んだ魔性の魅力……。くぅ、ミーアさま、やりますわね」

ミーアのすさまじさを改めて実感する(一人で勝手に……)エメラルダであった。

その後、海に投げ出された者たちは、キースウッドの指揮する二艘目の小舟に引き上げられて、救出されることになるのだった。