軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十八話 元凶……?

時間は少しばかり遡る。

ミーアが父親から学園での出来事を逐一、細かーく、微に入り細を穿ち、尋問されている頃……。

ベルとリンシャはアンヌの家でささやかな歓待を受けていた。

――これが、アンヌ母さまとエリス母さまのご実家……なんですね。

優しげな笑みを浮かべる父親とおっとりとした母親。楽しげに笑う子供たち。

心地よいぬくもりに包まれた食卓の雰囲気は、ベルが育てられてきた環境にどこか似ていた。

――エリス母さま……。

懐かしき育ての親の顔を思い出す。

目じりの優しげな 皺(しわ) 、寝る前のお話をしてくれる時の穏やかな声、大切なミーア皇女伝をベルに託した時の凛とした顔……。

ルードヴィッヒが死に、アンヌが死に……、最後までベルの面倒を見てくれたのはエリスだった。

だからこそベルは、もしも本当に過去に戻ったのだとしたら、どうしてもエリスに会いたいと思っていたのだ。

――エリス、母さま……? 当たり前ですけど、ずいぶんと、お若いです……。

ミーアのお抱え作家でミーア皇女伝の執筆者でもある彼女のことを、ベルは尊敬していた。

その偉大なる育ての母であるエリスの幼少期の姿を見るのは、なんだか不思議な感じがした。

おんぶされて、寝かしつけられる時、いつでもエリスの背中はベルには大きく感じられたものだったのだが、さすがに自分と同い年のエリスからは、そんな印象を受けたりはしなかった。

「ん? どうかしましたか? ベルさま」

じっとベルが見つめていることに気付いたのか隣に座っていたエリスが小さく首を傾げた。

ちなみに、ベルは知る由もなかったが、病弱だったエリスの顔色はだいぶ良くなっている。

肌艶がまし、やせ気味だった体は平均的なものになっている。

アンヌから送られてくるお金と、エリス自身がお抱え作家として得ている給金によって、食べるものには困らなくなっているのだ。

「あ……あの? あっ……」

困惑した様子のエリスだったが、不意になにかに気が付いたのか、

「ベルさま、少し失礼します」

そう言って、そっとベルの襟元に手を伸ばした。そこについていたパン屑を優しくはらってから、

「差し出がましいことを言うようですけれど、だめですよ。ベルさま。ミーアさまに連なる者なのですから、気を付けなくては」

しかつめらしい顔で言う。

瞬間、ベルは、しみじみと実感してしまう。

――ああ、エリス母さまだ……。

と。

懐かしさと愛おしさが、思わず胸にこみ上げてきて……、

「あの、えーと、エリスか……、さん、えと、今夜は一緒に寝ても、いいですか? 物語のお話とか聞きたいんですけど……」

思わず、そう言っていた。

「え? あ、でも、ベルさまは従者の方と……」

慌てた様子でリンシャの方に目を向けるエリスだったが、リンシャは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。

「普通は貴族とか王族が平民と一緒に寝るなんてことはありえないと思うんですけど、ミーアさまもベルさまも、その辺りはだいぶ緩いみたいよ。それと、ベルさまは、自分のことは自分でできるから、心配しなくても大丈夫」

「そう、なんですか?」

「はい。エリ……じゃなくって母さまに、恥ずかしくないようにってしっかりとしつけられましたから」

そう言って、なぜか得意げな笑みを浮かべるベルに、エリスは首を傾げるばかりだった。

そうして、見事にエリスのベッドで眠ることを許されたベルは、横になって肌かけにくるまり、思い切り息を吸い込んだ。

――ああ、エリス母さまの匂いがする……。

自分を守るため、命を散らした育ての母。その包み込むような温かさと、確かにつながるものを感じて、ベルはほんの少しだけ涙ぐんだ。

「そ、それでは、失礼します……」

と、すぐ後ろに、ゆっくりとエリスが入ってきた。

そのまま、ベルに背を向けて横になると体を固くしてしまう。

「あの、エリスか……さん?」

「はっ、はい、なんでしょうか?」

どこか緊張した声。

これでは楽しく夜のお話、とはならないかもしれない。

昔、眠れなかった時、エリスは優しくおとぎ話を語ってくれたものだった。それは、眠る前には甚だ不適切な大冒険活劇だった。

興奮して眠れない時もあったけど、気づけば、楽しい夢の中にいた時もあった。

あの時の、かけがえのない時間をもう一度だけ味わいたいと思うベルにとって、この状況は少しだけ不満だった。

むーっと頬を膨らませて、ベルは考える。

――なんとかしてエリス母さまに、緊張をほぐしてもらわないと……。

むむむ、と考えた末、ベルはとっておきの小話を披露することにした。

「あの……エリスかあ……、さん? ミーアお姉さまのお話、聞きたくないですか?」

「聞きたいです!」

ぐるり、と寝返りを打って、エリスがまっすぐに見つめてくる。

――ああ、やっぱりミーアお祖母さまのお話には、興味があるんですね……。

ベルは自分の作戦が上手くいったことにホッとしつつ、わずかばかり声を落とす。

「そうですか。では、これはここだけの話にしてもらいたいんですけど……ミーアお姉さまは、天馬も乗りこなせるんです」

「えっ、て、天馬……ですか?」

ぎょっとするエリスに、ベルは知ったかぶりで答える。

「はい。あ、ちなみに天馬というのは、なんでも、天を翔ける馬みたいですよ。ボクも見たことがないんですけど、翼がついた馬みたいです。きっと普通の馬よりずっと乗りづらいと思います」

「そ、それは、そうでしょうね。空を飛んでるわけですし……。天馬……、本当にいたんだ……」

ごくり、と喉を鳴らすエリス。

「それを乗りこなすなんて、すごいですね、ミーアさま」

「あ、それとですね、幼い日から毎日十冊ずつ本を読んでたんだそうですよ。ボクも、挑戦してみましたが、毎日一冊ずつが限界でした」

「一日一冊でもすごいです。私もそんなに本があるところで暮らしてみたい」

一日一冊が限界で三日しか続かなかった……などと真実は言わないベルである。

「それから、あとはですねー、ダンスをする時、本気になると、ビューンって空を舞うみたいですよ……」

ミーアの話題をきっかけに、ようやくエリスは緊張を解いてくれた。

それからは、エリスも自分が考えている物語のことを中心に、いろいろな話をしてくれた。

かつての育ての母の空気を思い出して、大変ご満悦のミーアベルなのであった。

……その夜、ベルから聞いた話を、エリスはすべてメモにとっておいた。

「さすがはミーアさまね。すごく小説のネタになりそう……。いや、これならむしろ、本当の話を書いた方が面白いかも……。ミーアさまの記録、ミーア皇女伝……か。いつか書いてみたいな」

そのような不吉なことをエリスが考えていることなど、まったくあずかり知らぬミーアなのであった。