軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十九話 冬の日の誓い

ティアムーン帝国の冬は、冷える。

雪が降ることもしばしばで、各家庭では暖炉が重宝される。

その日も、雪のチラつく寒さが厳しい日だった。

「うう、寒い……」

微かに白く色づく息を吐きながら、アンヌが廊下を歩いていた。

年の瀬の、一年で最後の日。

街を見渡せば、今日から仕事を休んでいるお店も多いが、お城ではそうも言っていられない。

普段と変わらない様子で立ち働く同僚たちに軽く挨拶をしながら、アンヌはミーアの部屋を訪れた。

「失礼します、ミーア様」

「ああ、アンヌ。来ましたわね」

暖炉のそばに腰かけて、本を読んでいたミーアは、アンヌの姿を見とめると、立ち上がって、

「寒かったでしょう。少し、温まるとよろしいですわ」

そう言って、アンヌを暖炉のそばに案内する。

「ありがとうございます、ミーア様。お言葉に甘えさせていただきます」

以前までは、遠慮していたアンヌだったが、最近では素直にその厚意を受け取るようにしている。

遠慮をすること自体失礼にあたる、とミーアにたしなめられたためだ。

なので、厚意には忠義で答えようと、心に決めているアンヌである。

並んで暖炉に当たるアンヌとミーア。

――少し、背がお伸びになったかしら……。

今では妹のように可愛く感じられる皇女殿下を見ながら、アンヌは柔らかな笑みを浮かべる。

「ねぇ、アンヌ、少し、よろしいかしら……」

ふいに、ミーアが口を開いた。その様子を見て、アンヌは少し首をかしげる。

自分と目を合わそうとしないミーア。こういう微妙に気まずげな顔をしている時は、大抵、なにか頼みづらいことをお願いしようとしている時だ。

「はい、なんでしょう、ミーア様」

疑問に思いつつも、アンヌは返事をする。

「わたくし、来年の春から学校に行きますの」

「ええ、存じております。ご入学おめでとうございます」

高貴なる家柄である貴族の子弟は、十三になる年の春から専門の教育機関である学校に行くことが決められていた。

そこで、さまざまな知識を学び、国を治るに相応しい人物に整えられていくのだ。

学校に行った後、この聖女のような姫殿下がどれほど立派な女性になるのか、今から楽しみなアンヌである。

「ありがとう、アンヌ。それでね……」

ほんの少し微笑んだミーアだったが、すぐにその顔が曇る。

しばしの沈黙の後、ミーアは意を決したように顔を上げると、

「あなたにも、使用人として、いっしょに来てもらいたいと思っていますの」

「…………え?」

その申し出に、アンヌは固まる。

「私が、ですか?」

アンヌが驚くのは、もっともなことだった。

学校は、王侯貴族の子弟が集まる場所だ。そして、貴族の子弟とは将来の貴族である。

貴族の学校とは将来を見越して、国の未来を担う者たちと友誼と人脈を築く大切な場所なのだ。粗相は、決して許されない。

ましてミーアが行く学校は国内にはない……。

ミーアは、これからの数年間、城を離れ、学校内の寮で生活することになるのだ。

そして、連れていけるのは、ただ一人の使用人のみ。

他のベテランメイドたちの力を借りることはできないのだ。

「あの……、ミーア様、お申し出は大変うれしいのですけど、その、私で、いいんでしょうか?」

アンヌは決して出来の良いメイドではない。どちらかと言えば、ドジで鈍くさい方だ。

ミーアが自分を信用し、恐れ多くも多少なりとも親愛のようなものを感じてくれていることは知ってはいるが、悲しいことに、それとメイドとしての能力は関係ない。

誰か能力の高いベテランを連れて行った方がいいのでは? と、そう考えるアンヌ。

そのアンヌの手が、ふいに温かな温もりに包まれる。

驚いて思わず視線を下げると、アンヌの冷えた手をミーアの小さな手のひらがギュッと握っているのが見えた。

「あの、ミーア様、私の手、冷たいですから……」

「アンヌ、わたくしは、あなたがいいと言っておりますの」

「っ! ミーア様……」

アンヌの胸に、じわり、と熱いものが込み上げた。

これほどの信用を、信頼を、好意を受けて、それを返さずにいられるはずがあるだろうか。

心に生まれた感動に突き動かされるように、アンヌはその場に膝をついた。

「精一杯、努めさせていただきます。ミーア様、よろしくお願いいたします」

――ふぅ、よかったですわ。これで 後顧(こうこ) の憂いはなくなりましたわ。

ミーアは安堵の息を吐いた。

これからミーアが向かう場所、学校には彼女の生涯の敵たる二人の人物が待っているのだ。

帝国革命を主導した辺境貴族、後の世に聖女と 謳(うた) われることになるティオーナ・ルドルフォンと、彼女を助ける大国、サンクランド王国の王子、シオン・ソール・サンクランドの二人が。

ミーアのギロチンに直結する二人の人物は、彼女の学友でもあるのだ。

――そんな中で側近まで信頼できないなんて、悪夢以外の何物でもありませんわ。

とりあえず、最低限の状況を整えたことで、ミーアは安堵の内に新年を迎えるのだった。