軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十三話 流行り病の臭い

ミーアの命を受けて、急きょ、ルードヴィッヒは護衛の兵士を手配する。

突然のことだったので四人しか集められなかったが、集まったのはいずれも腕利きの兵ばかりだった。

戦場への視察と言うならばともかく、仮にも帝都の中であるならば、これでほとんど問題ないはずだった。

――本当なら、もう十人はほしいところだが、急だったから仕方ないか。

ルードヴィッヒはため息をこぼした。

なにしろ、至高の皇帝のご息女が街に出るというのである。護衛にいくら手をかけても十分ということはない。

「ちなみに、姫殿下、今日のことは皇帝陛下は承知しているのですか?」

「へ? お父様ですの?」

きょとん、と小首を傾げるミーア。だったが、

「それなら大丈夫ですわ。後でわたくしの方から言っておけば、このぐらいは」

堂々と胸を張るミーアに、一抹の不安を覚えるルードヴィッヒであった。

そうしてやってきた新月地区は酷い有様だった。一歩踏み入れただけで、それまでの地区とは明らかに違う空気。

それは、ごく簡単に言ってしまうなら、

「ひどい臭いですね」

兵士の一人が思わずと言った様子で、鼻を押さえた。

街全体が腐った臭いというか、汗の臭いというか、不潔な臭いに支配されているようだった。

城や、高級住宅地では決してかぐことのない、鼻を突くような臭いに兵たちはおろか、アンヌや、ルードヴィッヒまで思わず顔をしかめていた。

けれど、

「そうかしら? そこまで気にはならないですけど……」

ミーアは平然としていた。

地下牢に二年も閉じ込められていたミーアとしては、風が通っている分、こちらの方が全然マシだった。

「このようなところにいる方々はきっと湯浴みをするのも簡単ではないのでしょう? 三日も身を清めなければ臭うようになるのは、人間ならば当然のこと。遠方より来る旅人と、そう変わりはございませんわ」

あっさりとそう言ってから、

「さ、そんなことより、行きますわよ」

ミーアは歩き出した。

そんな豪胆な皇女の姿を、取り巻きの兵たちは茫然と見つめることしかできなかった。

汚れた道、薄暗い路地裏、崩れかけの民家……。

それらの物陰からは、場違いな一行への怪訝そうな視線が送られてきていた。

そんな物に構わず、ミーアはずんずん、歩いて行く。

「ミーア姫殿下、目的地は一体どこなのですか?」

リーダー格の兵士が尋ねてきた。

「んー、そうですわね、特に決めておりませんが……、あれは?」

ふと、道の外れに目をやったミーアは、そこで倒れるようにしてうずくまっている一人の子どもの方に足を向けた。

服とも呼べないようなボロボロの布に身を包んだ男の子、ミーアよりさらに幼い五、六歳ぐらいの子どもの、その痩せ衰えた肩に、そっと優しく手をかける。

「ちょっ、姫殿下っ!」

「もし、あなた、大丈夫ですの?」

ゆるゆると顔を上げた少年はミーアの姿を見ても特に驚く様子を見せなかった。その瞳はどんよりと濁っていて、子どもらしい元気がまったく感じられない。

「あなた、どこか具合が悪いのではなくって?」

「…………」

カサカサの唇が微かに動くが、そこから声が発せられることはなく。代わりに、後ろのルードヴィッヒから答えが返ってきた。

「見たところ、病ではなく空腹でしょう。この辺りではありふれたことです」

「そう……。お腹がすくのは、確かにつらいでしょうね」

ミーアはアンヌに、手持ちのお菓子を少年に分け与えるように指示してから、改めてルードヴィッヒの方を見た。

「ルードヴィッヒ、お聞きしたいことがありますの」

「なんでしょうか?」

「ここで、将来、流行り病が起こらないようにするには、どうすればいいかしら?」

「流行り病……それは……」

そのミーアの言葉に、ルードヴィッヒは頭をガーン、と殴られたようなショックを受けた。

考えてもいなかったことだからだ。

帝国の財政が数年後に確実に破綻するであろうことは知っていた。

だから、それをなんとかしなければとは思い、支出を減らし、税収を増やすための施策を必死に考えていたし、実施したものはどれも効果があったと自負している。

けれど、そんなもの、ひとたび流行り病が起きてしまえば、たちまち無意味になってしまう。

そして、目の前の小さな姫殿下は、まさにその危険性を指摘しているのだ。

「流行り、病を防ぐためには……」

「ミーア様、この子、やっぱりどこかで休ませてあげた方がよさそうです。近くに教会があるみたいなんですが、そちらに行ってみませんか?」

アンヌの言葉で、ルードヴィッヒの思考は中断させられた。

「そうですわね。いろいろ見てみたいと思っておりましたから、ちょうど良かったですわ」

ニコニコと笑うミーアの顔をぼんやり眺めながら、ルードヴィッヒはなぜ、彼女が自分をここに連れて来たのかを思い知った。