軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百二十三話 黒き鴉と白き鴉

モニカ・ブエンディア。

それは前の時間軸、アベル王子を暗殺したメイドの名だ。

名うての遊び人として知られたアベル王子のこと、その動機は痴情のもつれと言われていたが……、詳しい事情は、ついに明らかになることはなかった。

時は流転し、少しばかり遡る……。

ミーアたちが川に落下した翌日。

レムノ王国の王城の廊下をモニカは歩いていた。向かう先には、とある官吏の執務室があった。

扉の前に立ち一定のリズムでノックする。と、扉は音もなく開いた。

「グレアムさま」

「モニカか……」

グレアムはいつも以上に気難しげで、不機嫌さを隠さない顔でモニカを迎えた。

「金剛歩兵団のやつら……、未だに動かないとはいったいどういうつもりだ……。まさか、これも帝国の叡智の策動、などということはないだろうな……」

疑心暗鬼に染まり切った口調でつぶやいてから、グレアムはモニカのほうをうかがう。

「それで、何の用か?」

「はい、今朝方こちらが届きました」

モニカは手の中、小さく折りたたんだ 植物紙(パピルス) をグレアムに差し出す。

「くっ……皇女ミーアとシオン王子が……」

一読したグレアムは、苦々しげにつぶやいた。

それから、ため息をこぼした後、代わりの植物紙をモニカへと渡す。

「本国にこれを、送ってくれ」

「失礼します」

暗号化された書状をさらに伝書鳥用の文字に書き換えるのは、モニカの仕事だ。

グレアムから受け取った書状を一読して、モニカは眉をひそめた。

「あの、ほんとうに、よろしいのでしょうか?」

「どういう意味だ?」

「これは、本国を戦火に巻き込む……、誤った情報です。本当にこれを送ってもよろしいのでしょうか?」

「お前たち黒き鴉はそれでもいいさ。目立たぬよう、影でこそこそ情報を集めているがいい。だが、私は 白鴉(はくあ) だ。祖国の栄光のために、情報を武器にして戦うのが、我々の本懐だ」

その言葉にモニカは小さく歯噛みする。

サンクランド王国、諜報部隊「 風鴉(かざがらす) 」

数代前の国王の時代に建てられた諜報機関の主要な任務は各国に潜入し、様々な情報を自国に持ち帰ること。

持ち帰った情報は、王国内にて外交・軍事のために役立てられる。それは、ある種、受け身の機関ともいえる組織だった。

けれど、そこに変化が訪れる。

ジェムと呼ばれる男によって提唱された領土拡張のための計画。

情報を持ち帰るだけでなく、それを用いて他国を弱体化、分断し、正義の名のもとにサンクランド王国の領土を拡張していく。

その計画を実施するために、風鴉の中に作られた部隊。

その名を「 白鴉(はくあ) 」

サンクランドの栄光を全地に告げ知らせる白き鳥だ。

「心得ているのだろう? 我々白き鴉の任務は何者にも優先される」

「……はい」

うなずきはしたものの……、モニカの中に消化しきれない感情が渦巻いていた。

グレアムの部屋を出て、モニカは小さくため息を吐いた。

――なにをしているんだろう、私は。

モニカは母国であるサンクランドに誇りを持っていた。

正義と公義を重んじる王室、不正を見逃さない王政府は、彼女の中で燦然と輝く栄光あふれる母国だった。

――私たちは……、その栄光に泥を塗ろうとしているんじゃないの?

深刻な疑念が彼女の体を支配しかけたその時だった。

どん、っという衝撃が体を襲った。

「きゃっ……」

勢いあまってその場に倒れて、手に持っていた書類をばらまいてしまう。

暗号化が施されているとはいえ、あまり他人の目に触れてよいものではない。

慌てて拾い集めようとしたモニカだったが、彼女が伸ばした手の先に落ちている植物紙を、何者かが踏みつけた。

「あっ……」

顔を上げるとそこには、ニヤニヤと嫌らしげな笑みを浮かべる中年の文官が立っていた。

「そのような場所で余所見をするな、邪魔くさい」

蔑むような目でモニカを見て、文官は言った。

王室付きのメイドとして、情報を集めるのが彼女の使命だ。女性を蔑むレムノ王国では、驚くほど簡単に彼女たち使用人に情報を漏らす。

何を聞いたとしても、それが大事なことだとは判断できないだろうと、そう考えているのだ。

だから、蔑まれることは、望むべくことであり……。

けれど……、だから平気というわけがない。当たり前のようにぶつけられる悪意に、心は簡単にすり減っていく。

同僚のメイドが同じように蔑みの目で見られているのを目の当たりにすれば、吐き気にも似た憎悪が沸き上がる。

――こんな国ならば……、滅んでしまってもいいかもしれない。

例え民の血が流れたとしても、こんな理不尽が変えられるというのなら、サンクランドの公正な統治にゆだねるべきではないか?

彼女がそう思いかけた……、その時だった。

「拾いたまえ」

少年の声が耳に届いた。いまだに幼さを残したそれは、けれど、どこか芯の通った凛々しい声だった。

振り返ったモニカの、その視線に映った者……それは。

「非礼を詫びて、彼女の落としたものを拾えと言ったのだが、聞こえなかったかな?」

アベル・レムノ。

レムノ王国の第二王子、アベル・レムノの姿だった。