作品タイトル不明
082 第三天位冒険者の昇格試験②
模擬戦闘用訓練場へ転移した瞬間、レグは反射的に周囲を見回した。
冒険者であれば、昇格試験で一度は訪れることになる場所だ。
中規模の闘技場に似た空間だが、観客席はない。
あるのは、試験の様子を記録するための 天影鏡(かめら) くらいだ。
そして、その中央付近には受験者らしき少女が立っていた。
「……あれが?」
エリーゼの小さな呟きは、六人全員の感想に近かった。
少女は、どう見ても戦いの場に立つ者の雰囲気ではなかった。
鎧を着けているわけでもなく、武器らしい武器も見当たらない。
緊張は感じられるが、敵意も、圧も感じられない。
隣には金髪のエルフらしき女性が立っており、彼女の方がよほど警戒に値するように見えた。
だが、六人の視線を最も引いたのは、少女でも、そのエルフでもなかった。
少女の少し後方に鎮座する、白亜の彫刻。
「……門?」
アッシェが思わずといった様子で呟いた。
それは、あまりにも場違いだった。
模擬戦闘用訓練場の無骨な地面の上に、神殿からそのまま切り取ってきたような荘厳な門が鎮座している。
その傍らには、今度は白亜の男性像が立っていた。
門に向かって、片手を腰に当て、もう片方の手を額に添えた姿勢で固まっている。
まるで、何か一仕事を終えてひと息ついているかのような、妙に達成感のあるポーズだった。
「なあ、あれ……なんだ?」
「分からん。全く分からん」
「……ゴルデラン正教の狂信者なのかしら」
カイルたちから困惑の声が漏れる中、レグだけは別のものを感じていた。
少女自身は、強者には見えない。
アマリリイのような、圧倒的強者のオーラを纏うでもなく、何か底知れないものを隠しているような気配も感じない。
むしろ、まるで何も分かっていないような、そんな無邪気ささえ感じられた。
だが、この場に圧倒的に不釣り合いな彼女を試すために、ラウゼンはわざわざレグたちを集めた。
あの少女には、それだけの意味があるということだ。
──俺たちは一体、どんな目に遭わされるのか。
レグはもはや、これから自分たちが受けるであろう酷い目を想像していた。
「これで全員集まりましたね」
コナツの声が、訓練場に響いた。
「あっ、コナツさん! お久しぶりですー!」
続いて響いたのは、少女の明るい声だった。
「お久しぶりです、サキさん。ついに昇格ですね」
「いや、まだ昇格するか分からないですよ!?」
「そうですね。まあ、早速始めましょうか。……みなさん、本日はグラン=ラフィース冒険者昇格試験にお集まりいただきありがとうございます。改めまして、私は本日の試験担当のコナツと申します」
そう言って、コナツは訓練場にいる面々を見回した。
「今日の受験者は──一名ですね」
「えっ?」
少女──サキが、素っ頓狂な声を上げる。
「い、一名……?」
「はい。今日の受験者はサキさんだけです」
「え、じゃあ、この方たちは……?」
「この後すぐ分かるので、ちょっと待っていてくださいね。それでは、説明を続けます。試験のルールですが、サキさんにはこの六名の冒険者と戦っていただきます」
「ええええええ!? なんでえ!? ゴーレムは!? ゴーレムじゃなかったの!?!?」
「……そうなんです。ごめんなさい、サキさん。ラウゼン様を止めることができず……」
コナツが、申し訳なさそうに眉を下げた。
「……おい。あの子、マジで聞いてなかったっぽいぞ」
カイルが、声を落として呟く。
「そのようね」
「受験者本人にも知らせずに、試験内容を差し替えたということか」
「ほんと、なに考えてんだか……」
カイルのその疑問に答えられる者は、この場にはいない。
だが、少なくとも一つだけ分かることがあった。
──この状況は、あの老人が意図して作りあげている。
そこまで考えたところで、レグは昨夜のことを思い出していた。
あの老人──ラウゼン・バルドレアが、破格という言葉では足りない条件を口にした、あの瞬間のことを。
◇
「依頼の内容は、とある第三天位のお嬢ちゃんの、昇格試験の相手をしてほしい、というものじゃ」
──沈黙が、場を支配する。
誰もすぐには言葉を返さなかった。
あまりにも予想していた内容と違いすぎて、全員がその意味を測りかねていた。
そんな中、最初に口を開いたのは、ディガルだった。
「……昇格試験の相手だと?」
「うむ」
「第三天位の?」
「そうじゃ」
「そのために、俺らを集めたのか?」
ディガルの声には、困惑と苛立ちが滲んでいた。
それも無理はない、とレグは思った。
第三天位から第四天位への昇格試験──普通に考えれば、この場にいる面々を呼び集めるような話ではない。
「いや、待て待て」
カイルが片手を上げる。
「第四天位への昇格試験だろ? だったらあの試験用のゴーレムとかが相手じゃねえのか? なんで俺たちなんだよ」
「今回の試験は、通常とは少し形を変えることにしての」
「少しで済むか?」
エリーゼが厳しい声色で指摘する。
「第三天位冒険者の昇格試験が対人戦──しかも受験者より上の階級にいる冒険者六人が相手だ。これは少しではない」
そもそも、対人戦と対魔物戦では、求められるものが大きく違う。
魔物の場合、多くが人間よりも大きく、力が強く、特殊な生態を持ち、そして知能が低い。
つまり、対象に合わせてしっかりと対策をして、知恵と準備で、その力の差を覆すように戦うわけだ。
だが、人間が相手だとそうではない。
差はあれ、同じ人間という身体で戦う。
異なるのは、武器や技量、魔法、そして戦闘知能。
相手は考え、騙し、こちらの隙を突いてくる。
ただ強いだけではなく、経験や駆け引きまでもが試される。
それほどの違いがあるにも関わらず、通常の昇格試験から差し替えるというのだ。
少しの変更で済むはずがなかった。
「そうかものう」
ラウゼンは、あっさりと認めた。
その態度に、逆に全員が黙る。
ラウゼンは慌てる様子もなく、ただ穏やかに話を続けた。
「じゃがもちろん、タダ働きをさせるつもりはないでの。条件はこちらで用意しておる」
「条件?」
レグが問い返す。
「うむ。まず、この依頼を受け、試験においてお主らが勝利した場合、参加者全員に第六天位への昇格を認める」
今度こそ、部屋がざわついた。
「第六天位だと!?」
ディガルの声が、一段と大きくなる。
「それだけで第六天位!?」
「そんなむちゃくちゃな話があるか!」
「第四天位からでもか!?」
一気に声が重なる。
レグもまた、動揺を隠せなかった。
第六天位──それは、レグが今まさに欲しているものだった。
第五天位までは辿り着いたが、第六天位への道は遠い。
全盛期の間に、昇格のチャンスは訪れるのだろうか。
そう思っていた。
それが今、目の前に差し出されているのだ。
ラウゼンは、ざわつく冒険者たちを無視して続けた。
「今回に限り、第六天位の昇格試験に必要な保有ギルドポイントの条件も問わぬ。試験への参加費用も、お主らには求めん」
「ギルドポイントの条件を無視する……そんなことができるのか?」
エリーゼが驚愕の声を上げた。
「さらに、負けた場合でも、お主らのギルドポイントが奪われることはないよう、こちらで処理する。どうかの」
「……いや、ありえないでしょ……」
「流石の俺でも考えないくらいの条件なんだが」
「……罠、なのか?」
──あり得ない。
レグの頭の中に、最初に浮かんだのはその言葉だった。
第三天位相手に、勝てば第六天位。
ギルドポイントの条件は不要であり、負けても損失なし。
……そんな都合のいい話があるはずがない。
あまりにも破格。
あまりにも異常。
だからこそ、疑わしい。
……だが、もし本当なら。
レグがずっと欲していたチャンスが、向こうから転がり込んできたことになる。
第六天位への道が、今この瞬間、目の前に差し出されていることになる。
胸の奥が熱くなると同時に、背筋に冷たいものが走る。
飛びつきたい。
だが、飛びつくのが怖い。
これほど破格の条件を出してまで、ギルド運営が自分たちを集めた理由。
それを考えれば、ただの幸運だと受け取ることはできなかった。
「(くそ、どうなってるんだ……)」
……頭の中が混濁しており、まともに思考できない。
「……そもそも」
レグが絞り出すような声で言った。
「それを誰が認めるのですか。第六天位への昇格に、ギルドポイント条件の免除、そして敗北時の損失処理。そんなもの、ギルド運営が許すはずがない……!」
「そうだな」
ディガルも頷く。
「可能なのか、それは」
全員の視線が、ラウゼンへ向けられる。
ラウゼンは、その視線を受けても、少しも表情を変えなかった。
「ほっほっほ」
ラウゼンは穏やかに、孫を相手にする老人のように、柔らかく笑っていた。
そして、レグの疑問に答えたのは、ラウゼンではなかった。
「可能だ」
その声は、六名の中から上がった。
その声は、ざわめきの中で決して大きくなかった。
だが、誰の耳にもはっきり届いた。
「……ソノイチ?」
「この老人であれば可能だ。ラウゼン・バルドレア──冒険者ギルドの創設者であり、ギルド運営総長だ」
部屋の空気が、静かに凍りついた。
誰も、次の言葉を挟むことができなかった。
それを見て、ラウゼンは小さく笑った。