軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百十八話 フォルトレイス王弟 スムバ・シャムス視点

メイドや付き人などに扮したペイルや傭兵達と共に城を訪れてから待つこと、一日足らず。ようやく姿を見せた使いの者に連れられて小さな客間のような部屋へ移動した俺は現在、同伴を許された護衛一人と共にプラタ王を待っていた。

窓の外に見える町並みは夕闇に包まれており、建物の明かりもすでに大半が消えている。

――ドイル殿達の方はどうなっているのだろうか。

随分と長い間待たされていたことを実感させられる景色を眺めながら、別れたあとの彼らを想う。町中を走り回っているのか新たに見つけた手がかりを追っているのか、それともすでに敵と対峙しているのかと考えを巡らせるも朝方からずっと城に籠っていた俺に彼らの動向を知る術はなく、自ずとため息が零れた。

機が来るのを耐え忍ぶといった行為は兄上が得意とするところであり、俺の柄ではない。故に本音を言えばこのようなところでじっとしているよりも、奔走しているだろうドイル殿やシオンの方を手伝いに行きたいのだが王弟である俺にしかできぬことがある。

――なにもできなったあの頃とは違う。

俺はもう感情に突き動かされて行動するほど若くもなければ、成すべきことがわからぬほど物知らずでもなにもできないほど無力でもない。

そう考えて思い出すのは、今からおおよそ二十年前のことだ。

俺が住まうフォルトレイスの隣国アグリクルトに、百対を超す歩肢と岩を軽々と噛み砕く顎を持つ魔王がいた。蟲の王などと呼ばれていたそいつはアグリクルトからフォルトレイスに渡る道中を己が縄張りとし、多くの傭兵や荷を運ぶ商人やその荷を喰らい人々を恐怖に染めた。

しかし、蟲の王の栄華がいつまでも続くことはなく。

魔王は雷槍の勇者が放った白く清らかな雷に打たれ、この世を去った。

討伐の瞬間を俺は間近で見ていたわけではない。当時十二歳だった俺が戦場に足を運ぶことをアラン殿とセレナ殿が許さなかったので、伴としてつけられた傭兵と共に遠く離れた丘の上で彼らの激闘をただ眺めていただけだ。

屈辱を噛み締めた若かりし日の苦い思い出だが、あの日抱いた様々な感情が色褪せることなく脳裏に刻まれ礎になったからこそ今の俺がある。

当時の俺はギリギリ彼らの存在が見て取れるほど遠くにいたにも関わらず、大地を揺るがす魔王の咆哮にその場から逃げ出したくなった。そんな意気地のない己が情けなくて、フォルトレイスの民にも大きな被害を出した魔王に一矢報いることさえできない無力さが悔しくて。それに魔王の巣を探す日々の中で親しくなったアラン殿やセレナ殿達まで奴の餌食になってしまうのではという考えが消えず、失う恐怖と魔王が生き残った世界に残される心許なさに震えていた。

だから白い光が天から走り魔王の気配が消えた瞬間、俺は伴の存在などすっかり忘れて彼らの元へ馬を走らせた。近づくにつれて見えてくる荒れ果てた大地が戦いの激しさを物語っており、脳裏に過る悪い想像を振り切るように不安に急く心のまま寄り添う彼らの元に駆け込んだ。

そんな俺を迎えたアラン殿はセレナ殿に支えられながらも誇らしげな笑みを浮べていて。

『――約束通り、誰一人かけることなく勝ったぞ。スムバ』

力尽きて地べたに座り込んでいるくせにこちらを見上げる瞳は何処までも力強く真っすぐで、ボロボロなのにとても格好良かった。

そんな雷槍の勇者の姿に憧れていつか俺もアラン殿のようになりたいと願ったものだが、それはやがていい思い出となる。次こそはこの手で国を守るのだと意気込み胸に抱いた志を忘れたことはないが、歳を重ねるごとに俺は勇者のような存在にはなれないと思い知り、民の笑顔を見る度に新たな災厄など起こらないないでほしいと思うようになった。

俺は勇者になれない。

けれどもそれでいい。

フォレトレイスに勇者がいるなんてことなったら、亜人との諍いが今以上に増えていたことだろう。我が国と亜人の国々との関係はたださえ危うい均衡で成り立っているというのに、強大な力を持つ存在があるとなれば人による侵略などあらぬ想像が膨らんでもなんらおかしくないからな。

成長し、周辺各国との関係まで考えられるようになった俺は心からそう思っている。一人の武人としてあの圧倒的な強さに憧れはあるものの、フォルトレイスという微妙な位置に存在する国の王族が持つには勇者の力は大きすぎる。

だから今の己に不満などなく、このまま平穏に時が過ぎればいいと思っていた。

その想いは息子の婚約式を一喜一憂しながら見守る雷槍の勇者と聖女様の姿に、あの方々も人の親なのだなと思い知ったことでより一層強くなった。

けれども、人生はそう甘いものではなく。

今度は蟲の王よりももっと強大な魔王が振りまく災厄が祖国だけでなくアグリクルトやハンデル、果ては亜人の国々まで呑み込もうとしている。そして一度種族を越えた争いが始まれば、大陸は彼の大戦以上の戦火に包まれよう。

――そのようなことは、あってはならん。

フォルトレイスとハンデルの外交に響こうともそれだけは避けねばと意志を固めつつ、俺はようやく姿を見せたプラタ王を見据える。

「――急な訪問だったため時間の調整が間に合わず、お待たせしました」

「いや。速やかにご相談したい事実が判明したため、こうして対面してくれただけでもありがたい」

立ち上がり、礼を取りながら待たせて悪いとは更々思っていないだろうプラタ王にそう返せば、ピクリと眉が動く。しかしよく言えば真面目な、悪く言えば神経質そうな顔が模る落ち着き払った笑みがそれ以上乱れることはなかった。

――前王に「王位をくれ」と言い放っただけある。

ピネス殿の言葉どおりな豪胆さに半ば感心しつつ胸中で唸る俺を知ってか知らずか、素知らぬ顔で着席を促すプラタ王に従い腰を下ろす。

部屋の中にいるのは俺とプラタ王、それから互いの護衛が一人ずつ。この人の少なさは腹を割って話すためであり、話の内容によっては俺と対談した事実自体をなかったことにするための処置なのだろう。助力を乞われたのに跳ね除けるよりも、問題が起こっていたことなど知らなかったと言い訳する方がまだ外聞がいいからな。

それはつまり、話の内容によってはフォルトレイスを切り捨てる覚悟でプラタ王はこの場に臨んでいる証だ。

これまで築いてきた関係を失う行為故プラタ王にとっても苦渋の決断だったことだろう。武器や生活用品を融通してもらう代わりに魔獣の素材を優先的に卸すなど、それなりに交易が盛んだったからな。

しかしエルフと争うことになる自国の今後を思えばここで他国の要請を受けるのは痛い失費であり、その他国が竜の国と戦争になるかもしれないフォルトレイスとなれば見返りが望めない可能性の方が高い。他国の都合より自国の利益を取るのは王として当然であり、俺とてその気持ちは理解できる。

「――さて、スムバ殿。早速ですが前置きはなしに本題へ入りましょう。長らくお待たせしてしまったのですでに察していると思いますが我が国は今大変忙しい。故にフォルトレイスと竜の国との戦へは昨日提示した輸出品以上の協力はできません。そのことを踏まえた上で『速やかにご相談したい事実』についてお聞かせください」

俺の想像を肯定するかのように厳しい言葉をプラタ王は口にした。

表情こそ崩れないが昨日よりも些か早い口調で言葉を紡ぐ姿から察するに、どうやらハンデルは俺達が想定していた以上の速さで戦に向けて動いているようだ。物腰こそ柔らかだが目の前に座るプラタ王の目や声色からは焦りと苛立ち、それから疲れが垣間見える。

戦に浮足立っている、というわけではなさそうだな。どちらかというと、思い通りにならず気が立っているといった感じか……。

元来ハンデルは商業を中心としており、武力でなく経済活動や金品をもって外交に臨むため戦は不得手、それも相手がエルフとなれば大敗を喫する可能性が高いが国である以上、民を守るためや体裁を保つために避けられぬ戦いは少なからずある。商売のように損得だけでは国は成り立たんからな。

前王を拐かされて泣き寝入りなどいい笑い者、しかし交流のないエルフの里に経済制裁などできないが故に苦手であってもハンデルは武器を手に取らざるを得ない。その上フォルトレイスとの関係を捨てねばならず、実父の安否も不明とくればプラタ王の胸中はさぞかし荒れていることだろう。

素早く考えを巡らせた俺は己よりも幾分若いプラタ王の心境を推し測りつつ、言葉を選ぶ。前王の存在なく、初めて一人で王としての決断をくだす心労は恐らく大きい。

「――此度の訪問は今後起こるだろう貴国とエルフの里との争いは第三者によって仕組まれた策謀である可能性が高いため戦わないでほしい、ということを伝えにきた」

ピネス殿に優秀だと言わしめたプラタ王がこの程度で判断を見誤るとは思わないが、駆け引きは避けた方が互いのためと判断した俺は矢継ぎ早に情報を伝えていく。

「ハンデルとエルフの里、フォルトレイスと竜の国が直面している状況を描いた第三者がいる。目的は恐らく大戦の再現――いや、それ以上の戦火で大陸を焼くことだ。そしてそれを防ぐべく、現在エルフの族長のひ孫であるリエス殿とマジェスタのドイル・フォン・アギニス公爵殿、それからドイル殿の要請を受けた【古の蛇】という傭兵団が黒幕を捕らえるため暗躍しておられる。そして我々フォルトレイスは二十年前、雷槍の勇者と聖女様の一行に一縷の望みを託したようにドイル殿の働きへ賭けた」

プラタ王を見据えてそう言い切れば、呼吸音さえ聞こえぬ静寂が部屋の中にあった。

もはやプラタ王の顔に笑みはなく、護衛は息を殺して主君が判断を下すその時を今か今かと待っている。

そうして過ごすこと数十秒か数分。たいして時間を置くことなくプラタ王が口を開いた。

「――――――ずっと気にかかってはいたのですが、フォルトレイスの名高い武人たる貴方が前線でなくこの地にいる理由はそれですか」

その問いかけに俺は心の中で感嘆と安堵の息を吐く。

――さすが外交王の後継だ。

ドイル殿達は気が付いていないだろう、王妃様や王太子殿下でなく武勇轟く王弟が使者としてこの地にいる意味。それが無事に伝わったことに胸を撫で下ろしつつ、俺は大きく頷いた。

「ああ。陛下より粉骨砕身してお力になるよう命じられている」

「金髪の付き人が白馬で入城してきたのも?」

「ドイル殿の愛馬が見事な白馬だったからな。方法はなくもなかったのだが、下手人達を追うことを考えると関所を通るために魔力や時間を割くのがどうにも惜しかった」

「そうですか」

その言葉を最後に再び思考の中に浸り始めたプラタ王の表情はいまだ硬いものの、談話開始時ほどの苛立ちはなく、代わりに成否を勘定するような冷淡さが滲んでいる。いかなる判断を下せば最もハンデルを傷つけず利を得ることができるか、頭の中にある情報と照らし合わせて試算しているのだろう。

己が役目を果たせそうな雰囲気に肩の力を抜きたくなるが、逡巡を終えたプラタ王が口にするだろう言葉に備えて姿勢を保ち待つことしばし。

落ち着き払った笑みを浮べたプラタ王は俺を見据えて、ゆっくりと尋ねる。

「――前王の功績は輝かしく、信望者はいまだ多い。私もその一人だと言っておきましょう。故に我々は戦の引き金になる可能性を承知の上でエルフの里の捜索を予定していましたが、エルフと戦になれば多大な損害を生むだけ。ですから、賭けに乗ることもやぶさかではありません。ただし、賭けに乗るならば父上を生きて連れ戻してくださることが絶対条件、もし満たせなかった場合は如何様に責を負うてくださいますか」

「この首を下手人として差し出そう。その後のことは陛下に取り計らってもらえるようにしておく」

俺の返答に驚いたのは護衛達だけだった。

答えを予期していた様子のプラタ王は平然とした表情で頷くと、紙に書かれた文字を読み上げるかのように言葉を紡ぐ。

「ならば、私はハンデルの民がこの件に関して動くことを禁じましょう。ただし、完全に制止できるのは五日間だと思ってください。無論、動こうとしている者を見つけたら責任もって防ぎますが、全国民を四六時中監視することなど不可能なので、時が経つほど情報は拡散され目を盗んで行動する者達も増えるということはご承知の上でお願いします」

「十分だ」

「では、商談成立ということで。さっそく取りかからなければいけないので、失礼します」

そう言って締めたプラタ王は、挨拶もそこそこに立ち上がると足早に扉へと向かう。しかし数歩進んでところで不意に足を止めると振り返った。

「一応言っておきますが、履行期間は私が愚王としてどなたかに討ち取られるまでですからね? 父上の安否が判明する前に私が命を落とした場合は、貴方が下手人として名乗りでたところで事は収拾しないかもしれませんのであしからず」

互いに命を賭けているのだからと念を押す台詞に瞠目するも、プラタ王の視線が俺の背後にいる護衛に向けられていることに気が付き苦笑う。

そういえば、陛下からの命に関しては誰にも伝えていなかった。

「ああ。承知しているさ」

「皆にも承知させておいてくださいね」

「わかっている」

頷けば、プラタ王はお願いしますと言い残し部屋から出ていった。そうして部屋の中に残された俺と護衛代わりの傭兵の間に沈黙が落ちる。

はてさて、どうするかな……。

チクチクと刺さる視線を背に感じつつ、どうやって口止めしようか逡巡する。

陛下の命を誰にも話さなかったのはドイル殿の負担になりたくなかったのと、ちょっとした見栄だ。

己の半分くらいしか生きてないドイル殿があれほど腹を決めて奔走しているのに、これ以上気を揉ませたくない。それに俺はフォルトレイスの王族、自国を守るのに賭けず一体この命を何処で使えというのか。

二十年前はなにもできなかった。

しかし今の俺にはできることがいくばくかある。

例えこの命が代償となろうとも、あの日の屈辱を思い出せば行動に移すことに躊躇いなどない。なぜなら。

「――己の国や民を守るために戦えぬ王族になんの価値がある。フォルトレイスは俺達の国だぞ」

二十年前のあの日から抱き続けた言葉を口にすれば、咎めるような視線が少しだけ和らいだ気がした。