軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百十六話

「なぜ、貴殿がおられる? アギニス公爵殿」

「そのお言葉、そっくりそのままお返しいたしましょう。ブリオ王太子殿下」

そう尋ね合った俺とブリオ殿下はあまりに喜ばしくない巡り合わせへの驚きを繕いきれず、ぎこちない笑みを浮かべあう。

「アギニス公爵殿はエピス学園で勉学に励んでおられるはずでは?」

「ブリオ殿下こそ留学中だとは聞き及んでおりますが、商人達がようやく動き出したような時刻にこのような町の外れでなにをなさっておいでですか?」

「……そういうアギニス公爵殿は、このような時間にこれほどの傭兵を連れてなにをしておられたのだ?」

「……王太子殿下がたったこれだけの伴で他国を闊歩されるなど無防備すぎます。この国での後見人を引き受けてくださった方は殿下の朝のお散歩をご存じで?」

「…………アギニス公爵殿の散策をマジェスタの方々はご存知なのか?」

「…………ええ、まぁ」

投げかけられた質問を白々しい笑みで誤魔化しながら相手の腹を探ろうとするが、俺もブリオ殿下もやましいところがあるため相手の不審な態度を指摘することができず、やがて会話が途切れた。

「「………………」」

傭兵達やお互いの部下が固唾を呑んで見守る中、俺とブリオ殿下は言葉なく相手を見やる。この状況に気が気でないのはきっとお互い様だ。

それにしても、まさかこんなところでこの方と再会する破目になるとは……。

ブリオ殿下がハンデルへ留学に出されたとの情報は、シオン達から聞いていた。殿下の背後にいる青年に見覚えはないが、例の侯爵子息も一緒に留学へ出されたとのことなので彼が恐らくそうだと思われる。ここまではいい。

以前依頼で見張っていた相手だった故に傭兵達は近づいてきた一行がブリオ殿下達だと気が付き、戸惑いつつも道をあけたのだろうということも理解した。

しかし彼らはなぜ、こんな朝早くから町の外れにいる不審な傭兵の集団へ声をかけようと思ったのか。

王太子殿下という身分は世の人々が思う以上に制限が多く、不自由だ。それがブリオ殿下のような事情持ちなおさらである。故にまず会うことはないだろうと高をくくり彼らの動向にたいして注意を払っていなかったのだが、まさかこんなことになろうとは想像だにしなかった。

ブリオ殿下本人も不祥事を起こして国外に出された身である以上、面倒事は極力避けるべきだということは重々承知しているだろうに……。

そんなことを考えながら、ハンデルの目を避けるかのように自国の人間だけを連れている王太子殿下と見つめ合うこと数十秒。

――――ハァ。

重なったため息にお互いになんとも言えぬ表情を浮べつつ、俺達はそれぞれ警戒を薄めたことを示すかのように姿勢を崩した。

「やめましょう。今はご覧の通り取り込み中なので時間が惜しい」

「そうだな。私も人を探していて暇ではない」

停戦を申し入れれば、ブリオ殿下が目的の一端を口にする。

喜んでいいのか微妙だが、互いに思うことは同じだったようだ。

今は忙しいからな……。

色々と気にはなるが敵対する気がないならば深く追求はしないでおこう。それよりも大事なのは、ブリオ殿下達がなにを知っているかである。

「経緯はお教えできませんが、私も行方不明となっているピネス前王とヘンドラ商会の会長を捜索中なのです」

「私もピネス殿を探していたところだ。この地に来てから親しくさせていただいていたからな。それでヘンドラ商会の会長が姿を消したのはいつだ?」

「一昨日行われたシャルツ商会との会食後消息を絶ってます。シャルツ商会の従業員の話では昨日の朝とのことですが、身内が彼の姿を確認したのは一昨日の夜が最後。しかし犯人達の中には幻覚の類を扱うことに長けた人物がいる可能性が高いので、正確な時間は不明です。恐らく確実に所在確認がなされていたのは、会長がヘンドラ商会を出た一昨日の夕方でしょう」

暗黙のうちにはじまった情報交換の最中にそう告げれば、ブリオ殿下だけでなく様々なところから息を呑む音が聞こえた。

それもそのはず。今しがた殿下に告げた内容は、俺はシャルツ商会を疑っていると言ったようなものだからな。もし、ブリオ殿下が彼の商会に肩入れしていたり、誘拐事件と関わっていない清廉潔白な商家であったならまずいことになるかもしれないが、後悔はない。

リヒターさんの苦言はもっともだが……。

このままでは後手に回り続けるだけだし、それでは間に合わないだろう。

もはや危険のない策だけを選んでいる余裕はなく、一刻も早く現状況を打破するにはスムバ殿のようになにかを捨てる覚悟で踏み込まなければならない。

――ならば俺はこの巡り会わせに賭ける。

俺とブリオ殿下は、置かれている状況を考えれば出会うはずがない相手。それが偶然にも同じ人物を探しこのような場所で顔を会わせるなど、運命の悪戯といって笑い飛ばすには出来過ぎだ。ブリオ殿下は俺達が知らない情報を知っており、それを元に行動した結果、今この時こうして出会ったと考える方がしっくりくる。

「……アギニス公爵殿ともあろう者がその言葉の意味を知らぬとは思わないが、この地でシャルツ商会ほどの老舗を敵に回すのは相応の覚悟がいる。証拠はあるのか?」

「証拠はありませんが、確信に近いものは」

険しい眼差しと共に投げかけられた問いかけにそう応えれば、ブリオ殿下はなにかを思案するように顎に手を当てる。

まるで、自身が持つ情報を口にするべきかどうか迷っているようだ。やはり、この方はなにかを知っているのだろう。

――願わくは、その情報が状況を覆すものでありますように。

考えを巡らせている殿下の姿に己の直感が正しかったのだと確信しつつ返答を待てば、思考を終えたブリオ殿下が顔を上げてスッと手を伸ばす。

「ピネス殿からお預かりしたアレを」

「はっ」

即座に反応した護衛の一人が懐から高そうな布の塊を取り出せば、流れるような動作で殿下の一歩後ろで控えていた侯爵子息が亜空間から出した銀の盆で受け取り、包みを解く。そして布の中から小瓶が露わになったところで侯爵子息は跪き、ブリオ殿下が所望した品を恭しく差し出した。

殿下が小瓶を受け取るまでおおよそ五秒。見事な連携プレーである。

そしてなによりも感心させられたのは、護衛と侯爵子息の洗練された動きから垣間見える主人への敬意。心を決めたブリオ殿下の行動に迷うことなく従う様からは、主人への深い信頼が見える。

……この方も随分と変わられたようだな。

慕われているのだと目に見えてわかる光景に、マジェスタから戻ったブリオ殿下が重ねてきた努力を想う。同時に、もう婚約式の時のような態度は取れないなと意識を改めていると、ブリオ殿下が今しがた受け取った小瓶を手に俺へと歩み寄ってきた。

「傭兵や下層の民を中心に出回っていて、中身は新しく開発された気分を高揚させる類の薬だ。安価だが依存性が高く広まれば即禁薬指定されるだろう代物で、ピネス殿はこれを追っていた。そして闇市場に足を運んだところ行方不明となった」

渡された七センチほどの小瓶は見覚えのある橙色をした純度の荒い粗悪品。ピネス殿がこれを追った末に消息不明とくれば、十中八九ゼノスが関わっている。

確信を深めつつ小瓶を観察していると、安物の入れ物では収めきれなかった魔力が掌にじんわりと伝わってくる。粗悪な容器だったにもかかわらずこれだけ魔力が残っているのならば、元は相当威力の強い魔法薬だったことだろう。

それだけ本気、ということか……。

マジェスタで回収された詐欺まがいの偽物とは違う本物の禁薬を前に、マリス達が今回の計画に懸けている想いの深さを噛みしめる。

事実、竜の国と獣人の国々にフォルトレイス、それからハンデルとエルフの里と多くの国々が巻きこまれているのだから、相当前から念入りに計画されていたに違いない。

つくづくゼノスを取り逃がしたことが悔やまれる。あと一日早くゼノスの元に着いていれば、などと考えながら小瓶を観察していると背後から伸びてきた白い指が俺の手から薬瓶を攫っていった。

「リエス?」

薬瓶を抜きとっていった人物の名を呼ぶが、険しい顔で小瓶をねめつけていた彼女は俺に応えることなくブリオ殿下へ問いかける。

「中身をみても?」

「――ああ。体内に取り込まなければ問題ない」

突然会話に加わってきたエルフに目を瞬かせつつブリオ殿下が答えれば、リエスは躊躇なく小瓶の蓋を開けて中身を少し己の手に出し顔を寄せた。

「!」

「リエス!」

ブリオ殿下が息を呑む中、俺は慌てて手首を掴み彼女の行動を止める。いくらエルフとはいえ、いやエルフだからこそ誤って禁薬を吸いこんで異常をきたしたら大惨事である。抑え込むにも時間をとられるだろうし、エルフの治療など誰もできやしないのだからもっと慎重に行動してほしい。

今の光景をレオ先輩達が見たら、間違いなく怒声が飛んでたな……。

雇って間もないのに遠方へ動かしてはいらぬ憶測を呼ぶと考え置いてきた先輩方をフッと思い出しつつ薬瓶を回収し、中身を出した掌を拭う。次いでリエスの軽率な行動を叱咤すべく口を開いたのだが、頭の中にあった言葉は怒りに燃えた深緑の瞳に射貫かれたことで声に出すことなく霧散した。

「この薬には、聖木が使われている」

リエスの発言から一拍、内容を理解した俺達の間に緊張が走り、至る所から息を呑むような言葉にならない声が上がる。彼女の態度からエルフが聖木を大事なんて言葉では言い表せないほど敬い丁重に扱っていることを痛いほど感じていたからこそ、リエスにどんな言葉をかければいいのかわからなかった。

「間違いない」

己が掌に広がる薬をジッと見下ろしながらそう呟く彼女の胸中はいかほどか。

このような薬に聖木が使われている怒りや、そうなることになった要因に身内が関わっているというかもしれぬという悲しみや遣る瀬無さを浮かべるリエスになんともいえない空気が漂う中、困惑を滲ませたブリオ殿下が口を開く。

「…………聖木とはなにかお伺いしてもよろしいだろうか?」

場の空気を感じ取ったのか丁寧に問いかけたブリオ殿下に、顔を上げたリエスは「いいだろう」と応え頷いた。

「聖木は里を守り慈しんでくれる、我々エルフにとって掛けがえのないものだ。魔力に満ちた幹は里を守る結界の要となり、その身に宿す浄化作用は里に平穏をもたらす。時折分け与えてもらう枝や葉はしかるべき儀式と手順を踏まえてから加工され、傷や病を癒す薬や節目を祝福する時の祭りに使われる。側に寄れば爽やかな甘い芳香が気分を和らげてくれる、白く美しい木だ」

その説明にブリオ殿下は侯爵子息や護衛達と一瞬視線を交わす。

――なんだ?

意味ありげなその行為に疑問を抱くも、リエスはそんな彼らの行動に気が付くことなく。憤りを逃がすように息を吐き出した彼女はブリオ殿下達を見据えて再び言葉を紡いだ。

「畏れ多くも聖木を切り倒して持ち去った不届き者を裁くため、私はドイルと行動を共にしている。貴殿が持っていた薬には確実に聖木が使われている故、なにか知っているならば教えてほしい」

そう言って頭を下げたリエスに惑うブリオ殿下の姿に、こっそり訝し気な視線を向けつつ思案する。

……ブリオ殿下はなにを恐れているんだ?

教えるか悩んでいるというよりも、口にするのが憚れるといった様子のブリオ殿下にそんな疑問が胸を過る。一体彼はなにを知っているというのか。

ブリオ殿下の事情も彼が持つ情報も知らぬ俺がいくら考えても、その答えが出るわけがない。しかし、見咎めた不審な行動を指摘したところでブリオ殿下が正直に話してくれる保証はない。目配せなど見間違いだと言われてしまえばそれまでだからな。

一か八かだが……。

ブリオ殿下の迷いを払う効果があることを祈りながら、俺は口を開く。

「買い手か売り手かは定かではありませんが、聖木の売買にシャルツ商会が関わっているとの情報を得たため私は彼の商会を疑っています。『側に寄れば爽やかな甘い芳香が気分を和らげてくれる白く美しい木』に心当たりがあるならば、お教え願えませんか」

彼らが反応したリエスの言葉を引用しつつそう告げれば、ブリオ殿下は驚いたように目を見張って俺を凝視したかと思えば、大きなため息を吐き出した。

「さすがというか、なんというか……敵わんな」

悔しいような嬉しいような複雑そうな笑みを浮べたブリオ殿下はそんな言葉を口の中で転がしたのち、記憶を反芻しているのか「だからか」とか「それならば、問題ないか……」と呟きながら頷く。そしてスッと表情を引き締めると俺をまっすぐ見据え、思いもよらぬ情報を言い放った。

「売り手がどこかまでは知らないが、公爵殿達がお探しの『爽やかな甘い芳香が気分を和らげてくれる白く美しい木』らしき木材ならば、アグリクルトの神官達が買い上げて大神殿へ持ち帰った」