軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百九十二話

クレアを泣かせてしまったお茶会から七日後。

俺はあの時の非礼を謝るどころか、彼女の姿を垣間見ることさえできなくなっていた。

「――こちらの髪飾りは、最近流行り始めている図案ですね。それからこちらは、流行り廃りのない形なので、色違いで複数個所持しているご婦人も多いです」

地下洞窟の石造りの机に広げられた髪飾りの絵を手に取りながら説明してくれるルツェの声にジェフやソルシエ、それから側でお茶の仕度をしているバラドと共に耳を傾ける。

しかし、先ほどからどうも耳に入らず、ティエーラや山の妖精達が土人形を動かし遊んでいるのを視界の端に捉えながら、俺はこっそりため息を吐いた。

ルツェが手にしている色付けまでされた原寸大の髪飾りの絵は、ハンデルにいるリヒターさんから送られてきたもので、輸送期間を考えれば今日中に返事を出さなければならない。そのため、こうしてルツェを頼ったというのに申し訳ないかぎりだ。

そう思うものの、どうしてもここ数日間のできごとが頭を過る。

同じ学園内にいるというのに、こうもクレアと会えないとはな……。

というか、彼女の姿どころか気配さえ感じない。

よほど厳重に存在を隠しているらしく、クレアの気配を捉えられるのは一瞬。見つけたと思った次の瞬間には妨害魔法が展開され、バラドの探索能力をもってしても追跡叶わず、すぐさま現場に向かってもすでにクレアの姿は消えている。

精霊達の力は借りず、女子寮に乗り込むという強硬手段は自粛しているとはいえ、俺とバラドがこれだけ探してもクレアを見つけられないとは一体どういうことなのか。

「――大丈夫ですか? ドイル様」

現状を思い出しているうちに考え込んでいたらしく、ルツェは説明を止め心配そうに俺の顔をのぞき込む。

「すまない。少し考え事をしていて聞いてなかった」

「いえ。このような状況では仕方ないかと」

「わざわざ来てもらったのに悪いな」

慰めてくれるルツェにもう一度詫びたところで、バラドが俺の前にお茶を置く。

「丁度お茶が入りましたので、ご休憩されてはいかがですか?」

「そうそう」

「お菓子もありますよ」

バラドの提案にジェフが頷き、ソルシエがお菓子の入った器を俺達の間に置く。ルツェも休憩を取ることには賛成らしく、広げていた髪飾りの図案を机の端に寄せた。

「そうだな」

一生懸命元気づけようとしてくれるバラド達の気遣いに頷けば、皆は安心したように表情を緩める。

俺はそれほど切羽詰まった表情を浮かべていたのだろうかと、少し反省しつつ背凭れに身を預ける。そして各々が席につきお茶を口にする姿を眺めながら、俺は自身が置かれた状況を考察する。

クレアの学友へ行方を聞く度に「クレア様ですか? 見てないですね」、「先程、セレジェイラ様と寮へ戻られましたよ」と返されること数十回。

これはおかしいと思い、王家と親しい貴族子弟を捕まえ事情を尋ねれば「申し訳ございません。グレイ殿下からクレア王女の居場所に関しては口にしないよう、厳命されておりますので……」との言葉が返ってきた。

そこで調べてみれば、貴族子弟やそれに連なる者達はほぼ全員、グレイ様の命によりクレアの雲隠れに協力しているという。とはいえ、大半の生徒はグレイ様によって敷かれた箝口令を守る程度なのでたいした障害ではない。

問題は俺やバラドを監視、妨害している者達で、これが驚くほど手強い。

口を割らせようと懐柔しているとその生徒の友人が呼びに来るし、クレアの気配を感じた場所に向かおうとすると教員に呼び止められたり、すぐに通過できないよう道が塞がれていたりもする。

クレアの存在を隠し、痕跡を完璧に消し去る技術は元より、俺達の行動を常に把握している監視網と絶妙なタイミングで入る妨害はとてつもなく厄介で、いっそのことラファール達に協力してもらって邪魔者全員吊し上げてやろうかと思うほどである。

……グレイ殿下はいつの間に、これだけの人材を見つけていたんだ?

クレアの元へ辿りつけず苛立つ一方、俺やバラドの探知能力をも凌ぐ者達へ感心しつつ、そんなことを考える。

とその時、お茶をしながらバラド達と雑談していたジェフが、ぽつりと呟いた。

「――それにしても、グレイ殿下はいつまでこんなことを続ける気なんですかね?」

「ジェフ」

たしなめるような口調でバラドが名を呼ぶが、ジェフは話すことを止めなかった。

「だってもう、結構な数の貴族子弟が『いくらなんでもやりすぎじゃないか』と言いはじめてますよ? 相手が殿下なので表立って声を上げる者はまだいませんが、時間の問題です。それに殿下や王女と直接関わりのない一般生徒も、貴族子弟の間に漂う雰囲気がおかしいことに気づきはじめてます」

ジェフの言葉に息を呑む。

クレアを探すのに必死で、グレイ様達の評価がどうなっているかまで気にしてなかったが、それはよろしくない事態だ。

騎士や魔術師、薬師や文官など、エピス学園の生徒の大半が国政に関わる職に就く。だというのに、生徒達から不審の目を向けられるなど、卒業後の治世に影響が出てしまうかもしれない。

俺とクレアの問題がそんな大事になっているなんて、といささか唖然とした心持ちでルツェ達に尋ねる。

「……そんな展開になっているのか?」

「ええ、まぁ」

皆が心配そうな表情を浮かべる中、代表して答えたバラドの言葉に、俺は瞼を閉じ、天を仰ぐ。

……グレイ様は一体なにを考えているんだ?

一般生徒にまで事が知れ渡れば一大事。今の状況がよくないことぐらいグレイ様は理解しているはずだ。あの方は王太子殿下、いくらシスコン気味だろうと、公私の分別がつかない方じゃない。

では、己の評価を悪くしてなお、俺とクレアの接触を妨害する理由はなんなのか。

『――今追いかけてクレアになんと声をかける気だ?』

グレイ様は俺にそう尋ねた。

その一方で、ユリアに関して説明できないのは仕方ない、俺が側に居る時間を増やすなりして埋め合わせていれば、クレアは説明せずとも俺を信じて待っただろうとも言っていた。

説明は不要……ならば、どんな言葉が必要だとグレイ様は言いたいんだ?

あの日の言葉を思い出しながら、グレイ様の真意について考えていると、俺を模した土人形の腕に抱かれた黒猫が呟く。

「お友達と喧嘩してしまったの?」

「ええ。まぁ……」

今の事態を『お友達と喧嘩』なんて可愛らしい言葉で片づけていいのか迷いつつ頷けば、ティエーラは俺を模した土人形を動かし隣の席に座らせ、自身は机の上に降りる。そして俺へ告げた。

「遠く離れてしまう前にちゃんと仲直りするのよ? 人の命は儚いのだから」

「……そうですね」

ティエーラの言葉にそう答えながら思い出すのは、髪飾りの図案と共に届けられた報告書。どうやらシオン達に動きがあったらしく、近々本体である黒蛇と接触するだろうというのがリヒターさん達の見立てだ。

炎蛇が所属する【古の蛇】は大型の傭兵団で、その団員は各国に散っている。彼の傭兵団を配下に加え動かせれば、マリスやゼノスを追う大きな力になるだろう。故に本体ともいえる黒蛇の根城が見つかった暁には、俺が直接交渉しに行くと決めている。

そして、マリスやゼノスを捕らえるまでマジェスタには戻らない予定だ。

正直、皆を置いてマジェスタを離れるのは不安だが……。

安易に兵を動かせば戦のきっかけになるため、事が起きてからでないと国は動けない。名が知れ渡り過ぎているお爺様やセルリー様が行動しても、それは同じこと。

グレイ様やクレア、バラド達に何かあっても駆けつけることができない、この手で守ってやれない不安はある。しかし、マリス達の企みを未然に防ぎたいのならば、名も顔も浸透していない俺が動くのが最善だ。

そのための準備も整いつつある。

ユリアの一族が持つ能力に対して可能な限りの実験はしたし、俺自身の装備や能力の見直しもした。俺の不在発覚を遅らせるために、こうしてティエーラに身代わり用の土人形も作ってもらった。

あとはシオンや【古の蛇】、マリス達の行動が掴め次第出発するだけである。

――きっと長い旅路になるだろう。

いつ戻れるかわからず、必ず戻れるという確証もないまま、グレイ様やクレアを待たせることになる。それでも行くと決めた。

婚約したばかりだというのに、詳しい説明もないまま姿をくらませばクレアは悲しむだろう。だからせめて舞踏会では、飛び切りの贈り物を用意して喜ばせてやりたかったのだが、この状況とは人生ままならないものである。

せめてグレイ様に近々マジェスタを離れると告げていれば、もう少し違った結果になっていただろうか? しかし『俺も行く』と言われたら困るしな……などと考えていると、重たくなった雰囲気を振り払うようにソルシエが口を開いた。

「そうやって並ばれているのを見ると、ドイル様と身代わり用の土人形は本当にそっくりですね」

「ありがとう。すぐばれないように、ドイルの仕草や癖も練習しているのよ」

そう言ってティエーラは俺を模した土人形を立たせると、優雅な動作で床に転がっていた板を拾わせ再度座らせる。そして拾い上げた板を音もなく机に置いて、ルツェ達の方へ差し出した。

土人形の一連の動作に、皆は感心したように息を吐く。そしてルツェ、ジェフ、ソルシエの順に感想を口にしていった。

「立ったり座ったりする動作は完璧ですね」

「ああ。ほんとそっくり」

「物を置く時に音を立てないところとかも似てます」

「ありがとう」

称賛の声に照れたのか、ティエーラはお礼の言葉を口にしつつ、土人形が置いた板を前足でいじる。よく見れば、その板は以前ラファールが見惚れていた通行手形だった。

半分しかないそれから視線を上げ、俺は皆に告げる。

「ティエーラがこの地にいる時はいいのだが、彼女を俺の元に呼び出している時は人形の動きが単調になるそうだから手助けしてくれると助かる」

「「「「はい」」」」

俺のその言葉に四人が頷く。

それから一拍後、ジェフが驚いたように声を上げた。

「えっ。バラド様、ドイル様について行かないんですか?」

「ええ。土人形の完成度が高く、土の精霊様の技術がすばらしくとも、先ほどドイル様が上げた欠点があります。人形が身代わりだとばれないように、いざという時に対処する者が必要ですから」

バラドのその答えに、ジェフだけでなくルツェやソルシエも関心と驚きが入り混じった表情を浮かべる。そんな三人を見てバラドは「それに」と言いながらさらに言葉を紡ぐ。

「ほかならぬドイル様が『信じて、帰りを待て』と言ってくださったのです。たとえ期限のない留守番に不安を感じようとも、お側にいられないことが辛く、心配で胸が張り裂けそうであっても、ドイル様のお言葉を信じてお待ちしますとも!」

はっきり言い切ったバラドに、息を呑む。

留守番を言い渡した際、一緒に土人形のフォローという役目を任せたから、その仕事の重要性を考えすんなり頷いてくれたのだと思っていたが、違っていたらしい。

俺の言葉を信じて待つ、か……。

そう言ったバラドの忠誠心を嬉しく思うのと時同じくして、グレイ様の言葉が蘇える。

ユリアと共に居ることへ言い訳でなく、俺が抱えているマリスやゼノスの件についての説明でもない、クレアへ掛けるべき言葉。

こういうことかと、バラドの姿を眺めながら思う。

あの時、尋ねられた言葉の答えはわかった。となれば、あとは贈り物の手配を済ませ、グレイ様の元へ向かうことだけである。

そう思い、贈り物を決めてしまおうと、机に置かれていた髪飾りの図案に手を伸ばせば、先ほど土人形が置いた板が指に引っかかりカタンと音を立てる。

そして目に入ったのは、ラファールが絵が綺麗だと褒めた通行手形。

――二つを合わせることで、はじめて完成する一つの絵。

それを見てふと閃いた俺は、亜空間から紫玉を取り出し、机の上に置く。

「ルツェ」

「はい?」

「これを職人に渡して、二つに割ってもらってくれ」

紫玉を包んでいた柔らかな布を開きながらそう告げれば、ルツェはギョッと目を丸くして叫ぶ。

「割ってしまうんですか? この見事な紫玉を? 価値が半減どころではありませんよ!?」

「ああ。二つに割ってくれ。それで――」

慌てふためくルツェに、俺は思いついた紫玉の加工法を告げる。

すると、信じられないといった表情を浮かべていたルツェの顔が徐々に変わり、説明を終えた頃には、商品価値を思案する商人の目で卓上に置かれた紫玉を見つめていた。

「そういう意図を込めて、となると悪くないかもしれません。むしろ、元の状態の価値が高ければ高いほど、割るという行為に意味がでるかもしれませんが……」

理解できなくもないが惜しいと言外に告げるルツェに苦笑しながら、俺は尋ねる。

「間に合うか?」

「……実質の作業は二つに割って、鎖を付けるだけです。王都に腕のいい職人を待機させていますから、輸送用にフェニーチェを一羽お貸いただければ、十分間に合います」

「なら、頼む」

胸を撫で下ろしながらそう告げれば、ルツェは一瞬、複雑そうな眼差しを浮かべ紫玉を眺めた。しかしすぐに表情を切り替えると、恭しい手つきで紫玉を敷いてあった布で包み直す。

「畏まりました。ヘンドラ商会の名に懸けて、ドイル様のお望みどおりの品に仕上げてみせましょう」

「ああ、任せた」

完璧な笑みを浮かべて腰を折ったルツェにそう告げた俺は、会話を見守っていたバラド達へ目を向ける。

「俺はグレイ様と少しお話ししてくる」

そして、グレイ様の元に向かうべく、立ち上がった。

***

片づけてから戻るというバラド達と別れ、俺は一人寮の廊下を歩く。

貴族子弟が住まう部屋が並ぶ廊下の最奥を目指し進めば、徐々になくなる人影。談笑する生徒どころか護衛や従者の姿がないところを見るに、すでに俺が向かっているのは承知しており、自室の周辺は人払いしてあるらしい。

――相変わらず行動が早いな。

クレアを探している最中も思ったが、現在グレイ様の側に侍り手足として働いている者達は行動が早い。クレアの護衛と俺やバラド監視、そして人払いを実行した者達、一体グレイ様は何人を部下として抱えているのか。

そんなことを考えながら俺はグレイ様の部屋の前で足を止め、重厚なその扉を叩く。

「ドイルです。お話ししたいことがあるので、少しお時間いただけませんか」

『入れ』

一呼吸おくことなく聞こえた返事に、やはり待ち構えられていたんだなと思いつつ、俺は扉を押し開け入室する。

「失礼します」

そう言って部屋の中へと足を進めれば、すぐに長椅子へ腰かけたグレイ様と目が合った。

室内に俺達二人以外の気配はなく、たった一人で待っていたらしいグレイ様は、視線で向かい側に置かれた長椅子に座るよう促す。

そして俺が無言の指示に従い長椅子に腰を下せば、ゆっくりと口を開いた。

「――クレアに掛ける言葉は見つかったか?」

掛けられた言葉は思っていたとおりのものだった。しかしその声色は落ち着いており、怒りや威圧感はない。てっきりお叱りから始まると思っていた俺は、予想外な態度で迎えられ内心動揺する。

とはいえ、今さら待ったをかけるわけにもいかず、俺は覚悟を決めてグレイ様の問いに応えた。

「はい」

向かい合いその目をまっすぐ見つめながら答えれば、一秒、二秒と時間が過ぎ、俺達の間に沈黙が落ちる。

そうして五秒ほどたったころだろうか。グレイ様は俺から目を逸らし呟く。

「なら、いい」

「は?」

「ならいい、と言ったんだ」

あっさりしたグレイ様の言葉に思わず声を上げれば、淡々とそう告げられる。

「いやいや。ならいいって、そんなあっさり!」

さらりと与えられた許しに、怒りよりも混乱が先立つ。

だったらなぜ執拗なまでにクレアと会わせなかったのか。グレイ様はなにをしたかったのか。様々な言葉が頭を駆け巡る。

そんな俺の混乱に気が付いたのか、グレイ様は静かに告げる。

「振り回わしてしまって悪かった。今回はずいぶんと理不尽な仕打ちをしてしまったから、お前には俺へ文句を言う権利がある。不満があるのならばすべて聞こう」

グレイ様はそう言って姿勢を正すと、話を聞く体勢に入る。

その姿に本当に怒っているわけでないと理解した俺は、体の力を抜き長椅子に身を預ける。これほどグレイ様の考えがわからないことは初めてだった。

「クレアを泣かせたことにお怒りだったんじゃないのですか?」

「半分本気だったが、半分は演技だ」

「え、演技?」

とりあえず情報を集めなければと思ってそう尋ねてみれば、そんな答えが返ってくる。

「クレアを傷つけないことだけに尽力するならば、ジンがユリアの名を出した時点で口を出している。喧嘩になるだろうと知りつつ止めず、その後、お前達を執拗に会わせなかったのは、クレアに頭を冷やさせる時間を与えるためと、お前にあいつらの能力を実感させるため。それから、あまりに俺を見くびっているお前への意趣返しだ」

淡々と告げられたグレイ様の言葉を、ゆっくり噛みしめその意味を考える。

クレアの頭を冷やさせるというのは、まだわかる。しかし見せたかった『あいつらの能力』と、俺がグレイ様を見くびっているというのはどういう意味なのか。

そんな俺の疑問が顔に出ていたのだろう。グレイ様は少し寂し気に告げた。

「――もうすぐ行くのだろう? マジェスタを離れ、マリス達との決着をつけに」

グレイ様の口から出た言葉に、思わず目を見張る。

……一体いつから、この方は知っていたんだ?

驚愕というか唖然とした面持ちで見返す俺を、グレイ様は困ったように笑う。

「大方、俺がついて行くと言い出したら困るとでも考え、黙っていくつもりだったのだろう? この歳になれば、己の立場も実力も理解できる。足手まといになるとわかっていて、ついて行くほど馬鹿じゃないから、安心しろ」

そう言って苦笑するグレイ様に、掛ける言葉が見つからなかった。

ばれていないと思っていたが……。

グレイ様が旅立ちを承知の上で、報告に来るのを待っていたというのならば、黙って行こうとしていた俺はたしかに彼を見くびっていたのだろう。

グレイ様は、俺を快く見送るつもりだった。となると、国を離れる俺に実感させたかった『あいつらの能力』というのは、まさか……。

思い浮かぶのは、俺やバラドを欺き、この七日間クレアを隠し守り通した者達。

「俺やバラドの妨害をしていた彼らを見せたかったんですか?」

彼らの能力を俺に実感させようと考えた真意を想像しながら尋ねれば、わかったかと言いたげな表情でグレイ様は頷く。

「お前やジンには劣るが、なかなか優秀な者達だと思っている。手を焼いたか?」

「ええ、もの凄く」

感想を告げれば、グレイ様は満足そうに笑う。

そしておもむろに姿勢を正すと、正面から俺を見つめ呼ぶ。

「なぁ、ドイル」

「……何ですか?」

軽い呼びかけに反し、グレイ様から向けられた瞳は真剣だった。

「俺にも、ドイルが手を焼くような部下達が沢山できた。父上もご健在だし、リブロ宰相やアラン殿もいる。ゼノ殿とセルリー殿が引退されたくらいじゃ、マジェスタは揺らがない――だから、その時が来たら安心して行ってこい。お前が帰るこの地は俺達が守っているから大丈夫だ。あとのことは、なにも気にしなくていい」

グレイ様のその言葉に、俺は何とも言えない気持ちで幼馴染を見つめる。

――たった、これだけのことを俺へ伝えるために。

この人は、己の立場を悪くする覚悟をしたのかと思うと、喉が詰まった。

グレイ様の周りには俺以外にも沢山の部下がいて、これだけのことができるのだと実際に見せて知らせることで、この幼馴染は大丈夫だと伝えたかったのだろう。

気がねなく、俺がこの地から離れられるように。

マリス達を追いかけることだけに集中できるように。

「苦言を呈しつつも、『グレイ様の命ならば』と言って、こんな馬鹿げたことにも付き合ってくれる者達だ。お前も知ってのとおり皆口が固く、隠し守ることに長けているし、武力ならばジンがいる。お前が側にいなくても、彼らが俺とクレアを傷一つつけることなく守ってくれるだろう。だからドイル、お前はお前にしか出来ないことを成すがいい」

自分達は大丈夫だから行ってこい、と背を押してくれる幼馴染みに、俺はゆっくりと頷く。

「――はい」

そんな俺に、グレイ様もそれでいいといった表情を浮かべ頷いた。

事情を知らぬ生徒達から不審の目を向けられようとも、『大丈夫だ』というたった一言を俺に信じさせるために行動してくれた幼馴染に、礼を告げようと思い口を開く。

しかしグレイ様は、礼は不要とでも言うように小さく首を振ると、先ほどもよりも明るい声で言葉を紡ぐ。

「いつ頃行くかもう決めているのか?」

礼はいらないと言外に告げるグレイ様へ何とも言えない感情を抱きつつ、俺は密かに決めていた予定を伝えた。

「リヒターさん達からの情報に多少左右されますが、遅くとも春前には」

「そうか。先輩方の卒業を共に見送れるといいが」

グレイ様はそう言いながら白銀に包まれた外へ目を向けると、「春、か」と音もなく呟いた。どこか寂し気なその姿にかける言葉が見つからず、俺はただ頷く。

「そうですね……」

「まぁ、こればっかりは俺が口出ししても、どうにかなる問題ではないからな。お前が追っている者達が、今しばらく大人しくしていてくれることを祈ろう」

「すみません」

「お前が謝ることではない。むしろ、未だ学生であるお前に任せるしかない、俺や父上達の不徳だ」

そう、きっぱり言い切ったグレイ様は、窓の外へ向けていた視線を俺へ戻すとおもむろに告げる。

「舞踏会当日は、俺が責任もってクレアをお前の元へ連れて行くから安心しろ」

「はい」

「クレアは、俺以上に知ることができる情報が少ない。そんな中、お前が離れて行く気配だけははっきり感じ取ってしまい不安だったのだろう。アギニス公爵の妻になる身としては相応しくない行動だが……長い間離れていた上に、俺と違って一年も側に居られなかったからな。上手く感情に折り合いをつけることができなかったんだ。このような時期に手を煩わせてすまないが、許してやってくれ」

謝るグレイ様は複雑そうで、気持ちの落としどころを見つけられず苦しむクレアと、俺がこれから行おうとしている行動の意味と重要さを想い、悩まれたんだろうなと思った。

たしかにクレアの捜索は大変だったし、執拗に妨害するグレイ様への苛立ちはあった。しかし、その裏に隠されていた真意を理解した今、一概にグレイ様を責め立てる気など起きない。

だから俺は、明るい声でグレイ様に応える。

「これまでクレアに散々心配させて、苦労をさせてしまいましたから、お相子でしょう。むしろ、これから同じ思いを何度も彼女にさせる分、俺の方が性質が悪い」

「クレアはそれを承知の上でお前がいいと言っているのだ。覚悟を実践しきれない未熟者ではあるが」

おどけたように告げた俺へ、グレイ様はそう言って笑う。

それは場を誤魔化すような会話だったが、今の俺達には丁度いい。

「そういえば、クレアへの贈り物は決まったのか? 随分と悩んでいたようだが」

「ええ。実は髪飾りはやめて――」

グレイ様の問いかけに、俺も笑みを浮かべ答える。

そうして俺達は別れを惜しむように、とりとめのない会話を交わし続けた。